「007/スペクター」
原題:Spectre
監督 サム・メンデス
脚本 ジョン・ローガン
「みんな言ってるわ。メキシコの件であなたは終わりって。」「君はどう思う。」「これが始まりなんでしょ?」
ダニエル・クレイグのジェームズ・ボンド第4作。
ボクが「007」に初めて興味を持ったのは、このダニエル・クレイグのシリーズが始まってからである。もちろんそれ以前のシリーズ自体はいくつか見たことはある。個人的に007として長く印象にあるのはピアーズ・ブロスナンの世代なのだけれど、彼のシリーズは言ってみれば「ルーティーンで作り続けられてるボンド映画」という印象で、まったく惹かれた事がなく、興味を抱く要素がなかった。
ブロスナンからダニエル・クレイグへとボンド役が引き継がれる時に「え?ダニエル・クレイグ?」と眉をひそめたクチで、「だってあの人、チンピライメージが強すぎるじゃん?」というものであった。ところが、「カジノ・ロワヤル」を見て私は衝撃を受けた。
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だって今回のジェームス・ボンド・・・こいつ基本ヤクザですよ!チンピラチンピラ!紳士服着たチンピラですよ。相手が弱者じゃなくて犯罪者ってだけで。殺しの番号を手に入れるための最初の殺しが、トイレでボコボコにした末に、水を溜めた洗面槽に顔突っ込ませて溺死させる、という、超泥臭い殺し方するし、基本的にイキがってるチンピラですよ。Mの家を探り当てて、「俺ってどうよ」と力を見せびらかすガキっぷりも披露して、Mをあきれさせる、というくらいの男ですよ。
とにかく、「うわ、本当にチンピラじゃん!」がダニエル・ボンドに対する第一印象であり、だからこそ、その「ボンドがスーツの下に隠し持っている野性」がむき出しになった姿に対して、「うわーこれは愛せるわ」と思ったのでした。ダニエル・クレイグが体現するジェームズ・ボンドはアイコンとしてのそれではなく、それ以前の「人間」だった時代のボンドなのである。それ以降、「慰めの報酬」を含めきっちり劇場で追いかけてる。そして。「スカイフォール」でのクライマックスの舞台は「ボンドの生家」にまでたどり着く。人間としての始まりの地で、母なるMを喪い、彼は新生されたMI-6で生きることになる。
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やがて彼の元に、シリーズ必須の「要素」が集う。
「終わらせなければ始まらない」007。人間・ダニエル・クレイグを依り代に、「古典」は鮮やかに「現代のアイコン」として復活を遂げるのである。
新たなM、若きQと秘書のマネーペニーが揃い、ダニエル・クレイグは、ピアーズ・ブロスナンまで守り通してきたボンド像を、21世紀仕様の新たなる「アイコン」としてリライトしてみせたのである。この流れは「スパイ大作戦」シリーズが、トム・クルーズ主演第1作でトム・クルーズのシリーズとして新生されたのと同じ流れと見るべきであろう。
てなわけで、主演第4作にして21世紀仕様に新生した007始動の記念すべき第1作である。
しかし、この映画でも「人間・ボンド」は生き続けている。「人間としてのボンド」の過去が、新たなる敵へとつながっていく物語として機能する。
今回は新生ボンドとして生きながら、いきなりそのアイコンが「時代に沿うものであるか。」と言うことを問われる。前作でMI-6本部が爆破され、やり手だった前職のMが亡くなったことで、イギリス保安局の「C」ことマックス・デンビーが00部門の廃止と保安局への統合、さらには世界の情報網を統合する事が東京の世界会議にかけられ、当初反対していた南アフリカもテロによって賛成に転じ、00は不必要であるという流れが生まれ、新参のMは事態の収拾に追われる。
そんな中、ボンドは、今は亡きMの遺言で動いていたメキシコで手に入れた蛸の紋章の指輪を手がかりに、ナゾの組織を追いかけていた。その組織には彼の過去を知る一人の男が関わっていたのである。
人間・ボンドが007として生きてきた長き年月、愛したものは皆死に、常に孤独の中にいる。「カジノ・ロワイヤル」で惚れた女のために辞表を書いてバックレたころの彼はいない。その愛する者は死んだから。しかし、そのすべての事象に関わっている者がいた。それは、両親を喪って以降のボンドの人生に深く関わった人物である。そしてその男は、死んだはずであった。だが、組織を追ううちに、ボンドは「その男」と「再会」することになる。
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こうしてボンドは、医師であるMr.ホワイトの娘マドレーヌ・スワンと出会う。
「カジノロワイヤル」以降のダニエルボンドの道程が彼の行く先々で出会う流れは、まるでボンドが過去の「亡霊」に絡みつかれているようでもある。そしてボンドは北アフリカの砂漠に立てられた謎の建物で待っていたのは、養父の息子、フランツ・オーベルハウザーであった。彼はすべての「SPecial Executive for Counter-intelligence, Terrorism, Revenge and Extortion(「対敵情報、テロ、復讐、強要のための特別機関」)」の頭文字を取って「SPECTRE」と名乗る組織の首領に収まっていたのである。
00システムは時代遅れなのではないか、と問われる時代の狭間で、ジェームズ・ボンドは007になる道を選び、そして迷いながらもひたすらに進んできた。愛した者は死んでいき、自分はもはやこの道しか選べないかと思っていた。そんな彼に本作のボンドガール、マドレーヌ・スワンは言う。「道は選べるのよ。」と。
そしてマドレーヌ・スワンの父、Mr.ホワイトはジェームズ・ボンドをこう評する。「君は嵐の中の凧と同じだ。」と。
どんなに進んでも過去は追いかけてくる。その過去に囚われて、時に人は前に進めなくなる。嵐の中でさえ自由にならず、ただ翻弄されるだけ。007シリーズ通じての黒幕的存在であった「スペクター」が本作でついに復活し、ダニエル・クレイグの「過去の亡霊(スペクター)」として目の前に立ちふさがる。
007として生きていても彼は「人間」である。過去もあれば人生もある。彼はずっと「人生は選び取れない」と考えるようになっていた。007は一生007なのか。彼は「ジェームズ・ボンド」という個人としては生きられないのか。
ダニエル・クレイグがこのシリーズにおいて体現してきた「人間・ボンド」の部分が、新たに始まったシリーズに置いてさらに深い絡まりを見せる。その上で、ダニエル・ボンドが最後にする選択は、まさに彼らしい決断である。過去という糸にしばられてきたボンドが、その糸を軽やかに解き放たれるまでを描いているという意味で、まさに「終わりでない始まり」にふさわしい作品になったのではないかと思うのである。伝統と革新を体現するダニエル・クレイグ演じるジェームズ・ボンドは、「時代のアイコン」でありながら、まさに今を生きる「人間」でもあるのだ。大好き。(★★★★)