虚馬ダイアリー

「窓の外」のブログ

「アイアムアヒーロー」

toshi202016-04-29

原作 :花沢健吾
監督 : 佐藤信
脚本 :野木亜紀子


 それは唐突に始まる。予感すらない。


 35歳。漫画家アシスタント。趣味はクレー射撃。名前は「えいゆうと書いてヒデオ」つまり英雄。鈴木英雄(大泉洋)という名前の男が主人公である。妄想癖があり、性格は引っ込み思案で暗い。1歳下の彼女との関係は冷え切っている。彼女のアパートの部屋に間借りする形で生活しているが、漫画家になる夢をあきらめきれない英雄は持ち込んではボツになりの繰り返し。結婚を望む彼女は、英雄を部屋からたたき出し、英雄は寒空の中着の身着のまま、路頭に迷うことになる。
 こんな世界。こんな残酷な世界。滅びてしまえばいい。そう願ったかはわからない。だが、その日を境に世界は唐突に「壊れ出す」。

 噛まれると感染していく病。あットいう間に死に至り、首を落とさない限り生き続ける「屍」と化す。彼女。漫画家先生。アシスタントの同僚。次から次へと感染し、街は阿鼻叫喚の地獄と化す
 東京を脱出し、タクシーを拾って外へ出たものの、実はそこに同乗した1人が感染しており、なんとかその男を社外に放り出すことに成功するが、タクシー運転手まで感染してしまったことで、英雄は同じく同乗した女子高生・早狩比呂美(有村架純)とともに、地方の高速道路に放り出されることになる


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 この過程の描き方は「宇宙戦争」の冒頭を彷彿とさせる力強さで、夢を捨てきれない「普通」の男が崩壊した世界へと放り出される過程を描く場面はこの映画の白眉と言ってもイイ。この日常がグラデーションを次第に上げながら非日常に塗り替えられていく様は一気に引き込まれる勢いがある。
 崩壊前の日常では考えられなかった、有村架純似の女子高生に気に入られ、頼りにされるなんていうイベントを挟みつつ、ネット情報を頼りに富士山の山頂へと向かう道すがら、比呂美が実は「半感染」状態であった事が発覚。その感染症の名前は「ZQN(ゾキュン)」と呼ばれていた。英雄は通り沿いにあったアウトレットモールに身を寄せる。
 だが、そこもすでにZQNに感染した人の群れがいて、そこに立て籠もり「ZQN」に対抗する「人間」たちが集い、救援を待ちながら一時的にコミュニティを形成していたのだった。そこで英雄は元看護士の籔と名乗る女(長澤まさみ)と出会うことになる。


 ショットガンを入れたケースを肩に提げ、銃砲所持許可証を持つ男。クレー射撃の腕は悪くないが、人に向けて引き金をひけない「普通の男」英雄は状況に流されながら、半感染により意識混濁した比呂美を守るためにショットガンの引き金すら引けず、コミュニティーに取り込まれて生きる事を余儀なくされ、銃も取り上げられる。
 コミュニティ内の主導権争いが起こり、生き延びるための食糧確保のために兵隊とされた英雄は、元リーダーだった男・伊浦の叛逆により、こころもとない武器だけで、ZQNの群れに襲われることになる。


 ゾンビの設定に独自性を加えつつも、ゾンビもののセオリーを踏襲し、主人公を「リーダーになれない普通の男」としたことで、映画は状況に流されていく男が、守るべき人たちのために銃を取り引き金を引くまでの物語とした脚本・野木亜希子の脚色の取捨選択は見事と言っていい。
 遠慮無くおこるZQNによる虐殺、容赦なく死んでいく人々。その展開はまさにドライ。


 コミュニティは崩壊し、周りはZQNだらけ。比呂美や籔、仲間を救うために、英雄はついにZQNに引き金を引くクライマックスは、一種の高揚感をもたらす、という仕掛けだ。



 だが、このクライマックスは、「快感」と引き替えに、主人公が引き金を引き、ZQNを倒せば倒すほど、この映画はある種の「虚無」を生み出しもする。どんだけ引き金を引いても救えない仲間がいて、どんどん彼らはZQNに食われていく。そのZQNも元は「ただの人間」だった者たちだ。
 ZQNがかつての「生前の記憶」の一部で行動しているという設定が、このクライマックスにも生きていて、それが「バケモノを駆逐する」という爽快感とは無縁の、なんとも言えぬ罪悪感を起こさせる。積み上がっていくのは「かつて人間だった者達」の肉塊。その事実が、カタルシスとは無縁の「虐殺」感を引き出していく。意識混濁した有村架純似の女子高生・比呂美は英雄を見てつぶやく。
 「・・・ヒーロー」と。だが、これは彼が望んだ自分なのか。


 この映画が単なる「ゾンビ世界の英雄になる普通の男」と言うにはあまりにもざらっとした手触りのクライマックス、そして主人公が籔に対して自己紹介する場面で、普段自己紹介する時に使っていた「えいゆうと書いてヒデオ」という例えをせず、彼はこういう。
 「ただの・・・ヒデオです。」と。

 ヒーローと呼ばれて。しかし、それは「なりたかった自分」なのかわからない。引き金を「引いてしまった普通の男」は、どこへ行くのか。引き返せない。その虚しさをも示した結末は、なんとも見事であるな、と思った次第。


 もしも、この話が「彼女からアパート追い出された主人公がホームレスに話した、有村架純似の女子高生や長澤まさみ似のナースと仲良くなる妄想」であったなら。見終わった後、そう願ってしまったりもするのである。(★★★★)