虚馬ダイアリー

「窓の外」のブログ

「アルバート氏の人生」

toshi202013-01-31

原題:Albert Nobbs
監督:ロドリゴ・ガルシア
脚本:グレン・クローズ/ガブリエラ・プレコップ/ジョン・バンビル



「名前は?」「アルバート・ノッブス。」「本当の名前は?」「・・・アルバート。」



 19世紀アイルランドのダブリン。その街の一角に立つ伝統的なホテル。アルバートグレン・クローズ)はそこに30年以上住み込みでウェイターを勤めている。メイドは若い子もベテランもいるが、ウェイターは古参が多くアルバートはその中では若輩だ。「彼」はそんな暮らしに、大きな不満があるわけでもない。夢は独立し店を持つこと。そのために部屋の床下にこっそりと貯金だってしてきた。内気な気性で、家庭を持つ幸せなんてとうに諦めていた。ある「男」に出会うまでは。


 ホテルの女主人がある日、部屋の塗り替えをするために業者を雇った。その「男」は泊まり込みで仕事をするのだが、あいにくと客室は満杯。そこでアルバートの部屋に泊めて欲しいと、女主人は「彼」に頼み込んできた。なぜか渋るアルバート。だが、結局女主人に押し切られ、アルバートは「男」と一緒のベッドに寝ることになる。
 「男」が寝静まるのを待って部屋に入り、着替えもせずにウェイター姿のままぎこちなく「男」のそばで寝ようとする。だが、体に異変。全身がかゆい。ノミだ。あわてて服を脱ぎ出すアルバート。その音で「男」は目覚め、アルバートを見て一言。
 「あんた、女だったのか。」


 独身女性がひとりで生きていくのが難しかった時代。私生児として育ち、「ある事件」がきっかけで男性恐怖症になった女性が、一人で生きていくために選んだ道が住み込みのウェイターとして、つまり「男」と偽って働いていく道だった。人並みの幸せを捨てることによって、彼女は生きてきたし、それを受け入れてもいた。
 だが、同室した塗装業者の「男」ヒューバート(ジャネット・マクティア)も、実は「自分と同じ」で、そして「妻を持っている」ということを知った時、アルバートに、今まで考えもしなかった「可能性」が開けた。「私」でもホテルを出て、人並みの幸せをもつことが出来る。そんな「可能性」である。


 人生を取り戻すのだ。例え残り少ない余生だったとしても。そのくらい夢見てもバチは当たらないはず。
 しかし、愛することも愛されることも知らないアルバートには、その幸せを掴むまでの高いハードルがいくつもあった。彼女がひそかに想っていたのは、快活で明るく奔放なヘレン(ミア・ワシコウスカ)。アルバートはヒューバートに背中を押され、彼女をぎこちなく「デート」に誘う。
 だが、ヘレンはすでに、野心を持つ若者で新入りのボイラー係・ジョー(アーロン・ジョンソン)と恋仲になっており、ヘレンが誘われたことを知ったジョーは、ヘレンにアルバートから偽りのデートで金を搾り取るようにしむけようとする。
 はじめはアルバートの「変人」ぶりに辟易していたヘレンだったが、ジョーの「性根」を思い知り、アルバートの中にある「誠実」さに少しずつ心が揺れていく。だが、ヘレンの妊娠により、事態は思わぬ方向へ流れ、物語はひとつの哀しい顛末を迎えることになる。


 あまりにも不器用であまりにも哀しい。されど、愛おしい。そんな「アルバート氏」をグレン・クローズが演じているのだが、男装があまりにもハマリすぎていて「そりゃ長年、誰も女と気づかないよな」というリアリティーがすごい。そんなアルバート氏が、ヒューバートと一緒に「女装する」場面があるのだが、そこで劇場内からクスクス笑いが起きるという「逆転現象」が起こっていたのが面白い。


 幸せな人生を夢見た「女」の物語に、グレン・クローズは一本の芯を通している。そして「アルバート氏」の人生を応援し、見つめ続けたヒューバートを演じるジャネット・マクティアの存在感もまた忘れがたい。
 まさに、グレン・クローズが女優人生を懸けた、「愛を恋う人」の物語である。(★★★★)


ラスト・ダンスは私に(紙ジャケット仕様)

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