虚馬ダイアリー

「窓の外」のブログ

「ナイロビの蜂」

toshi202006-05-14

原題:The Constant Gardener
監督:フェルナンド・メイレレス 原作:ジョン・ル・カレ 脚本:ジェフリー・ケイン


 魂が震えたらしいのである。


 江原啓之。この映画見て。
 こないだこの映画の予告編の前にいきなり出てきて、そう言ったんでほんとかどうかは知らない。しかし、テレビCMならともかく、映画館の大スクリーンで彼の胸から上のアップで登場されると正直心臓に悪い。あの体型から放たれる妙な威圧感と物腰の柔らかさのバランスが絶妙に怖い。怖すぎてちょっと笑った。
 まあ、それはどうでもよろしい。ただ、その予告編を見たときに、「GAGAも、売り方に困って、よりにもよってスピリチュアルなおっさんにたのまなくても」とひとり苦笑したのだが、この映画を見てみると、これが案外、的はずれな人選でもないのだな、などと思ったりした。


 庭いじりが趣味の内向的な英国外務省一等書記官の夫がこの映画の主人公である。彼は妻とともにケニアの首都・ナイロビに赴任していたが、ある日、彼の妻が殺される。妻は彼とは違い、ガンガン攻めるタイプの慈善活動家であり、黒人医師とともにラムの医療施設を改善する救援活動に励んでいた。その過程で何かを知り、レポートにまとめた。そして彼女は死んだ。
 事なかれ主義で生きてきた男が直面した悲劇で彼がしたことは、亡き妻の面影を求めて彼女の死に至るまでの行動を探ることだった。


 ミステリーではよくある筋立てでありながら、この物語が特異なのは、活動的な妻の行動を内向的な夫が追う、という筋立てであろうか。妻の死を聞かされたときも取り乱すことはなく、妻の死体を見たときも感情を爆発させない男の、だが、激しく深い喪失と静かな怒り、そしてそれにひとつまみの油を注ぐ「妻の不倫疑惑」が彼を動かし始める。だが、それは、アフリカの大地を食い物にする企業の陰謀と、彼女の魂の道程を追う旅でもあった。
 生命を弄ぶ製薬会社(ナイロビの「蜂」)の存在はフィクションではあるのだろうが、全くあり得ない話とも言い切れない題材にここまで踏み込んだ描写を見せたのは素直に凄まじいと思う。だが、この映画は、告発の映画ではない。骨太なテーマで、アフリカという無法地帯で暴走する資本主義の恐ろしさを垣間見せつつ、いつしか「魂の共有」によって、破滅という名の彼岸へと導かれる主人公。それは、まるで亡き妻の霊に導かれているようである。
 愛の物語というよりは、霊にとりつかれたような男のゆるやかで烈しい自壊行為に見えた。


 それは愛なのか、幻想なのか。美しいものは幻のなかにしかなく、しかし、その幻は甘美だ。そんなものがたりを、だが、手持ちカメラと切れ味ある編集でで男の揺れる感情を執拗にあぶり出すメイレレス監督による、男の心の旅路をこの映画は描く。それは一人の女性の魂に魅入られた男の、哀しい映画とも思えた。(★★★★)