虚馬ダイアリー

「窓の外」のブログ

「スラムドッグ$ミリオネア」

toshi202009-05-18

原題:Slumdog Millionaire
監督:ダニー・ボイル
原作:ヴィカス・スワラップ
脚本:サイモン・ボーフォイ




 「一生許さない」と弟は言った。


 
 イギリスとインド。双方の国は分かちがたい因果にあり、その果てに、この映画はある。


 オープニングで、『テレビ番組「コウン・バネーガー・カロールパティ」(「クイズ$ミリオネア」インド版)』『警察による尋問』『青年の人生の記憶』が交錯する。そしてそれが、そのまま映画の「構造」として、反映されていく。「無学の青年はなぜ、クイズ番組で勝ち残った?」。そんな疑問から始まる尋問(現在)で番組のビデオ(近過去)によって振り返り、そして青年の口から「疑問の答え」として彼の人生の記憶(遠過去)が語られる。


 この映画で重要な「舞台装置」として機能する「クイズ$ミリオネア」はイギリスで作られた番組「フー・ウォンツ・トゥ・ビー・ア・ミリオネア」を基本フォーマットとして、日本も含めた世界中で広まった番組であり、つまり、イギリスが作り出した舞台の上での<正解>を軸に章立てされたのように、青年の人生は語られていく。
 この構成こそが、イギリス人がスラムの青年についての映画を製作に至る際の、強力なモチベーションになっているのだと思う。そして、困窮した人生からの脱出、というテーマはイギリス映画が好んで描いてきたテーマでもある。しかし、それ以上に、イギリス人が抱える現実以上に過酷な環境で生きる「インド」の「貧困」の中にありながらも、ムンバイから立ち上る「生命力」の煌めきに語り手が魅せられたことで、イギリス映画のフォーマットの映画であるにも関わらず、凡百の作品にはない輝きを放ち始める。 


 さて。
 スラムというシステムが生まれたのは、18世紀後半から始まった「イギリスの植民地化」から長く続くインドの経済的困窮と分かちがたくあり、やがてそこから経済発展していくまでに長き年月を要していた。青年が生きた時代は、そこから脱却しようとしていこうとする時代と重なる。
 そういう歴史的背景とは無関係に、スラム育ちの少年たちは「現実」を生き抜くために躍動する。映画自体は<正解>を軸にした青年の人生の記憶の反芻であり、それがきちんと番組の構成と時系列がピタリと合う、という脚本構成は明快すぎるのだが、主人公・ジャマール&その兄・サリームの兄弟と、主人公が「現実」を生き抜くモチベーションとなる少女・ラティカを通して語られる、「人生を生き抜く旅」のエピソードの数々が、とにかく魅力的で、それが映画の強力な推進力となっていく。


 さらにこの映画が見事なのは、主人公がなぜその「クイズ番組」に出たのか、という動機付けと、そこから導かれる結末が、きちんと連動していくことである。


(以下ネタバレ注意。)


 そもそも「今現在」の主人公は警察の尋問中であり、その場では「出場していた」体で語られていた「番組」が、実はまだ続いていて、そして番組に理由が彼自身が生き抜きたいと思い、また兄を憎み、袂を分けた「理由」そのものである、ということが明かされる。
 そして。
 主人公が、最後の最後に残したライフライン。勝ち上がるために「50:50」も「オーディエンス」もあっさりと使った。金が欲しいわけじゃないから、わからない問題でも決してドロップアウトはしなかった。ただ、勝ち続けること。決して使わなかったライフライン


 運命の最終問題。彼の手元にはまだ、「それ」がある。


 番組に出場するまでは、決して使わないと決めていたはずのライフライン。「テレフォン」。だが、番組を通して彼は運命を感じている。番組に出場したのは「彼女」のため。でも、「人生」を反芻し、そして最後の問題*1で思い出したのは彼らの生き抜く旅の「スタートライン」。その瞬間主人公は、思わず笑みをもらす。おそらく、おそらくだが、彼が信じる「運命の声」は、こう語りかけたのではないか。


「許せ」と。


 この声に耳を傾けたとき、青年の運命は切り開かれる。


 互いを認め、許そうよ。そこに未来があるんだから。
 インドの外交官が書いた小説を叩き台に、イギリス人の脚本家、監督がムンバイの真っ只中で、現地の人々とともに撮った映画が、未来は「赦すこと」で始まるのだ、という結末へと導かれる。それはまるで、インドに宛てた強烈なラブレターにも、長い年月を経て届いた許しを乞う詫び状にも見えた。
 願わくば、踊ろうよ、ともに。そんな風にも見える、エンドクレジット冒頭に流れるマサラ映画へのオマージュ。イギリス人がさしのべたダンスの誘いの手。その手を見て、インド人はどう思うのだろう。ふとそんなことを妄想して、日本人なら、だれとダンスを踊るのだろう、などと考えながら帰路に着いたのでした。(★★★★)

*1:おそらくこれ、番組側は勝たせる気満々。