虚馬ダイアリー

「窓の外」のブログ

「空気人形」

toshi202009-10-11

監督・脚本・編集:是枝裕和
原作:業田良家
撮影:リー・ピンビン
美術:種田陽平


 ある日、気付いたらベッドの上だった。裸で寝かされている。光の差す方へ歩いていき、窓を開ける。上からぽたぽたと落ちる水滴。思わず手に触れるとキラキラと光る。「キレイ」とつぶやいた。それがワタシの「心」を持った、最初の記憶。
 ワタシの名は「めぐみ」。空気人形。男性のセイヨクショリのために生まれた。中身がからっぽの、人形。


 「安っ!」


 と映画を見ていて、思わず声に出してつぶやいてしまった。心をもってしまったヒロイン(ペ・ドゥナ)。そのお値段。


 レンタルビデオ店で知り合ったあこがれの彼(ARATA)とのデートの後、自分の誕生日(製造年月日)が知りたくて「自分」が入っていた箱を見ているうちに、彼女は自分の「お値段」に気付く。
 その額、5980円。
 「ワタシハ、セイヨクショリノ、ダイヨウヒン」というペ・ドゥナの訥々としたカタコト日本語で語られるモノローグよりも、彼女の値段がすごく鮮烈な印象として残った。
 価格というのは、それだけ厳然とした意味を持つ。世の中はお金じゃないとはいえ、彼女の全身まるごとの価値がその値段なのである。


 そんな人形がうたかたの夢のように「世界」を知覚する。人間として心を持つ。昼は「ヒト」のように動き、夜は「持ち主」の元へと帰り、彼の相手をする。彼女はこころを持っていて自由に動き回れるけれども、彼女はけっして持ち主の元を離れようとはしない。彼女が心を持ったときも、彼女が買われた理由が、彼女を縛り続ける。彼女の存在理由。それが「5980円」である。
 価格は呪いである。彼女の魂が「ペ・ドゥナ」の肢体のように美しかったとしても、人間としての価値があったとしても、彼女は5980円の呪いから逃れることはない。


 「ワタシハ、ダレノダイヨウヒンデモ、イイノ」


 彼女がうたかたの「心」を持ったのは、彼女が訪ねた工場で見た、「残骸たち」が願いをなにかの気まぐれで「何者か」が与えたギフトだったのかもしれぬ。
 彼女は自分によく似た「残骸たち」を見て、自分がなんのために生まれて、そして自分が何者かを「心」で理解した上で、愛する人の元へと向かう。「5980円」。その彼女なりの愛し方がある。それがワタシの幸せ。
 冷たいワタシのカラダが、誰かをつかの間癒し、救い、やがて心を失い「無機物」へと還る刹那見る夢は、ヒトとして祝福される夢。そんな彼女の心の道程を、ペ・ドゥナの身体を通して描こうとする。そんなファンタジーとしての物語の部分で詰め切れてない部分が散見されて、それがこの映画を傑作とは言い切れないところなのだけれど、ペ・ドゥナという女優の身体性への「愛」と「信頼」に溢れた映像が素晴らしい映画でありました。(★★★)