虚馬ダイアリー

「窓の外」のブログ

「名もなき毒」はひっそりと咲く月見草のような存在の秀作ドラマである

toshi202013-08-05

原作 - 宮部みゆき
脚本 - 神山由美子



 小泉孝太郎についてどう思うか。


 こう聞かれて、僕はどう答えるか。今まで、僕の中では「なにもない」だった。


 彼は芸能界デビューを果たした時から、ついて回る「看板」がある。「小泉純一郎の息子」という看板である。しかし、俳優として見た時、そこまで突出したものを感じたことがなかった。脇役としてドラマに出てきたとしても、俳優としてのスキルが突出してると感じたことはない。「サラブレッド」のようでありながら、俳優としては「ちょっと頼りなさげなイケメン」という風情の役が一番似合う。


 今年の大河ドラマ「八重の桜」で、水戸の烈公と言われた徳川斉昭の息子であり、徳川家きっての俊英のとして期待されながら、その江戸幕府260年余の歴史に幕を引くことになる、徳川慶喜を演じていた。その中で「江戸幕府をぶっこわす」とか言わされてた時はさすがに椅子から転げ落ちるかと思った。
 彼は、未だ、「小泉純一郎の息子」というイメージをぬぐえずにいて、それでいて、その頼りなげな存在感が「平凡」という二文字を想起させる。
 イケメンの範疇に入る容姿ではあるが、どこか「平凡」で頼りなげで突出したところがなく、だけど、それでも俳優として確かにキャリアを「幸運」に続けている。小泉孝太郎という俳優自身が、そんな印象を抱かせる俳優である。


 そんな小泉孝太郎が主演するドラマが、今、月曜8時というゴールデンタイムに放映されている。それが「名もなき毒」である。
 このドラマを見ていて、このドラマは彼のキャリアの中で、代表作になるんじゃないか、と密かに思っている。このドラマの主人公もまた、「平凡」で「幸運」な男であるからだ。


誰か―Somebody (文春文庫)

誰か―Somebody (文春文庫)


 「誰か somebody」に連なる「杉村三郎」シリーズは、宮部みゆきのその著作の中でも屈指の「地味」で「温和」で「平凡」な男が主人公の話である。
 杉村三郎(小泉孝太郎)は小さな出版社に勤める、ごくごく小市民的な男である。そんな彼に運命的な女性との出会いが訪れる。たまたま映画館で痴漢行為に遭っていた杉村菜穂子(国仲涼子)を救い、彼女と懇意になり、やがて恋仲となる。彼女は心臓が肥大している関係で病弱体質であり、そして温室育ちのお嬢様で天然なところがあり、そんなところが彼の中にある庇護欲を刺激し、やがて、結婚を誓い合う。
 しかし、彼女の父親は、財界きっての財閥・今多コンツェルンの会長・今多嘉親(平幹二朗)であり、菜穂子は愛人の子であるとはいえ、娘として認知されていた女性であったことから、彼は奇しくも「財閥会長の娘婿」となってしまう。
 三郎は結婚の条件として今多コンツェルンの社内報を編集する、グループ広報室に勤めることを突きつけられ、出版社を退職し、その条件を受け入れ、菜穂子と結婚する。


 数年後、彼は、菜穂子との間に一人娘を授かり、平凡ながらも幸せに暮らしていたが、ある日義父の嘉親から、自転車との事故に巻き込まれ亡くなった、嘉親の運転手・梶田信夫(平田満)の娘に協力してくれと打診される。梶田は三郎にとっても、誰も望まない三郎と菜穂子の結婚を心から祝福してくれた、恩人でもあった。
 話を聞くと梶田の娘姉妹は、未だ犯人が捕まっていない事件解決の一助になればと、梶田の伝記を出版したいのだと言う。出版に積極的な次女・梨子(南沢奈央)とは対照的に、長女・聡美(深田恭子)は運転手になる以前の父の素性は褒められたものではないから、と出版に消極的だった。
 やがて、事故の真相に迫るべく動き出した三郎の活動は、意外な波紋を起こしていく。


 ひょんなことから財界の巨魁と言われる男を義父に持つ羽目になった「平々凡々」たる三郎。彼はグループ内では決して出世できない「広報室」に身を置く代わりに、「平凡」でも幸せに暮らすだけの位置を約束されてもいた。それは社会的な「成功」ではないが「平凡」な幸せを、「幸運」にも手に入れたことでもあった。
 しかし、その「ごく平凡な幸せ」は、今の社会では逆に「簡単には手に入らない」。少なくとも彼はそれを、手に入れているし、出世欲もない彼にはこの身の丈が性に合ってもいる。


 そんな男が「素人探偵」として、奇しくも事件と関わることになる。そして彼は、梶田の人生の中に秘められた過去と、そこから浮かび上がってくる姉妹の中にある「毒」の有りように気づいていく。そして、その「毒」は杉村三郎に対しても牙を剥くことになるのである。


 人は誰もが毒を持つ。そしてそんな毒を持つ人々は、みんな「普通」の顔をして立ち現れる。そんな真実を宮部みゆきは、「平凡」で「幸運」な、杉村三郎という男を通して描いてみせる。
 真実という名の「毒」を見なければ幸せになるわけではない。時にそれと向かい合わなければ、いつか毒はその人の中に巣くい、重大な結果を招く可能性がある。三郎が解き明かした「真実」はやがて一人の女性を、「自分は愛された子供ではない」と思ってきた一人の女性の毒を、心からはき出させることになる。


 そんな地味で、哀しくて、そして、それでも人への希望を捨てない物語に、このドラマは最後まで寄り添い、描ききってみせた。「倍返し」もない。人殺しもない。救いがないと言えば救いがない物語。そんな物語を、5話をかけてじっくりと確かな演出で描くことで、染み出すようなカタルシスをもたらしている。
 僕は今まで宮部みゆきの映像化を色々見てきたが、これほど確かで見事な「宮部みゆき」の映像化はないと思っている。このドラマシリーズは「宮部みゆき」映像化の中でも屈指の傑作になる予感がする。


 さて。そんなドラマ、杉村三郎シリーズ第1作にあたる「誰か」篇が先日、完結。いよいよ、ドラマのタイトルとなっている第2作「名もなき毒」篇が、8月12日から放映される。

名もなき毒 (文春文庫)

名もなき毒 (文春文庫)


 今まで見てなかった方も是非見て頂きたい。
 普通のように見える人々の中にこそ「毒」はあり、様々な「過去」が潜んでもいる。そして、「毒」は決して杉村三郎自身も無縁ではなくなっていく。そんな物語を確かな演出で見せきってくれるはずである。そんな期待をして、見続けているドラマなのです。


【関連リンク】
月曜ミステリーシアター『名もなき毒』|TBSテレビ