虚馬ダイアリー

「窓の外」のブログ

「イノセント・ボイス/12歳の戦場」

toshi202006-02-10

原題:Voces inocentes
監督・共同脚本:ルイス・マンドーキ 脚本:オスカー・トレス
公式サイト:http://www.innocent-voice.com/


 生まれた町が、ある日戦場になった。


 1980年の中南米エルサルバドル世界恐慌の余波を食らって職を失った農民を中心に結成されたFMLNと政府軍の内戦が勃発する。それから12年間戦火は続くこととなる。
 小さな町・クスカタンシンゴ。この物語の主人公・チャバはそこで育った。父がアメリカへ去って以来、チャバは家族を支えている。苦しい生活のなかでも母と2人の姉弟と共になんとか暮らしていたが、内戦が起こって以来、町の状況が一変する。夜中に住宅のすぐ近くで戦闘が頻発し、彼らのトタンの家は銃弾を軽く貫通するため家の中にまで流れ弾が飛んでくる。銃撃の音を夜のベッドの下で聞きながら、彼らは恐怖に身をすくませていた。なぜ、そんなことになったのか。
 彼らの村が、政府軍と反政府軍の境界線上にあったからである。その内戦に米軍が荷担したことで双方抜き差しならぬ状況となり、ますます戦況は悪化していった。増える犠牲者。減る兵士。政府軍は12歳以上の子供を徴兵し、米軍兵士に教育させることで、戦力を増強しようとしていた。

 このとき、チャバは11歳。12歳に手が届こうとしていた。





 ・・・まいった。涙が止まらない。見た後も腹にズーンと重いものが残った。
 この映画が描くのは、戦場と化した町で生きる1人の少年が見た、過酷な真実である。言おう。


 必見。この映画を見ずに死ぬな。


 この映画はエルサルバドル出身の俳優・オスカー・トレスが、14歳で亡命するまでのエルサルバドルでの体験をもとに描き出した物語である。ゆえに戦場と化した町に生を受けてしまった少年少女たちの、死と殺しの隙間にある日常を懸命に生きる姿がリアルに、そして明るく描かれている。兵士は横暴の限りを尽くし、心ある大人は迫害を受け、殺されていく。そんな地獄と背中合わせの町にも一日一日があり、生活があり、喜怒哀楽がある。力強い生をスクリーンに映し続ける彼らにもやがて、過酷な運命が待っている。
 この映画がさらに驚異なのは、そんなシナリオでありながら、映画としても物語としてもすこぶる練られたものであるということ。チャバから過酷な世界を見せながらも、この映画はぎりぎりのところで「フィクション」なのである。
 冒頭シーン。チャバとその仲間たちが兵士たちに連行されていくシーンから「物語」は始まる。この映画は、なぜそんなことになったのかを、チャバが回想していく、という構成で描いている。終盤、彼らはある行動を決断し、それが彼らをさらなる悲劇へと向かわせるのだが、そこへと至る感情と心の移ろいをこの映画は、見事に描ききってみせる。
 だからこそ、この映画はこころにひびく。これはノンフィクションでは踏み込めない、フィクションの力なのである。自らの体験を元に描くと、なかなか構成に凝る余裕はないものだ。これはおそらく、共同脚本も担当したマンドーキ監督の手腕が、この映画が持つ物語性に多分に影響しているだろう。


 チャバはヒーローではない。ヒーローになりたいと思ったわけでもない。ただ、生きようとしただけである。彼は臆病で、そして無力だ。しかし、だからこそこの映画は胸を打つ。理不尽を絵に描いたような町に生きる彼らも、我々とおなじこの世界にいた。
 チャバのような境遇の子供は、分かっているだけで約30万人いるという。その真実の一端がこの映画に凝縮されている。魂の傑作。(★★★★★)