虚馬ダイアリー

「窓の外」のブログ

「俺はまだ本気出してないだけ」

toshi202013-06-22

監督・脚本:福田雄一
原作:青野春秋


「俺、絶賛将来中じゃね?」


 「本当の自分を探す。」。そんな理由で40歳で勢いだけでいきなり会社をやめて、思いつきで漫画家を目指し始めたおっさん・大黒シズオ(堤真一)と、その周辺の人々を描いたコメディ映画である。
 見ました。


 あのね。まず告白する。


 胸が痛すぎる。コメディなのに。コメディなのになあ。
 このギリギリギリと締め付けるような、何もかも手遅れのようなこの主人公の状況。実を言うと、俺、結構憧れだったのである。
 会社の仕事も何もかも捨てて、自分の「新たな人生」というものへと旅立とうとする、そのドロップアウト願望。しかし、この映画は笑いの中に容赦なく描かれる、世間が見つめる「40歳・無職・子持ちの漫画家志望」というおっさんに対する「反応」に対して、その現実の重さをひしひしと感じながらもそれでも「俺はイケる」と自身を鼓舞する主人公を見て笑いながら、思う。

 30代後半の人間には、心の奥がギリギリと痛いよ。


 この映画が描いているのは、突然ドロップアウトした中年に対して突きつけられる厳しい現実。親も友達も若者も女の子も、漫画編集者も。彼をまるで異世界の生物のような目で見る。世間の同世代はみなばりばり働き、金を稼ぎ、業界の第一線で活躍している人間だっている。比較したらキリがなく、40歳でゼロから始めるということは、そういった人間と比べられた挙げ句「ゴミ」くらいにしか見てもらえない。
 人生ゼロからやり直す。そんな人間に対して世間は冷たい。


 橋本愛に似た娘がいる。飲み代を出してくれる友達もいる。あきらめず息子に再就職をしろと迫る親もいる。でも「40歳無職」。
 風当たりは強い。合コンでは女の子に説教され、バイト先では同僚の若者に店長でもないのに「店長」と呼ばれ、暇つぶしで乱入した少年野球では監督でもないのに少年たちから「監督」と呼ばれる。つまりは女子供にも若者にもコケにされてるのだ。


 もう漫画しかない。漫画でデビューするしかない。それしかもう。世間を見返す方法が無い。ドロップアウトするならもう、全力でダッシュするしかない。だが描けない現実から逃避するためについゲームしたり、吐くほど呑んだりする、どうしようもなさ。
 それでも、なんとか新作を仕上げては持って行く。しかし、担当編集(濱田岳)はやんわりと穏当な表現で彼をうまくあしらいながらも、結果は「没」の山を築く。


 しかし、大黒シズオは言う。「本気出せば、俺は無敵」だと。そして、やがて彼は新人賞で「佳作」を取り、漫画デビューへ手応えを感じていくのだが・・・・。


 この映画はシズオの他に2人の主要人物がいる。シズオの友達で、人の良すぎる性格のせいで妻子に去られ、無職の幼なじみにはたかられているサラリーマンの宮田(生瀬勝久)、バイト先の新人でケンカの強い金髪の無職青年・市野沢秀一(山田孝之)である。
 宮田は不動産会社の課長をしていて安定しているが、その人の良さのせいで妻との間に亀裂が入って去られ、息子とは1ヶ月に1回しか会えない。市野沢は見た目のインパクトとその低いテンションとは裏腹に優しくナイーブな性格のせいでケンカが絶えず、職を転々としている。彼らから見ると、シズオは時折すごくうらやましく感じてしまう。
 宮田は「彼のような決断はできない」と自分を見ているからで、市野沢は打ち込めるものが何も無いからだ。
 市野沢がキャバクラ勤めていた時に若造のDQN店長(20代後半?)がやつあたりで50代くらいの新人社員(村松利史)に因縁をつけて、コケにしまくるシーンなどは見ていてあまりにつらすぎる。それでも50代新人さんは家族のために店をやめられないからだ。そんな男のために店長を殴りつけ取り巻きにぼこぼこにされた挙げ句、キャバクラを首になる市野沢を見て思わずほろりとした。。


 歳を取れば取るほど、可能性が狭まっていく人生。いろんなものが乗っかって身動きがとれなくなっていく人生。大人になるってなんだろう。自由にナルってなんだろう。


 この映画は様々な「どんづまり人生」たちを、コメディとして暖かくくるみながらも、時に辛辣になることを恐れずに描いている。いい歳して「夢」を追っかけるおっさんを戯画化した「コメディ」というオブラートから時折溢れる、「現実」という「のたうつような苦み」が点描されたこの映画は、ドロップアウト願望を常にくすぶらせるダメなおっさんサラリーマン、つまり私の心を激しくゆさぶるのである。大好き。(★★★★)

俺はまだ本気出してないだけ 1 (IKKI COMICS)

俺はまだ本気出してないだけ 1 (IKKI COMICS)