虚馬ダイアリー

「窓の外」のブログ

「うさぎドロップ」

toshi202011-08-20

監督:SABU
原作:宇仁田ゆみ
脚本:林民夫/SABU



 久しぶりに親戚一同が集ったのは、じいさんの葬式の日。
 30歳でいまだ独身の河内ダイキチ(松山ケンイチ)が、亡くなった祖父の家に行くと、家の前に見知らぬ一人の少女が喪服を着て立っている。手にりんどうを持って所在なげにしていたその子は、ダイキチの姿を見るとはっとして立ち去っていく。
 ダイキチが家に入ると、久しぶりに会う親戚は一様に驚きを隠さずに、ダイキチの顔を見る。ダイキチは祖父にそっくりなのだという。そして、家の前にいた、少女は・・・78歳で他界した、その祖父の隠し子だった。
 親戚一同、だれも彼女の存在を知らなかった。そのため、誰が彼女を引き取るか、親族会議になる。しかし、誰も引き受けようとはせず、結果、施設に預けようという話になる。無遠慮に祖父や少女へのやっかみを口にする親戚たちにいらだちを感じたダイキチは、勢いでその少女に、「自分のところにくるか」と聞く。少女は、彼に手を差し出して、同意をした。
 ダイキチは彼女に名を問う。少女の名は鹿賀りん(芦田愛菜)といった。



 宇仁田ゆみの同名コミックスの映画化。映画公開と時をあわせるように、Production I.Gによるテレビアニメシリーズ*1が現在放映中で、そちらが大変素晴らしい出来なので、その影響で原作を読み始め、あっという間に全巻読み終えてしまった。
 原作は物語が進むにつれ、決して育児だけの話ではなくなっていくのだが、話の「入り口」は、男やもめがひとりの少女を引き取ることで、突然育児の最前線にたたきこまれるてんやわんやを描く、育児コミック的な要素が主になる。映画はその要素に着目した映画化である。


 
 つまり、松山ケンイチが、勢いで芦田愛菜を育てることになる話である。
 芦田愛菜と言えば、愛くるしい笑顔と、オトナが望む受け答えやリアクションを高い完成度で行う勘の良さが受けて、当代きっての子役スターとして、テレビやCMにひっぱりだこだ。そしてその影響で、この映画では松山ケンイチ香里奈に次いで、主役級の扱いになっている。
 僕はテレビで、彼女の「オトナはこういう『私』のリアクションを望んでいる。」という理解を一瞬で行い、完璧に振る舞う姿を見ていると、「可愛い」と思う前にとてつもなく空恐ろしくなるのであるが、SABU監督には芦田愛菜を必要以上に可愛く撮ろうというフェティッシュな意志が皆無なので、ひとりの「ちょっと可愛いくらいの保育園児」としての要素以外求めず、彼女もそこを受け取って芸達者な部分は露骨に出さず、ひとりの「子ども」であることに徹しているため、テレビで見て彼女から受ける、ある種の空恐ろしさからは開放されてみることが出来た。
 つまり、この映画の主役は「芦田愛菜」ではなく、『「芦田愛菜」を育てることになった男』こと「松山ケンイチ」が育児に奔走する姿がメインの映画になっている。


 さて。
 この映画にはひとつ、原作から大きな改変がある。それは香里奈演じる「美しすぎるシングルマザー」こと二谷さんのキャラクターである。
 原作ファンからすると、二谷さんのキャスティングが香里奈だと知ったときのリアクションは、「えー?香里奈あ?ありえなーい!」というのが大半だと思うのだが、この映画のコロンブスの卵は「二谷さんのキャラクターを香里奈に寄せて描いた」ことにある。
 原作の二谷さんは、非常に清楚な、そして、やや気弱な美人で、一人で同じ保育園に預けた子どもを育てる間柄になったことで、ダイキチと憎からず思い合うようになるのだが、どこか互いに一歩を踏み出せないまま、ずるずると時が経っているうちに、結ばれることなく終わる。理由はダイキチにとって二谷さんが美しすぎて、恋愛へと至る「ハードル」が上がってしまったから。その結果、原作の第二部において、育児漫画として読んでいた読者にとっては、明らかに想定外の展開を見せることになるのだが、それは置いといて。
 一方、映画の二谷さんは、非常に強気で勝ち気で、雑誌でモデルをすることで生計を立てる女性として描かれる。ダイキチにもフランクに本音をいうタイプで、清楚さとは真逆のキャラクターになっている。


 その結果はどうだったか。原作の第二部の結末に不満がある(ていうか色々問題があると思う)僕としては、二谷さんのキャラクターは大変いい方向に変わったと思う。つまり、ダイキチにおける、「恋愛」に至る「ハードル」を下げる、相性のいい女性に仕上がっているということである。
 結論から言うと、この映画は原作の結末への、強烈な拒否を叩きつけてもいる。明確に「原作の『育児漫画』としての部分を映画化したかっただけですよ!」と言っている。演出から、物語から、キャスティングから。本来の原作通りに映画化するのであれば、10年後に同じキャストで続編を作らねばならぬのだが(笑)、その可能性はすっぱり切って、1作で完結する意志をフィルムに焼き付けている。


 その分、映画としては非常に安全圏というか、安心して見られる「イクメン推奨映画」に落ち着いてしまってもいるのだが、原作を知っている者としては、原作を改変した部分は決して悪くないんじゃないでしょうか、と思ったりもしたのであります。(★★★)
 

*1:主題歌がまったく同じという、わかりやすいタイアップ企画。