虚馬ダイアリー

「窓の外」のブログ

「マリーゴールド・ホテルで会いましょう」

toshi202013-02-02

原題:The Best Exotic Marigold Hotel
監督:ジョン・マッデン
原作:デボラ・モガー
脚本:オル・パーカー


 星取りから書く。★★★★★。
 えー、なんでこんな書き出しからかというとですね。久々です。


 感想が書けなくなってしまった。



 全くどう書いていいかがわからなくなってしまったのである。
 いつもは大体、映画を見終わった後、感じたことや考えたことにある程度の理屈をつけて、頭の中でぼんやりと文章のゴールと書きたいことを設定して、そこから一気に書きはじめ、書く作業自体は大体2〜3時間もあれば書き終えるのだけど、今回はそれが全く出来なくなってしまった。うーん、と考え込んだ挙げ句、なにもひねり出せないので、ちょっと間を置くことにした。
 で、しばらくとりあえず距離を置いて、この映画について冷静に考えてみて、ひとつの結論に達した。その答え。





 オレ、この映画が好きすぎる。





 以前もそういうことがあったんですよね。映画感想を書くサイトを始めた頃に、何度か「好きすぎて書けなくなる」という経験はしてるんだけど、それでもここ最近はそういうこともなく、一度「こう書こう」と決めてしまえば、後はなんとかなってきたんだけど、その「こう書こう」という筋道がまったく思いつかない。




 不思議なのは。
 別にそれほど複雑な映画ではないんですよ。シンプルっちゃシンプルなんです。それぞれの「事情」や「目的」を抱えたイギリス人の老人たち7名が、異国・インドの長期滞在型ホテルで新しい人生を過ごすためにやってくる。そこはインド人の若造(デヴ・パテル)が父親がつぶしたホテルを再利用して始めたおんぼろホテルで、そこで起こる登場人物たちのドラマを描いた物語なんだけど。



 なにが素晴らしいってね。まず非常に洗練された脚本と演出にあると思う。
 この映画ね。冒頭にある程度限定的な各人物が抱えた「情報」を観客に提示はする。だけど、そこにある「思い」とか「感情」とか、彼らがたどってきた「人生」についてはキレイに伏せられているの。
 で、彼らが空港で落ち合ってホテルにたどり着くまでの行程でインドの「異国感」と、そこから始まるであろう新たな人生の「小さな期待と大きな不安」を描出しつつ、英国で見た広告とはまるでちがう、おんぼろホテルにたどりついてからの彼らのそれぞれの「ドラマ」と、彼らがたどった「人生」を描いていく。



 その辺は冒頭でじいさんの人生を一気に描いてしまった、「カールじいさんの空飛ぶ家」と対極的なところで、僕は断然こちらの描き方を支持するわけなんだけど。
 もうひとつ。この映画の素晴らしいところは、人物造形のうまさ。
 夫の負債を清算するために家を売り払った為、新天地にやってきた就労経験もない未亡人(ジュディ・デンチ)、役所づとめを終えた退職金を娘の事業に貸して失敗してインドにやってきた夫(ビル・ナイ)と、そんな冴えない彼に不満の妻(ペネロープ・ウィルトン)、股関節手術のために渋々インドにやってきた「有色人種嫌い」の老女(マギー・スミス)、異国の地でロマンスを追い求める独り者(ロナルド・ピックアップ)、結婚と離婚を繰り返して、孫もいるのに異国で「金持ちの夫」を探しにきた女(セリア・イムリー)、そしてかつてインドに住んでいた経験があり、数十年ぶりに「ある人」に会いに来た元判事(トム・ウィルキンソン)など、個性的な面々が揃う。
 彼らは非常に有機的に行動しながら、時に協力しあったり、いがみあったり、好意を持ったり持たなかったり、ということを繰り返しながら、彼らが少しずつ変化していく姿を描いていく群像劇なんだけど。


 そのドラマの交通整理がかなりうまくて、登場人物たちがそれぞれ自分の意思で動きながら、それぞれの登場人物のドラマに「介入」させる手際があまりに自然で「作為」を感じない。すっと自然に頭にしみこむような手際である。その上で、彼らが関わりあうことで、「老人」たちが少しずつ「変わっていく」姿を、なんの違和感もなく魅せきっている。


 そしてなによりも感心するのは。この映画はわかりやすい「悪役」を作らない。それぞれがそれぞれの意思で動いた結果、さまざまな「ドラマ」の起伏が出来上がっているのだが、その心の流れが多くを説明しない中で、それでも観客に伝わるように描いてみせているのがとにかく素晴らしい。


 特に僕が好きなのが、終盤、ホテルの存続が危うくなった時に、そのホテルから離れるか離れないかの決断を迫られる局面が来て、それぞれの登場人物が自分の意思で残るか離れるかを決めていくんだけど。ホテルから離れていこうとする登場人物が二人いる。
 その登場人物ふたりのね、終盤でのやりとりで僕は泣いてしまったんだけど。そのうちの一人は途中まであきらかに「憎まれ役」ポジションの人なのね。みんなが「変わって」いったり「順応して」いったりする中で、その人だけが「変われず」にいるの。だけど、その人がね。最後に、もうひとりの「離れようとした」人物を「残る」ように「背中を押す」んですよ。
 彼女は最後の最後で「変わって」みせた。ていうか、かつて持っていた「かっこよさ」を取り戻した。


 その姿を見て、僕は「ぼろぼろっ」と涙を流してしまった。


 この映画には愛すべき登場人物たちがいる。その1人1人について書いてもいいんだけど、とりとめがなくなってしまう。僕はこの映画に出てくる登場人物たちすべてが、愛おしいのだ。感想が書けなかったのは、多分、「そんな」映画に出会ってしまって、僕自身が「戸惑ってしまった」のだと思う。それほど僕はこの映画が、大好き。なのである。(★★★★★)



藤子・F・不二雄大全集 21エモン

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