虚馬ダイアリー

「窓の外」のブログ

「LIMIT OF LOVE/海猿」

toshi202006-05-13

監督:羽住英一郎


 まず言っておくと、俺、羽住英一郎の演出って嫌いじゃないのだ。本作を見るにあたっても、その信頼性が決して損なわれたとは思ってはいない。ただ、問題はこの映画の描くべき方向性が、海保隊員・千崎(伊藤英明)にとってのフェリー事故ではなく、「アタシの彼は海保のトッキュー隊員」である環奈(加藤あい)の物語にすり替わってることだ。羽住英一郎はそれに忠実だったに過ぎない、と思った。
 この映画を見ようと思って来た男の観客なんて、明らかに「海猿」+海難フェリー沈没≒「ポセイドンアドベンチャー」を見に来ているはずだが、そういうのを期待すると明らかにダメな映画。
 これって、いわゆる「女脳」の映画なのだ。



 仕事の合間を縫ってウェディングドレス見せにやってきたのに、アタシの婚約者のカレってばドレスきたアタシに冷たくってエーン。このまま東京にカエッテヤルー、と思ったら、乗ってたフェリーが事故っちゃってーあーんもー最悪ー。と思ったら、そこに海保のトッキューやってるカレとばったり再会。やーん、これって運命?「どーなるの?アタシたち」なんてシリアスに聞いちゃったりしてキャハ!しかも、「ドレスなしじゃ船おりなーい」とダダこねたアタシにもやさしくてー、「また会える?」と聞いたアタシに「当たり前だろ」だって。すてきーほれなおしちゃうー。あたしが船でカレシ待ってたらたら、船が沈み始めちゃってマジー最悪ダヨー。要救助者なんてどうでもいいから、早くかえってきてくんないかなー


 とまあ、かように「環奈ちゃん」に都合のいい話が展開するわけですね。彼女にとってはこれ以降、フェリー事故は対岸の火事で、彼女との接点は「アタシのカレがその船に乗ってる」という一点だけ。つまりこの映画、環奈ちゃんのための沈没映画なのだ。


 いや、なんでここまで言い切っちゃうかというと、この映画には千崎がこの事故を如何に乗り切るか、という物語ではなくて、「あたしのカレはトッキュー隊員だからなんとかしちゃう」というロジックで物事が進行していくことで、例えば「1分半要救助者(妊婦含む)を連れて潜水しながら移動し、無事に次のブロックまで行く」という「ミッション」を遂行する千崎を描こうとはせずに、司令室などから事態を見守る、「傍観」する側からの視点にこだわる。
 だから、千崎側のから見て無線が壊れてて、受信は出来るけど送信できない、という事態にも関わらず、司令室ではカレが死んだと認識する、というくだりでも、なんか劇場に「まーなんつーか、そう受け取るのもしょーがないよねー」的な空気が漂ったりする。んで「これ以上やったら他の隊員が死んじゃうよー、はい撤収、撤収」って引き上げちゃて、やる気のないドラマ撮影現場みたい。
 一方千崎たちは千崎たちで、全然緊迫感がないから、なんか沈没コントしてるみたいなんだよなあ。要救助者の人生も語りで済ますし、正直共感不可。しかもミッションを「無理だヨー>大ジョブでしたー>脱出できねーよー>できましたー>うわー死ぬー死んじゃう>生きてましたー」の繰り返しでクリアするのはどうなのよ。そこをどうするか、というのが肝だろがよー。過程を見せんかい過程を!佐藤隆太が当たり前のように閉じこめられるシーンなんて、悪いけど爆笑したもん。「ベタだー。」て。


 ふたつの現場が一向にコントな状況にも関わらず、環奈ちゃん視点(その他大勢視点)では盛り上がったり盛り下がったりもう大変。まだ遭難者がいることを公式発表になってないのに、マスコミに(結果的に)バラしちゃうし、しかもみんな彼女を一目置いてくれるもんでヒロインとして盛り上がりまくり。だらしない現場に「あたしのカレだから生きてるもーん!」みたいなこと言ったりして、司令室も「この女どーしてくれよう」みたいな空気になってたところで、カレから電話。司令室に手渡して


 やーんやっぱ生きてたー、ほらねほらね。うわーん、アタシすごーい。あ、やだっいまアタシ悲劇のヒロイン?このまま沈んじゃたら・・・やーん、マスコミコメントどうしようかしら、ここでプロポーズしてくれないかしら、してくれたら、もう盛り上がっちゃって泣きそうだわ、・・・え?カレがあたしに代われって?「もうすぐもどるからさ、けっこんしよう」うっそやだまじ、しんじらんなーい。えーんすごいうれしーよー(>ー<)v


 いや、まだ沈没しそうなフェリーから脱出してないし、佐藤隆太ひっかかって死にそう*1だし、妊婦とケガ人背負ってこれから20メートルのはしご上らなきゃなんないし、そんなことしてる場合じゃないんだけど、しっかりプロポーズするんだ、千崎。すごいなー。しかも、その間、司令室のみんなやこれから救助に行こうとする海保隊員たちは思わず聞き入っちゃたりして。二人のやりとりが終わってから、無理矢理仕事モードに転換して劇判で盛り上げようとする力業には爆笑しました。
 んで、そんなことしてるもんだから、船はどんどん傾いではしごにのところに水が入ってきちゃって、もう気分はリポビタンDですよ。つーかー、船傾いでるのに水が上からくるよ。ドリフ?これドリフー!?



 と相変わらず金と手間のかかったコントなんだけど、羽住英一郎はやる気がないわけではなく、それを必死に盛り上げようとするもんだから、もう何がなんだかの状況。すげえバカだ。こんな脚本で本気になれるなんて。そんなあんたが大好きだ。この映画はきらいだけどな
 加藤あいのまわりをカメラぐるんぐるんまわるしで、もう環奈視点で見てる女性にとっては最高潮なんだけど、現場の盛り上がりを期待している人間は冷め切ってるという、まさに「大火事」と「大水」の沈没船な劇場の雰囲気がたまりませんでした。
 えー、さて上の副題の正解ですが、オトコ客とオンナ客のリアクションの差、ってオチで。まーなんですか、そういう意味での沈没船気分を味わえる映画でした。つーか、まともな沈没映画を期待しちゃだめ。(★★)

*1:お気楽にプロポーズする主人公をけなげに待ってる佐藤隆太にはちょっときゅんとした。この映画で一番ギリギリで頑張ってたの彼なんじゃなかろうか。