虚馬ダイアリー

「窓の外」のブログ

「戦火の馬」

toshi202012-03-08

原題:War Horse
監督:スティーブン・スピルバーグ
原作:マイケル・モーパーゴ
脚本:リー・ホール、リチャード・カーティス


 一頭の馬。かれの道行きと彼に魅せられる人間たちの物語。


 話は一人の小作人の親子が一頭の馬を見初めたことから動き出す。足の悪い自分の代わりの労働力として、農耕馬を買いに競りへと出かけたテッド・ナラコットはその競りで、有り金の全部をつぎ込み、農耕馬の代わりに、サラブレッドの子馬を買い取る。
 母親は当然激怒である。だって、トラクター買ってくるって朝出て行った親父が、夕方になってスポーツカーに乗って帰ってくるようなものである。フェラーリで畑が耕せるか!大体乗りこなすの難しいんだど!返してこい!という母親に、息子・アルバートフェラーリ乗りこなして運転する馬をしつけてみせる、と頼み込み、母親はしぶしぶ引き下がる。
 やがて、「ジョーイ」と名付けられた馬はアルバートの深い愛情によって育てられ、様々な困難をともに乗り越えていくが、やがて、ナラコット家は行き詰まり、第1次世界大戦が始まると戦馬として「ジョーイ」は引き取られていく。
 別れを惜しむアルバートに、ひとりの軍人が答える。「この馬はとてもいい馬だ。ジョーイを大切にし、必ず君のもとへ返す。」と約束する。その男の名はニコルズ大尉と言った。彼は世界に誇るイギリスの騎兵隊の所属である。彼の言葉は自信に満ちあふれていた。アルバートは彼に、ジョーイの行く末を託す。
 しかし、ジョーイに待っていたのは、過酷な旅路であった。
 

 馬はいい。
 乗り物にしてよし、乗り物を引くも良し、レースをするもよし、労働力としても移動手段としても使えてなおかつ食料にもなる(おい)というわけで、近代以前のニンゲン社会と切っても切れない便利な動物ベスト5に入るくらいの動物ですが、特に彼らは昔から戦争にかり出される動物ナンバー1と言っても過言ではない。三国志赤兎馬の例を挙げるまでもなく、どの大陸でももっとも早い移動手段であり、優秀な馬はそれ単体で武器である。


 しかし。第一次世界大戦は、戦争の中に馬を投入する最後の機会となる。それ以降の近代戦において、騎兵隊は近代兵器の前になすすべもなく敗れていくのである。
 馬にとって最も過酷な戦争下において、それでもなおジョーイが生き延びるのは、その「優美さ」と「頑強さ」を兼ね備えた「生命力」によるものである。彼の存在に、誰もが魅せられる。


 
 そして、見ていて面白いな、と思ったのは、ジョーイは見るニンゲンによってその見え方が違うと言うことである。例えば小作人の息子・アルバート、あるいは騎兵隊のニコルズ大尉、あるいはドイツ軍の少年、そして病弱な少女・エミリーとその祖父。そして、戦火の中でジョーイを見つめるイギリス軍とドイツ軍の兵士。
 彼らは一頭の馬を見たいように見る。「ジョーイ」「騎兵隊最強の馬」「弟を助ける手段」「フランソワ」「大砲を運ぶ手段」そして「奇跡の馬」。

 しかし、ジョーイは、ただ、ジョーイであり続ける。ジョーイはただ、生きようとするだけだ。ただ、生き抜く。その彼の生き抜いた姿に、人々はひとつの「奇跡」を見る。

 
 ジョーイはニンゲンをどう思っているか、などということをスピルバーグは描かない。馬はただ馬として生き抜いていく。飼い主が変わっても、戦場で突然上に乗っていた人がいなくなっても、彼を連れていた二人の少年が、目の前から消えても、少女と突然の別れが来ても、馬は感情など出しはしない。
 馬は彼に纏わるニンゲンのドラマなど知らないのである。


 スピルバーグは馬の感情を語ることなく、ただ生き抜いてみせる姿を描くことで、彼に魅せられる人々のドラマを見事につないでいく。そして、見ている僕は、周りの人間のドラマにではなく、ただただ生き抜いてみせたジョーイが走り抜く旅路の果てに涙するのである。
 ニンゲンと馬のドラマとして始まった物語が、いつの間にか、観客までもがジョーイの生き様そのものに魅せられている。そんな映画である。(★★★★)