虚馬ダイアリー

「窓の外」のブログ

「ハッピーフライト」

toshi202008-11-15

監督・脚本:矢口史靖


 搭乗、離陸 飛行、そして着陸へ。航空機がお客様を安全にお運びする。その「当たり前」は如何に獲得されているか。
 航空機と空港を舞台に、コメディ描写も織り交ぜて矢口史靖監督が送る新作は、航空機に関わる人々を描いたお仕事群像エンターテイメント。


 元来、矢口監督の「虚構性」と「リアル」の兼ね合いは、実は結構ちぐはぐな印象があった。


 「ウォーターボーイズ」にしても「スウィング・ガールズ」にしても、徹底取材に裏打ちされたクライマックスの説得力は折り紙付きなのに、あの突拍子もなく現れる戯画的なギャグやはたきこみのよう脚本の強引な展開など、矢口作品特有の粗さが魅力でもあり欠点でもあったわけだが、今回、グランドホテル形式の群像劇にしたことで、逆に矢口流の飛び道具がセーブされ、かなり地に足付けた作劇を獲得している。
 結果として、お仕事映画としては、かなり高いレベルに達していると思った。


 物語としては飛行機にお客様やスタッフが乗り込み、離陸させ、数時間ののちに着陸に至るまでを描いている、だけ、とも言える。


 しかし。だからこそ、戯画性を適切に抑えながらも、ぎちぎちなリアルに押さえ込むことなく、なおかつ様々な職業への敬意と愛情を忘れない目線を獲得している。実際の航空機を借り切ってのロケーションの中で離陸し、やがて、紆余曲折を経て着陸するまでの時間を、きちんと「お仕事ドラマ」として機能させることが出来ている。
 あの、不安と興奮が入り交じった、離陸の瞬間の「あの感じ」が映画館で味わえることが、この映画の質を証明している。


 いくつかの感想を見ていて、綾瀬はるかがやりすぎ、との声も聞くが、いままでの矢口作品の登場人物に比べたら相当まともだと思うので、個人的に見ている間は特に問題を感じなかったし、いちいち可愛いので不問<えー。
 管制室のハイテク化についていけない、窓際寸前のオペレーション・ディレクターを演じる岸部一徳や、仕事の曲がり角に突入して転職を考える空港スタッフを演じる田畑智子に用意された、ささやかな見せ場やドラマもいいし、整備班の青年(森岡龍)の、「あれ?おれ、やっちまった?やっちまってないよな。どうかやっちまってませんよーに!!」という焦燥も思わず共感。


 通過点としての空港、航空機。そしてそれに携わる人々。
 すれちがい、時にまじわらない中で、それでも「お客様の安全」を願う、決して完璧ではないプロフェッショナルたちの気持ちがひとつになる瞬間を、この映画は丁寧に描き出し、「通過点」としての役割を終えるまでを、描ききっている。この一点だけでも、この映画は非常に優れたエンターテイメントだと思うのである。


 もっと人間ドラマとして広げたくなるところをあえて抑えて、1時間45分以内に押さえ込んだ上映時間も小気味よい、空の旅。矢口監督が開いた新境地、まずは重畳、と思う。(★★★★)