虚馬ダイアリー

「窓の外」のブログ

「最強のふたり」

toshi202012-09-11

原題:Intouchables
監督・脚本:エリック・トレダノ/オリビエ・ナカシュ


 日本はこういう映画を欲していた。ということかもしれぬ。


 いやま、この映画の興行のスタートダッシュぶりである。
 なにせ、封切り以後、何度か足を運んだのだが、TOHOシネマズシャンテに行くたびに目的の回が売り切れてるのである。予告編で見たとき、「面白そうな映画だな。」とうっすら思っていたけれども、興行的には地味そうな印象があっただけに、驚きである。封切り時はともかく、公開から数日経った平日ですら、シャンテの2館体制の状況にもかかわらず、すでに売り切れ続出の有様である。そして、日本で49館でしか公開していないにもかかわらず、興行ランキングの8位に食い込むという快挙を見せた。
 そんで、ようやく、やや客足が落ち着いた2週目の平日に見に行ったのだが、それでもお客さんは順調に入っている。そんな中での鑑賞と相成ったわけだが。


 いやー、面白かった。


 スラム出身の黒人青年ドリス(オマール・シー)は面接の順番を待っている。それは首から下が麻痺した大富豪・フィリップ(フランソワ・クリュゼ)の介護役の仕事の面接だった。ドリスが何故その面接を受けようと思ったかというと、失業保険を得るためには「きちんと就活している」という証明が必要だったからである。順番が来て、面接を受けたことを証明する書類にサインしてもらおうとしたが、フィリップ本人がサインできないから後日取りに来いと言われて、生まれ育った貧乏アパートに帰る。
 しかし、家に帰るのは半年ぶりである。なぜなら、彼は宝石強盗の容疑で半年刑務所にいたからである。養母から叱られ、勘当同然に家を追い出され、行き場をなくした彼は、外で夜明かししたあと、書類を受け取るためにフィリップ邸へと赴く。すると、案内されるのは豪華な個室と大きな浴室。自分の生まれ育った部屋とは雲泥の差の待遇に驚きつつ、「どうせ続かないだろ」というフィリップからの挑発も手伝って、働くことを決意する。


 こうして始まるふたりの関係。出会うはずのない、そして特に出会う気もなかった二人の物語が幕を開ける。介護する者される者、雇用者非雇用者という関係として見ればドリスは決して優秀ではない。けれど、スラム出身で距離の詰め方がうまいドリスは大富豪相手だろうが、身障者だろうが、接し方に遠慮がない。そのことに最初は戸惑いつつも、その関係をフィリップは心地よさすら感じ始める。
 例え首から下が動かなくても、依然ビジネスの第一線で活躍するフィリップにはそこに付随するしがらみや、富裕層ならではの見栄がある。しかし、ドリスの「世界」の見方は、フィリップの目線からは決して見えなかった側面を浮き彫りにする。特にクラシック音楽に対する、ドリスのコメントは非常に独特で明快、それでいて含蓄があって、クラシック音楽通を自負するフィリップも笑いをこらえつつ、感心してしまう。
 二人の間にある厳然とした「経済的格差」や「境遇の違い」、「身体的ハンディ」を取っ払うのではなく、それを彼我の差を受け入れてなおかつ人としてウマが合う。フィリップにとってドリスは初めてのタイプの友人となっていく。


 この映画の構造は、すごくシンプルだ。深いテーマ性などという高尚さや、身体障害者を取り扱うからと言って変にシニカルな笑いにすることもなく、いわば「バディームービー」というジャンルの「最初反発しあいながらもやがて互いを理解し、深い信頼関係を築いていく」という筋の物語を、正統的なシチュエーションコメディとして料理してみせる。
 この映画の白眉は、身障者ならではの問題を取り上げながら、きちんと描きつつも決して深刻には取り扱わず、「恋愛に一歩踏み出せない」「身障者の性感帯はどこにある」「本当に悲しいのは最愛の妻の不在」そして「妻との間にコドモができずに養子にもらった娘のしつけ問題」など、一般人でも共感しうる問題をドリスとフィリップが親しくなるにつれ共有し、一緒になって乗り越えていく、という形にしたことだ。
 そしてドリスもまた、経済的に恵まれぬ中で育ち、自分の境遇では決して知り得なかった、様々な「人生の楽しみ」をフィリップとともに味わいつつ、自分たちの「楽しみ」もフィリップに教えていく。
 この映画が正統的なアプローチでコメディを製作しながら、身障者を取り扱う映画ならではの「リアル」を決して損なわないのは、制作過程でモデルとなった男性とのやりとりを制作陣が密に行ったことで、決して「身障者がしない仕草や行動」や「身障者ならではの動き」などのアドバイスを映画の中にきちんと取り入れているからだ。


 はじめはフィリップの境遇に「ぎょっ」とする観客が、決して身障者の「リアル」を損なうことなく(つまり余計な違和感を持つことなく)、自然にそのことを忘れ、やがて二人の関係が深まっていく過程を、映画に身を委ねるだけで笑い合えるステキな娯楽映画になっている。ここまで人を選ばずに誰にでも勧められるコメディ映画というのは、まさに「最強」なのである。

 ラストの引きも大仰な「泣き」や「感動」を求めない、控えめでありながらも粋なラストで、軽やかな余韻が残る、必見のコメディ映画である。是非、満員の劇場でご鑑賞ください。大好き。(★★★★)