虚馬ダイアリー

「窓の外」のブログ

「WOOD JOB!(ウッジョブ) 神去なあなあ日常」

toshi202014-05-11

監督・脚本:矢口史靖
原作:三浦しをん
撮影:芦澤明子



「お山。私のお山。こんなに美しいものやったんやな。」(「大誘拐 RAINBOW KIDS」より)


大誘拐 RAINBOW KIDS [DVD]

大誘拐 RAINBOW KIDS [DVD]


 身代金5000万円のために大富豪のおばあちゃんをさらったはずが、いつの間にやらマスコミ騒然、身代金100億円の大事件に発展する!岡本喜八監督の大傑作「大誘拐」がボクは大好きなんだけど、「大誘拐」の「ヒロイン」柳川とし子刀自は、持山が大阪がぽっこり入るほどの和歌山県を誇る山林王である。山林王のおばあちゃん、柳川とし子は、ある日突然、持ち山を巡ることを思い立ち、その途上で戸波健次率いる3人組に誘拐されることとなる。
 ボクはなんとはなしに山林というものを、ただ持っていればいいだけのもんかと思っていたのだが、考えてみれば山林なんてものは、ただ木を生やしておけばいいものではないわけで、きちんとお金に換えなければあかんのである。
 とすれば、当然林業が、その主要産業ということになる。


 「林業」。うーん。「林業」。どういうことをするんだろう。


 ぼんやりとしたイメージしかなかった。なんとなく木を切って売る、というだけの仕事のようにも思え、そのざっくりとしたイメージしかなかったわけである。


 で、本作である。一貫してコメディを撮り続けてきた、今や日本でも希有な存在、矢口史靖監督の新作は、林業を生業で生きる人々を巡るコメディである。


 主人公は都会育ちの軽薄な高校生である。大学受験に失敗、それがきっかけで彼女には振られ、彼女がいないんじゃ、浪人生活もかったりい。じゃあ、なんかこう、勉強以外で周囲の人間を見返したい。そう思った主人公・平野勇気(染谷将太)は、林業研修生募集パンフレットに写った、長澤まさみによく似た笑顔の美人に導かれるように、ふらふらと林業の世界に迷い込むこととなった。
 その他の業界の例に及ばず、林業の世界も人手不足が甚だしいのはどの世界も同じ。外から人を入れなければ立ちゆかない。初心者のための研修を2週間行った後、約1年間の見習い期間を「通い」ではなく「住み込み」で行うことこになる。


 勇気は、ケータイの電波も通じない場所での研修で怖いパイセンににらまれ、すでに怖じ気づいていた。しまったな。来るんじゃなかった。向いてない。そう思って断って帰ろうとした矢先、その「パンフレット」の美人と再会、じゃないや初めて出会うこととなる。彼女はその勇気のへなちょこぶりと研修に来た目的を一発で見抜き、「あんたみたいなんが来るのは迷惑なんじゃ!」と一喝すると去って行った。その悔しさから、勇気はとぼとぼと研修を続けるために宿舎のベッドに舞い戻る。
 こうして、勇気は2週間の研修を終え、いよいよ見習い期間が始まる。見習い先は神去(かむさり)村という、研修先よりさらに田舎である。そして、彼が住み込む家は、研修での【怖いパイセン】飯田ヨキ(伊藤英明)と妻・みき(優香)の家であった。


 舞台は和歌山県のとなりの三重県の田舎町。町まで車飛ばして2時間。電車やバスは通じてないという、未成年で免許もない勇気にとって、まさに容易には逃げられない陸の孤島である。
それでも来て早々股や尻をヒルに噛まれる洗礼を受けた勇気は、村から逃げようとするのだが、彼にはそこで働く目的みたいなものが出来た。それは「パンフレットの美女」がその村に住んでいたからである。彼女の名前は石井直紀(長澤まさみ)という。ここに来た時は彼氏と一緒にやってきたらしいけど、やがて彼氏の方が林業に見切りをつけて、村を出て行ってしまったのだという。今は村で先生をしている。

 
 勇気は結局半ば軟禁されるような形で流されるように林業の世界へと足を踏み入れた。だが、勇気は七転八倒しながらも、村の空気にも馴染み、次第に仕事をおぼえるにつれ、その世界の奥深さに気づいていく。


 無論、コメディを一貫して撮り続けてきた矢口監督は笑いを忘れない。キャストたちはまるで昔から神去村に住んでいたかのように、村の風景に溶け込み、集められた子役達のその絶妙な可愛くなさから放たれる「小汚いクソガキたち」感も笑っちゃうほど見事。そこにへらへら、なよなよしてドジで間抜けで役立たずな主人公が我々都会人代表として迷い込んでいる。
 そんな勇気の人間としての成長、奥まった村でのカルチャーギャップ、勇気と直紀のラブコメなどの中に、本物の林業と「人」が作り上げた木々の美しさをきっちりとカメラに納めることで、この映画は、矢口監督のフィルモグラフィーの中でも最も味わい深い映画となった。
 勇気や彼の元カノの連れなどが神去村で言い放つ、「便利じゃなければ住まなければいいじゃない」という都会人である我々を含めた「傲慢」を映し出す毒のあるシーンも入れつつ、神隠し事件、村の一大イベントである「なぞの奇祭」などを通して、勇気は村人たちに「山の男」として受け入れられていく。


 林業の行程自体は、木を切り出し、出荷し、売る。その流れは至極シンプルだ。しかし、その「木」は一体「いつ」から生えてきたものなのか。その答えは、勇気が務める中村林業の社長・中村清一の家にあった。彼の家にあった一枚の写真。それは明治時代の先祖の写真。その時代に植えられたものを、彼らは「切って」「売って」いたのである。
 気の遠くなるような時間をかけて、「植え」「育て」、「切らせていただく」。そしてまた「植え」「育てる」。それを100年サイクルで行うのである。林業はこうして回ってる。
 そんな「木」を切る姿を矢口監督は実際に演者を通して撮ることで、そこに圧倒的な説得力を持たせている。「100年」。時にはそれ以上の「年月」を切る、林業の世界。そのなんとも壮大な世界を実際の映像をみることによって、勇気は、いやさ観客は打ち震える。


 コメディとしての完成度もさることながら、この映画をより「本物」にしているのは、林業に携わる人々への圧倒的な敬意がスクリーンからみなぎっていることである。


 前述の「大誘拐」のラストで柳川とし子刀自は言う。


「今日もお山がきれいや。」


 この台詞の本当の意味での感慨を、ボクはこの映画を通して知った気がする。遠く先祖から受け継いだ「山」とはなんなのか。その一端が、へなちょこ青年・平野勇気の冒険を通して、ようやく深く理解出来た気がするのである。「大誘拐」も本作も、必見の傑作である。大好き。(★★★★★)

木を植えた男/フレデリック・バック作品集 [DVD]

木を植えた男/フレデリック・バック作品集 [DVD]

【関連】
「大誘拐」感想-虚馬ダイアリー
「ロボジー」感想。偽ロボ語-ニセロボガタリ- - 虚馬ダイアリー