虚馬ダイアリー

「窓の外」のブログ

「インセプション」

toshi202011-01-11

原題:Inception
監督・脚本:クリストファー・ノーラン


 「どうもー!虚無ダイアリーの窓の外でーす!」
 ・・・だれだー!俺の脳にこんなつまんないやつ植え付けたのー!
(ひとりインセプション・コント終了)


 というわけで。公開から約半年経って、早稲田松竹で落ち穂拾い。
 むしろ、「お前なんで見てないんだ」というほど話題になった作品だけれども、はっきり言えば「見るのが怖かった」というのがあって、公開当時みんな「言葉にせずにはおれない」みたいなカンジで、ブログからtwitterから、みんな『インセプション」についての言及だらけで、「映画は見たい!でも、この言葉の洪水の中で見たら、まっさらな気持ちでは見られない!」と思いながら見るのを先延ばしにしていたら、公開が終わってしまっていた・・・という。
 

 ま、そんな話題作をブルーレイ/DVDも発売された段になって、名画座で見たわけですが。
 で。感想としては。大スクリーンで見て良かった。


 クリストファー・ノーランらしいトリッキーさと大作感を見事に両立させた作品で、これほどのビッグパジェット作品にも関わらず、ノーランらしさは「ダークナイト」よりも色濃い作品だけれども、そこにきっちりエンターテイメントとしてまとめてみせたあたりが、ノーランの凄さだと改めて思いました。


 「夢」からアイデアの元を奪い取る産業スパイ・コブ(ディカプリオ)が、大富豪サイトー(世界のケン・ワタナベ)の依頼で、ライバル会社の御曹司へのアイデアの種の「植え付け<インセプション>」を行うという、不可能に近いミッションに挑む、という「ミッション・インポッシブル」なストーリーラインに、死んだはずの主人公の妻の幻影が立ちふさがり、彼女に会うために夢の深層へ向かう、というラブストーリーの要素も絡む。


 「夢」を舞台にしたSFといえば「パプリカ」なんかを思い出すけど、ノーランは、夢の中でアクション映画を撮るための手続きをきっちり踏んだあたり、さっすが生真面目。その分かなりルールが煩雑なんだけど、エレン・ペイジ演じる新米<設計士>アリアドネを介したチュートリアルで夢世界の多重構造やルールの説明も念入りに行う辺り、初見の人間にもかなり優しい話作りにしてあって感心する。


 夢世界へ入るためには、夢を<設計>→<共有>→<誘引>という段階を経る。夢に<ログイン>した後は死ぬかある一定の刺激を受けるかしないと戻れない。夢の主が無意識に気付くと、遺物を排除しようと攻撃が始まる。夢の階層ごとに時間の流れが1/20ほどゆるやかになっていく、音楽などの聴覚の刺激が夢に影響を与える。
 ・・・などのルールの中で、コブたちの戦いが始まる。夢か夢でないかの判別は、「婚約指輪の有無」や「コマの回転が止まる/止まらない」などの、設定があるようです。


 コブたちが行おうとしている<植え付け>は夢の最深層である第4層の<虚無>にまで落ちないといけない。そこまでいかないと、<アイデアの植え付け>をしたことがバレてしまう。
 コブには夢の深層である「虚無」にまで落ちなければならない理由がふたつあって、それは「任務<インセプション>の達成」と、「死んだ妻の幻影との再会」がある。彼自身の「罪」の抹消と、過去への「罪悪感」の解消。その二つを果たすため、不可能に近いミッションを敢行する。


 主人公が抱えた「罪」の記憶。現実の苦痛から逃れ、夢を「現実」と混同して生きることの「残酷」。
 夢の共有するということは、そこに流れる「時間」をも共有する、という設定が物語に一層の悲哀を産む構造も相まって「なるほど」と思わせる巧さなのだけれど、ただ、そこに見える風景が、あまり魅力的に見えなかった。
 設定自体がかなり綱渡りで、その分ノーランの必死さも垣間見え、元来の生硬さと相まって、映画としての色気がやや足りない映画になってしまったのは残念だけれど、チャレンジブルな内容を高いレベルにまとめて見せた、ノーランのインディペンデントな魂を失わない職業監督としての力量に、こころから感服してしまう力作でした。(★★★★)