「トンネル/闇に鎖された男」
原題:터널/Tunnel
監督・ 脚本:キム・ソンフン
「さあ救え・・・!(中略)救うんだ・・・!ゴミども・・・!」
- 作者: 福本伸行
- 出版社/メーカー: フクモトプロ/highstone, Inc.
- 発売日: 2013/07/25
- メディア: Kindle版
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人生に理不尽というのは当然起こることがある。
ただ、その理由は二つある。自分に責任がある場合と、ない場合である。
この映画の主人公、イ・ジョンス(ハ・ジョンウ)は圧倒的に後者である。なぜならば、たまたまその日、地元の日常でよく使うトンネルを通ったというだけのことだからだ。
トンネルに入る直前に立ち寄ったガソリン・スタンドでもたもたしている爺さんにイライラしつつ、お詫びに差し出されたペットボトル2本。そして、偶然車に積んでいた娘への誕生日ケーキ。車の営業マンとしての契約も取り付け、意気揚々と車を走らせるジョンス氏はハド・トンネルへと差し掛かる。交通量が少ないそのトンネルをすすんでカーブを抜けた辺りで突如轟音が鳴り響く。そして信じられない光景が展開していく。トンネルが天井から崩れてジョンス氏に迫っていたのである。
気がつくとジョンス氏はがれきに埋もれた車内にいた。なんとか生きているものの完全に立ち往生となったジョンス氏はかすかに拾えるトンネル内のアンテナから119番する。救助隊が到着するとソウル側からの出口は完全に崩落。南側からの出口だけが完全な崩落を免れていた事が、ジョンス氏の命を支えていた。
トンネル崩落のニュースは瞬く間に韓国国内に広がり、国を挙げての救出が始まる。現場にはジョンス氏の妻・セヒョン(ペ・ドゥナ)も駆けつけ、現場を手伝いながら事態を見守る。その救助隊の隊長・キム・デギョン(オ・ダルス)は韓国一の救助隊を自負し、ジョンス氏救出のために動き出す。だが、予想外の事態が頻発する現場は、やがて様々な困難に直面することになる。
ジョンス氏、そしてキム隊長はひとつひとつその困難に向かっていくが・・・、やがて彼らに試練が訪れる。
極限下のサバイバルと予想を越えて困難な救出
この映画の前半部はジョンス氏のサバイバルと、救助隊やセヒョンの苦闘に光が当てられる。
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このくだりのジョンス氏を演じるハ・ジョンウの非常に場持ちする演技は見事であり、また、国民的バイプレイヤーとして不動の人気を誇るオ・ダルスの非常に人間味あふれる演技は、映画を牽引する大きな力となっている。そして、ジョンス氏の生還を祈る健気な妻が韓国が誇る至宝・ペドゥナである。まさに最強の布陣である。
ジョンス氏が遭遇した事態はただただ、理不尽である。そしてキム・デギョン隊長を初めとした救助隊の面々はある種、国の「尻ぬぐい」をしている状況である。
なぜならば、事態が動いていく中で明らかになるのは、そもそもの原因がバドトンネルの「手抜き工事」であったこと、そして、バドトンネルの近くで、国が主導するニュータウンをつなぐ第2トンネル建設が重なった事であった。
つまり、国が本来の仕事をきちんとしていれば起こりえない、複合的な事故である。ジョンス氏に死を呼び寄せる原因は国であり、社会である。
その尻ぬぐいを一手に引き受けるキム隊長と救助隊は、ジョンス氏救助まであと一歩のところまでたどり着く。・・・はずだった。ところが、思わぬ原因でその作業が無駄だったと発覚する。
絶望するジョンス氏。電源が落ちる、唯一の連絡手段であるスマホ。辛酸をなめるキム隊長。悲嘆にくれるセヒョン。
そこから終盤にかけて、この映画は視点を大きく広げる。
一人の男が崩落事故で孤独に耐えながらサバイブする事故を巡る社会という「人間」のうねりを描くドラマになっていくのだ
(以下終盤の展開に触れていきます。)
誰が主人公を殺そうとし、そして誰が救うのか
はじめは一丸となっていたはずの救出作業は、時間が経つにつれ、世間からのジョンス氏への興味は薄れていく。
そして、もたげてくるのが社会の要請による、経済優先志向の台頭である。死んでる可能性が日に日に高まる一人の人命よりも、経済が止まる方が困るというわけだ。
その間もキム隊長をはじめとした救出隊の決死の救出作業は進んでいる。だが、社会はこの作業自体に冷ややかになっていき、その救出作業中に隊員が死亡する事故が発生。
その悲劇をきっかけに、救出作業反対と、崩落事故の遠因となった第2トンネル建設再開が世論として大きくなっていく。
そして妻・セヒョンに突きつけられたのは救出作業中止にサインをせよ、という政府からの要請であった。
しかし考えてみて欲しい。そもそも何故事故は起こったのかを。そして何故、ジョンス氏は見捨てられなければならない?
ジョンス氏は、経済優先、効率優先の社会が複合的に生み出した崩落事故によって過酷なサバイブを強いられた。しかし、その原因を作った者たちは、救出作業が暗礁に乗り上げるや、経済優先思想をあっさりと復活させて彼の命を見捨て、そしてあまつさえ被害者ヅラしてジョンス氏の妻に恭順を促しに来るのである。
この流れを見て俺は心底ぞっとした。
それは、いつか日本でも見た風景だったからに他ならない。それがなにかを俺は深く言及しない。読んでる人が胸に手を当てて考えて欲しい。
そして、社会は時に容赦なく、あっさりと生死がわからない個人を見捨てるという、誰もが目にしたくない真実をこれでもかと見せつける。
スマホの電源が切れて以降、唯一世間とジョンス氏を繋ぐのは、カーラジオが唯一拾うクラシック専門放送のラジオだけであり、その中で時間ごとにジョンス氏の救援放送がなされているのだが、そこに妻・セヒョンが、ひとつの決断を伝えにやってくる。
そこから始まる、ジョンス氏のある行動と、キム隊長の人として取った行動が、物語を大きく進展させていく。
「金は命よりも重い」という言葉が平然と浸透する社会。あまりにも世知辛い世間。その中でも信ずるものはあるか。この映画はそこに答えを出してもいる。
そして主人公がクライマックスに叩きつける一言は、まさに観客の心にストンと落ちる。
どうかこの映画を見て欲しい。この中のどこかに「あなた」はいる。そして、あなたはその時、どういう行動を取るか。見終わった後、考えてみて欲しい。
この映画はただの「サバイバル映画」ではない。一つの事故を巡る個人と社会を描く、非常に志の高いエンターテイメント映画なのである。
そんな映画を、韓国が世界に誇る人気俳優陣が集結し、こんな社会に一石を投じる大作映画を撮ってしまう韓国映画の底力におそれおののく作品である。
傑作。必見。(★★★★★)
月刊消防 2013年04月号 「現場主義」消防総合マガジン 「事故事例に学ぶ 中央自動車道笹子トンネル天上板崩落事故 東山梨消防本部」
- 作者: 東京法令出版
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