「のぼうの城」

監督：犬童一心、樋口真嗣
原作・脚本：和田竜

　2011年９月末に公開予定だった大作。「水攻めのシーンが東日本大震災を想起させる」という理由での公開延期によってアスミック・エースエンターテイメントは、15億円にのぼる制作費を回収する術を失い、決算で大赤字を出したというからお気の毒であり、興業ランキング１位獲得、まずはめでたい。無事制作費回収できるよう、みなさま劇場に足を運ばれたし。

　さて。実際にあった話、ということで。
　時は天正18年（西暦1590年）。

「百二十万石がなんだー！十九万石が戦さしてはいかんのかー！」

「このドカイショなしめが−！」

(C)みなもと太郎

　という夫婦漫才でおなじみ（？）、石田三成（上地雄輔）＆大谷吉継（山田孝之）がまだ若かりし頃、豊臣秀吉（市村正親）の小田原征伐の際の、北条家の支城・忍（おし）城攻めをした時の逸話をもとにしている。忍城は埼玉県行田市にあったというから北条家の本城・小田原からはやや遠い。
　石田三成ちゃんは秀吉の子飼いの出世頭で、武功を一向に立てられないでいて、歴戦の織田家からの旧臣からうとまれていた。だもんで、秀吉はなんとか三成に武功を立てさせて、彼に家中での発言権を強めたいと考えていた。そこで、秀吉は北条家の支城の中で、豊臣方に内通して「即開城」の密約を取り付けている成田氏親の有する忍城を三成に２万の兵を与えて総大将として攻めさせることで、武功を労なく立てさせようと画策する。
　ところが三成ちゃんは三成ちゃんで自分に軍略があると見せつけたい思いがある。かつて高松城の水攻めを見てそのスケールの大きさに魅せられていた三成は、「ボクもいつかああいう戦をしたいナア」などと思っていたのだ。そこで三成はあえて「下の者には強く、上の者には弱い」という長束正家を使者に出し、相手の出方を見ることに。

　一方、忍城は城主の成田氏親は北条家本城に出向いており、城の守りは城代家老・成田泰季が守っていたが、泰季は病に倒れ、城下でも「でくのぼう」と評判の泰季の嫡男・成田長親（野村萬斎）が城代家老として、使者を迎えることになる。城主の相手方との密約はすでに家臣一同の知るところであり、豊臣勢２万に対して、成田家の手勢は3000人。誰もが「開城」するものと思っていた。
　ところが、使者のありようを見ていた長親は、ふいに思い立ったかのように「戦う」ことを宣言。戦をするために挑発した三成の思惑に長親が乗った形で、忍城攻城戦は開始された。

　忍城は水田と湖が、城への道を狭めているという天然の要害で豊臣方は苦戦を強いられる。各武将がそれぞれの持ち場で各個撃破、初戦は豊臣方が敗走する形で幕を閉じる。そこで、三成は高松城攻めの再現を、忍城攻めで行うことを決断する。水攻めである。
　水攻めは百姓たちの水田を押し流し、忍城の士気は激減する。そんなとき、豊臣方に下っていった百姓たちの死体が流れ着いたことで、長親は憤慨。胸に秘めた作戦を決行に移すのだった。

　長親は農村に降りていっては百姓たちの祭りを見るのが好きな、飄々とした男で、親からも「うつけ」と呼ばれる男だが、不思議と人を引きつける人物として描かれているのであるが、野村萬斎の演技はやや大仰ではありながらも、狂言師という強靱なバックボーンを通じて演技に芯が通っているため嫌みにならず、なにより他のキャストに比べても圧倒的に面白い。
　長親は、基本武芸には秀でているわけでもない。軍略で功を上げたこともない。ただ、田楽踊りや小唄に長けた「芸事好き」なのだが、城主の娘である甲斐姫には惚れられているし、百姓からも人気がある。

　しかし、彼の目にふいに「光」が宿る瞬間がある。それはややもすると狂気にも似ている。

　この映画のクライマックス。それはまさに炸裂する。それは文字通り捨て身の、そして「でくのぼう」と呼ばれた男にしか考えられぬ奇策である。人を御し、人を垂らす。人を引きつけ、人を取り込む。狂気の沙汰で人を操る。それがこの長田長親の「いくさ」である。
　彼はこの作戦の前に「わしは悪人になる」と叫んでいる。
　「人たらし」にほの宿った狂気ほど恐ろしいものはない。彼がドーランのように白粉を塗るその瞬間の笑顔はまさに、「ダークナイト」のジョーカーにも似た『なにか』を宿す。

　「なにがそんなに『おかしい』？」それほどの笑顔でその「作戦」を行う、その「天才的な人たらし」の、その奇策こそが圧倒的な「水攻め」を破る。その顛末は是非劇場にてご確認頂きたい。飄々としていた男の、その笑顔の中に宿した、『なにか』をも見て頂きたいと思う。石田三成はその『なにか』に触れたがゆえに、十九万石の分際で百二十万石相手の関ヶ原の戦いへと向かったかもしれぬのである。（★★★★）

風雲児たち (1) (SPコミックス)

【初回生産限定スペシャル・パッケージ】ダークナイト(2枚組) [Blu-ray]