虚馬ダイアリー

「窓の外」のブログ

「GOEMON」

toshi202009-05-09

監督・原案:紀里谷和明
脚本:紀里谷和明、瀧田哲郎


 見た後、しばらく真剣に考えた。


 この映画、何だろう。


 ストーリーとしての眼目はどこにあるのか、というところから、ちょっと理解がしづらい。
 彼としては彼なりの娯楽映画を模索しているのだと思うし、それが、日本の娯楽の源流ともいうべき、講談・浄瑠璃・歌舞伎といった芸能の題材ともなった「石川五右衛門」や「猿飛佐助」を採ったわけであるわけだよな。そしてそこに、紀里谷和明の様式美と言える華美な装飾を施しつつ、彼なりの「桃山時代」という世界観を作り上げたわけであるし、そこは別に否定されるべき要素ではない。ない。と思う。
 『テレビゲーム的』と揶揄される映像も、アニメからの影響が少なくない演出や筋立て*1なども、けっして褒められたものではないにしろ、映画全体を否定する対象としては不十分だし、無意味にゴテゴテに装飾された世界観を悪趣味だとは思うけれども、それ自体が作家の個性であるならば、個人的にはさして気にならずに楽しめるんだけれども。。
 問題は。世界をこれほどまでに「紀里谷和明」という作家としての個性を十全に配しつつ、提示する力がありながら、主人公「石川五右衛門」を自らを投影した分身と位置づけ、自ら想像した世界でロールプレイする段になったときに、その語り手としての向き合い方が徐々に、異様なブレを引き起こしていくことだと思う。


 石川五右衛門は「自由」を欲している。そのために泥棒になった。
 で、彼はある商店から大金とともに奇妙な箱を盗み出した。それが元で、彼は図らずも時の権力者・石田三成とその片腕とも言うべき、霧隠才蔵に命を狙われることになる・・・と。そこには、豊臣秀吉のとんでもない「醜聞」のタネがあり、石田三成徳川家康は、ともにそれを手に入れようとしていた。
 石川五右衛門織田信長に拾われて、同じ境遇(?)の霧隠才蔵とともに、服部半蔵に鍛えられた忍者だったが、織田信長が亡くなったとき、服部半蔵徳川家康に、霧隠才蔵石田三成に仕えることにするのだが、五右衛門は忍者の道を捨て、「自由」を求めて生きていくことになるのだが、やがて、権力者たちの思惑に翻弄されていくことになる。


 問題はだ。五右衛門の行動原理が一貫しておらず、なおかつ登場人物たちの性格や身体能力が場面場面において極端に違うこと。
 語り手が登場人物たちの「肉体的」な能力や人格をきちんと把握していないから、「ええっ!あんな目にあったのに死んでないの?」とか、「あんなかっこよさげな演出しといて、こいつこんな間抜けなこと言うの?」とか、見ている方が混乱するいう場面が頻出する。霧隠才蔵は五右衛門を追跡するときにさんざん貧民街を破壊しておきながら、「無辜の民がうんぬん」言いながら五右衛門の無責任さを説教するし、石田三成なんて、人格破綻に近いくらいコロコロと態度が変わる。猿飛佐助も登場したときと、最後の方の性格は別人というくらい変わっているので、見ている方は無意味に対応に追われて疲れる


 それに、五右衛門は身体能力値が異様に跳ね上がるときもあれば、急にしぼむときもある。肉体が「エヴァ」みたいに「シンクロ率」で能力値や人格が豹変するようにできているのか、秀吉暗殺未遂事件や、釜ゆでから親友を救わねばならないミッションの時は貧弱だった坊やも、ラストの合戦シーンではものすごい「無双」っぷりで大暴れという変貌を遂げる。
 そもそも、一人殺せばまがりなりにも戦を止められた作戦には失敗して最悪の結果を招いてから覚醒して、同じ目的で秀吉配下の兵士をジェノサイドする主人公っていったい・・・。よくわからん。


 この映画を見終わってキリキリ氏がなにを言いたいのかぼんやりと察するに、人間は「自由」を求めるということはすなわち、「運命」から逃げることであり、「運命」から逃げないことで「肉体」とのシンクロ率が上がる、と。つまり泥棒していた時の彼は「偽り」である、ということなのか。
 「逃げちゃだめだ逃げちゃだめだ」・・・と。この、永遠の中学生め。
 妻と別れて「宇多田の旦那」というレッテル(運命)から「自由」になったところで、「宇多田の元旦那」というレッテル(運命)からは逃れられないのだ、ということですね<そうなのか?



 冗談はともかく。格差社会(豪奢な城下町と貧民街の落差)にあえぐ子供が抱える苦難や、就職(仕官)難の現実に敗れ去るものたち(霧隠才蔵など)に背を向けてニートやってるオレだって、本気出せば(運命と向き合えば)歴史を変えることが出来るんだぜ!・・・・というセカイ系な妄想にも見えたりしたのだが、そういう「幼稚な妄想」にも見える物語をパワフルに紡ぎ出す紀里谷和明という作家は、ある意味では、現在の日本において「ワン・オブ・ゼム」の存在かもしらん。
 


 と。ここまで長々と書いておいて評点は★なんですけどね。ごみんね。
 理由は、あるシーンで赤ん坊を●●のなかに放り込んで殺すシーンがあるから。はっきり言って俺の中では完全にアウト。ストーリーはどんなに「自由」でもかまわんが、そのシーンだけは五右衛門に救わせてやるべきだろが!と激怒してしまったからです。(★)

*1:あからさまに「カリオストロ」やったりとか