虚馬ダイアリー

「窓の外」のブログ

「ジェネラル・ルージュの凱旋」

toshi202009-03-21

監督:中村義洋
脚本:斉藤ひろし中村義洋
原作:海堂尊


 その医師は名を速見晃一という、


 あだ名は「将軍(ジェネラル)」だそうである。しかもそのあとに「赤(ルージュ)」がつくらしい。「ジェネラル・ルージュ」。「赤」い将軍、といえば「北の将軍様」・・・と言えば「金」。金と言えば銭。銭と言えば「銭ゲバ」。世の中やっぱり銭ズラ。「銭ゲバ」と言えば。
 ・・・で、彼は大変金に汚かったそうである(なんだその流れ)。その彼に、医療メーカーとの汚職疑惑が持ち上がる。その告発文が「お飾り」の倫理委員会委員長、田口公子のもとに届いたのである。そして「バチスタ」事件で組んだあの男の元にも・・・。、


 さらに、彼と懇意にしていた医療メーカー社員が謎の自殺。「バチスタ」で組んだふたりが、(片方はしぶしぶ)立ち上がった。


 「チーム・バチスタの栄光」の続編で、大学病院で「ジェネラル」と呼ばれた救急救命の医師の話。


 堺雅人のための映画である。
 ・・・と、「アフタースクール」の時も冒頭に書いたんだけど、この映画もそう。つまり、「ジョーカー」の笑顔を持つ男、堺雅人の正しい使い方をした映画で、この時点で俺はこの映画は、ひとつ、大きな武器を確保した、と認識した。
 彼は「疑惑の対象者」となると、俄然輝きを放つ。「アフタースクール」で自分が書いたものを引用するなら「そこには何か裏があるようにも見え、だが同時に実はなにもない、とも読める笑顔」なのである。


 さて。ボクは前作「チーム・バチスタの栄光」を★2つとしていた。理由は「官僚が一病院に介入する」という行為を英雄的に描いたことと、一人の職能への侮辱ともとれるドラマ構造があったからだが、今回はそちら2つには抵触していない、と考える。
 田口公子(竹内結子)が前作で仮託されていた、「素人」から見た「医療現場」という視点は、今回に限って言えばあまり重要ではなく、田口公子の存在感はどっちかというと「癒し系マスコット」的なところに配置され、謎解き自体があまり重要ではなくなっていく後半の関係から、前作では「ヒーロー」的な扱いだった「厚生労働省官僚」白鳥敬介(阿部寛)は「変人トラブルメーカー」という、三枚目の位置に置かれているので、前作のような「官僚が活躍する映画」という色はかなり薄まっている。
 ・・・まあ、精神科医師たちの描かれ型が一方的すぎる、という向きもあるだろうが、精神科の「搾取の構図」自体はそう、的外れではない気がするし、謎解きが脇に追いやられたせいか、前作ほどの「冒涜」感はない。
 本来、主役級の人間をコメディの「道化」の位置に置いたのは、この映画の成功の要因である。


 この映画において、堺雅人演じる速見医師が主役級キャストを喰ってしまうのは、彼の笑顔が隠していた「執念」を「ドラマ」のクライマックスと連動させているからで、その真実は、正直「荒唐無稽」と斬って捨てられてもしょうがない、くらいのリアリティ*1ではあるのだが、しかし、そんくらいの嘘、大目に見てあげてほしい映画ではある。
 医療ドラマ、としては「踊る大捜査線」的な大仰な「戯画化」された映画で、その良くも悪くも「わかりやすい」構造が嫌いな人の受けは悪いのだろうけど、俺は、リアルと嘘の兼ね合いから言えば、自分の中ではわりと「好き」な部類の映画であります。「ER」部署を「金喰い虫」と嫌っていた事務長(尾美としのり)がクライマックスを通して、ひとつの出来事を通して率先して救命スタッフに協力するくだりを入れたのも、良かった。


 堺雅人の「フェイク」な笑顔をきっちり使いこなした、医療エンターテイメントの佳作と思いました。(★★★☆)

*1:だって、速見の目論見に気づかなかった「経理」はどう考えても職務怠慢だろうし、病院管理の側面から言えば「速見が隠していたモノ」の存在は病院側が把握していて、初めて有用になるんじゃねーの?