虚馬ダイアリー

「窓の外」のブログ

「ももへの手紙」

toshi202012-04-17

監督・原案・脚本:沖浦啓之
脚本協力: 藤咲淳一、長谷川菜穂子
作画監督安藤雅司


 空の上から、3粒の雫が落ちる。


 それははるか、瀬戸内海の海へと落ちていき、やがて定期便のフェリーの甲板にいる、一人の少女の頭に当たって海へと消えた。少女は潮風に当たりながら、便せんをひろげる。そこには一言。「ももへ」という一文。それ以降の文章はない。
 母親が笑顔で彼女に話しかけるが、少女はその便せんから目を離さない。


 ももとは少女の名前である。小学6年生である。
 ももは父親を事故で亡くし、母親に連れられて、母親の親戚がいる瀬戸内海の汐島という島へと引っ越してきた。その便せんは、父親が死の前日、彼女への手紙の書きかけであったのだ。



 さて。監督デビューから12年ぶりの、沖浦啓之監督の新作である。


 12年。12年である。12年前というと私がちょうど、ネットでうすぼんやりとした映画感想を書き始めた時期である。


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 沖浦啓之監督のデビュー作である「人狼」もちょうどその頃劇場で見た*1。都内でたった1館、テアトル新宿のみでの公開というさびしい状況でありながら、当然劇場は盛況であった。押井守監督の「紅い眼鏡」「ケルベロス」、漫画「犬狼伝説」(藤原カムイ・画)に連なる「架空の昭和30年代」の特殊警察部隊「特機隊」と反政府ゲリラとの闘いを描く「ケルベロスサーガ」の一篇であるけれども、シリーズには珍しくロマンスの要素が多分に入った異色の一本でもある。特機隊に追い詰められて、反政府ゲリラの爆弾の運び屋をしていた少女・阿川七生が目の前で自爆する姿を見てしまったことで、特機隊の伏一貴の内面に影響を与え、やがて、七生の姉・圭と出会った伏は、彼女と次第に心通わせるようになるのだが・・・、という話である。


 デビュー作「人狼」は僕の中では、近年、押井守監督が関わった作品の中で、最も素晴らしい成果だと思っていて、アニメーションとしての完成度は、非常に高く、ゼロ年代映画のベスト候補*2に入れてしまうくらい好きな作品。ゆえに、長く沖浦監督の新作を待望していたけれど、あまりに音沙汰がないんで新作を見ることを半ばあきらめていた。
 そんな中での、天才アニメ監督の復活に驚喜し、思わず先行ロードショーしている広島まで行って鑑賞してきてしまった。


 さて。
 「人狼」の中で、本来組織に囲われた「狼」としての本性を持つ伏が、一時期とは言え人間性を取り戻すきっかけになるのは一人の少女である。

*3

 阿川七生。誰が呼んだか知らないが、愛称「ジバクちゃん」。彼女は死後も伏の心の中に残り続け、此岸から、彼岸にいる彼女の幻を見る。少女の幻影に揺れる伏。それゆえに、彼は本来交わらないはずの「人」と巡り合い、心を通わす。しかし、彼の中の「本性」を彼自身が正確に知っていて、それゆえに苦悩する。そして、その本性が、やがて物語を避けることの出来ない悲劇へと向かわせることになる。
 シリーズが持つ陰鬱なトーンの世界観の中で描かれる、伏と圭のほのかな交情が温かく、それゆえに哀しい作品である。


 そして、本作は、阿川七生の「自爆」から始まる映画より12年の時を経て描かれる、そして12歳になる現代の少女の、ひと夏の物語である。


 少女は彼岸でなく、此岸から彼岸の父を思う。それゆえに、彼女は覇気がない。死の前日、彼女は怒りにまかせて父に「戻ってこなくていい!」という「ヒドイこと」を言ってしまったことを悔いている。そして、父親が手紙に何を書こうとしたのかを知りたい。そう思っている。
 父親の死と向き合うあまり、引っ越し先の島に馴染めないもも。そんな少女の前に、「人と交わってはいけない」3人(匹?)の妖怪イワ、カワ、マメと出会うことになる。


 本来「人と交わってはいけない」者たちが出会う物語という共通点がありながら、本作は監督の前作とは真逆とも言える、明るく、そして優しい目線で物語が紡がれている。父親の死と向き合う少女の細やかな心の機微や、高畑勲もかくやの日常の丹念な描写のアニメートを積み重ねながらも、妖怪たちと関わるようになると、ももは本来持つはつらつさを取り戻す、その時のデフォルメを交えたアニメーション描写が楽しい。妖怪たちとももとの掛け合いは面白いし、人狼」で少女の執拗な太もも描写が話題となった沖浦監督と千と千尋の神隠し」をやたらフェティッシュにした元凶こと安藤雅司作画監督が持つ、ほのかにフェティッシュなアニメートも随所にありつつ、猪との農業用モノレールチェイスや、ももと、イワ、マメが踊るダンスシーンなどの見せ場も楽しい。
 そして、3人が何故「地上」に降り立ち、ももと関わるようになったのか。その理由が明らかになった時、物語がなぜこれほど優しさに満ちているのかが、わかる。


 「人狼」は此岸から彼岸の少女を見ることで、一時、人間の心を取り戻した男の物語であったが、「ももへの手紙」は逆である。彼女は「彼岸から見守られていた」のである。そんな少女への優しさが、クライマックスの百鬼夜行もかくやの妖怪大集合シーンで爆発する。
 それは、現代へと「転生?」した少女への、沖浦監督の12年越しの贖罪にも見える。
 「人狼」で少女が酷薄なる運命をたどった物語を反転させ、本作では、父親の死と向き合う少女が現代において優しく見守られながら人間としての快活さを取り戻していく。それこそが、本来、沖浦監督が描きたかった物語であることが嬉しい作品である。大好き。(★★★★☆)

*1:12年前に書いた「人狼」感想。http://members2.jcom.home.ne.jp/t20/000604.html

*2:http://d.hatena.ne.jp/toshi20/20091217#p1

*3:阿川七生を模した、アニメーター西尾鉄也氏の自画像。