虚馬ダイアリー

「窓の外」のブログ

「UDON」

喰いませうどん

監督:本広克行 脚本:戸田山雅司
公式サイト:http://www.udon.vc/


「人を笑わせるなんて簡単じゃ。うまいうどんを一杯くわせりゃ、一発じゃ」


 一人の男がニューヨークにいた。その男が夢やぶれて、故郷香川に帰ってくる。個人経営の製麺所で麺を撃ち続ける父親の反対を押し切って家を出て行ったので、当然父親に冷たくあしらわれる。
 当面彼には稼ぎ口が必要だ。借金もあるし、なにより父を見返さねばならない。彼の再就職先は、友人のツテで面接を受けたタウン誌を発行してる出版社だった。お調子者の彼は、給料は歩合制という条件でうっかり飲んでしまう。だが、所詮タウン誌。売り上げ名は5000部ちょっとしかなかった・・・。こうなったらこのタウン誌の売り上げを伸ばさねばならない。
 そのしょうもない情熱が、やがて香川を揺るがすムーヴメントとなっていく・・・。そのムーヴメントのネタ。それが彼自身のルーツでもある「うどん」だった。



 むうん。まさかとは思っていたが。これ。コメディ映画じゃないな。そう気づいたのは中盤になってからだった。コメディタッチのノリではあるし、最初の方が明らかにドタバタに近い感じだったのが、映画が転がるにしたがって、コメデイ色は減ってくる。本広克行、大マジだ。
 うどん好きとしてのうどんへの愛。香川出身の人間としての故郷への愛。オタクとしてのマニアックなものを愛する心。そして何より、映画監督としての自分のたどってきた道のりの総括。それらを、自分が培ってきた人脈と演出の手練手管のすべてを用いて一本の映画につめ込んだ。はっきり言ってつめこみすぎて、映画は無意味に長大になってしまったし、強すぎる思い入れのせいで未整理な部分が多すぎる*1が、でありながらここまで愛すべき映画にしてしまえる個性は、本広克行の長所だと思う。
 この映画のリアリティを本広監督は、二人の男に託した。一人はユースケ・サンタマリア。もう一人は主人公の父を演じる木場勝巳である。


 この映画の話は、実際香川であった話だという。ひとつのタウン誌のコラムから始まった地方都市限定のうどんブームはやがて全国へ飛び火していく。その過程をこの映画は巧みに描いていく。おいしい製麺所を探す楽しさ。そこで食べるうどんのおいしさ。それを伝えようとする情熱が、読者の心をとらえやがて、一大ブームを生み出していく。
 そのブームの源流が、ちっさい男のしょうもない意地と根性であるというおかしみ。その「愛すべきちっさい男」を本広監督はユースケを依り代に愛すべきリアリティを持って描いていく*2。そのリアリティーにこだわったのは当然だ。ユースケ演じるコースケが「うどんブーム」体験することは、そのものずばり、本広監督が「踊る大捜査線」で実際通過した体験だからだ。
 これは彼のルーツ香川と、彼自身の作り手としての体験についての個人映画なのである。


 息子が起こしている「うどん」ブームを描く一方で、浮かれる世間を後目に黙々と打ち続ける父親の姿をきちんと追っていく。これが後の展開にきちんと活きてくる。


 祭りはいつか終わる。ブームの光と影。マスコミが一地方都市のブームに乗っかり始め*3、加熱する一方のブームは馬鹿馬鹿しさを増し、本来の目的を見失っていく。回転率を上げるため質を落としたり、交通問題で店を畳む製麺所も出始めるなどの弊害が現れはじめ、やがてブームはあっというまに下火になっていく。そのブームの裏側のリアリティは、通過した者にしか描き得ないものであろう。きちんと一地方都市からの視点でそれを描ききった点も素晴らしい。
 そして、祭りが終わったとき、ちっさい男は、小さな製麺所で黙々と麺を打ち続けた父の死をきっかけにして、自らの本来のルーツに立ち返るのである。踊らせる歓びではなく、一杯喰わせる歓びに。


 「テレビ局主導のムーブメント」が終わりを迎えたとき、本広監督は映画監督として「本物」かどうかが問われ始めたのだろう。彼はその祭りの空虚さを本気で描きながら、本来描きたかったものへと回帰することを問われ始めた自分をも描き始める。「踊らせる」のではなく、きちんと一本の映画を見せていく「監督」としての自分を。


 この映画にはひとりの男の人生がある。それは本広克行その人の人生である。


 自分のこだわりをつめこんだドラマがヒットして、空虚にふくらんだブームと、その後に残ったむなしさ。その時に彼自身が香川に戻って「サマータイムマシン・ブルース」を撮り上げたことが、自らのルーツを見返していくきっかけになったのだろう。そこにコースケを重ねていく。
 コースケは頑固一徹にうどんを撃ち続けた父の道程を、一心に追い始める。彼なりのやりかたで。彼なりの味を求めて。本広監督は、コースケの親父に、作り手としての理想を投影していたのだ。


 テレビ局主導のブームなんかくそくらえ。黙々と一徹に一杯喰わせて、人を笑顔にさせる麺を作り続ける。本広監督の悲壮な決意をも見た気がするのである。それをテレビ局出資で作ってしまうしたたかさも含めて、おれは感動した。本広克行の超個人映画にして集大成。そして新たなる一歩となる作品。大好き。(★★★★)

*1:この人は昔から取捨選択が下手すぎる

*2:本広監督はユースケに、リアリティのあるアドリブを言わせようと何度もテイクを重ねたという。

*3:「とくダネ」の小倉智昭をあそこまで皮肉なネタに使っちゃうとは恐れ入った。あのシーンに俺は本広監督の気骨を見た。