虚馬ダイアリー

「窓の外」のブログ

灰になるまで。

toshi202005-06-02



 「ボクシングとは相手の尊厳をまるごと刈り取るスポーツだ。」


 「ミリオンダラー・ベイビー」を見た。凄い。圧倒的。1回見ただけなのに、3度泣いた。


 アカデミー賞で、「アビエイター」が敵わないはずである。「ミスティック・リバー」の次がこれかよ!?と、底知れぬ人間洞察の深さに陶然と打たれる。題材としては、特に目新しいものではない。だがイーストウッドの演出にかかると、ずしりずしりと、重いボディーブローのように「心」に効いてくる。人間の哀しさ、美しさ、醜さ、くだらなさ。それらすべてを描き出しながらも、イーストウッドは目を逸らさずに受け止め、優しく映すだけである。皆、誰もが罪人であり、だからと言って、すべからく悪人ではない。
 かつて、容赦なく悪を葬り去ってきたダーティ・ハリーは老境に至り、かつての己の咎も他人の罪も、すべてを引き受け、それを思いながら哀しそうに微笑んでいる。苦悩し、罪の赦しを乞う主人公も、ヒロインも、その家族も、物語の転調を生むきっかけとなる相手ボクサーにすら、監督は決して非難の眼を向けはしない。監督・イーストウッドは俯瞰するかのように、見つめ続ける。決して手を伸ばそうとはしない。だが、目を逸らしもしない。


 物語はけっして美しくはない。だが、これが運命だったという諦観ではなく、彼らが必死に選択してきた故の結果なのだと、観客に納得させる力を持つに至る。その眼差しの確かさによって、映画はどんなSFXすらも再現不可能な真の気高さをまとっている。それは、主人公やヒロインの人生の葛藤を見つ続ける、監督の眼差し故なのではなかろうか。


 最高傑作。それ以外の言葉がいるか?(★★★★★)