虚馬ダイアリー

「窓の外」のブログ

3月4月の感想書き損ねた映画たち

「お嬢さん」(パク・チャヌク

 世にも美しく歪な変態ミステリー映画。純粋を装う生まれ育った朝鮮が嫌い元泥棒の侍女。日本語にうんざりな日本の貴族お嬢様。伯爵を装う詐欺師に、日本人になりたい朝鮮人の富豪。4人が邂逅する事で始まる物語は誰も見たことの無い世界へと誘う。パク・チャヌク恐るべし。
 日本に併合されてた頃の朝鮮と言う設定で日本語台詞がやたらと飛び交うのも面白いんだけど、それがこの映画の舞台となる富豪の家が和洋組み合わさった歪な館で、それと相まって現実世界から隔絶された世界観へと繋がっている。だから最初違和感あるんだけど終盤は全く気にならなくなる。
 コンゲームの要素もあるんだけど、そこには性愛なしでは成立し得ない展開が多いのも面白い。男が望む女性への願望と、女性が望むものにはズレがあるんだけど、それを知り尽くしながらどこまで利用できるかが勝利の鍵となる。誰が勝つのかは相手を知り利用できた者。まさに頭脳戦である。
 朝鮮を舞台にしていながらそこから隔絶された無国籍感溢れる館を舞台とする事で、小道具の使い方も粋だ。きちんと種を見せながら展開を読ませない伏線回収も見事で、「あ、ここでコレが!」と思わされる展開も多い。ラストの展開も非常に納得度高い。

(★★★★)

「アシュラ」(キム・ソンス)

 アイゴーアイゴー。傑作。最高。
 主人公の悪徳刑事は冒頭10分で人生が詰みになるので、後は人生投了する以外にないんだけど、病身の妻を抱えているので金が要る。だから人生下りずにひたすら悪人だらけのワンダーランドを彷徨うおとぎ話。自分たちの悪事でがんじがらめでどこにもいけない男たちの哀歌でもある。

 基本的にチョン・ウソン演じる刑事は冒頭ですでにこんな感じなのであとはもう堕ちるだけという絶望感満載で始まるので、あんまりかわいそうではない。可哀想なのはこの地獄に巻き込まれた弟分のほう。

 ファン・ジョンミン演じる市長は基本的に人間のクズみたいな人なんだけど、人物像にブレがないのと欲望に基本的に真っ直ぐなので見てて一番気持ちがいい。なんか人を籠絡しようとする時、藤田和日郎先生が描く悪役みたいな笑顔になるのが最高に気持ち悪い(褒め言葉)。
 ちなみにこの映画で俺が一番イケメンだと思ったのは刑事の弟分のチュ・ジフン

 ・・・ではなくクァク・ドウォン演じる検事の部下を演じるチョン・マンシク!映画ではコワモテで荒事をこなし、ならず者相手に一歩も引かない武闘派。でも笑うとチョー可愛い!
 「アシュラ」のチョン・マンシクさんのベストショットはここ!クソカッコいい!ここで、俺の中で渡辺謙を越えたね!世界に羽ばたけチョン・.マンシク兄貴!

(★★★★★)

「少女は悪魔を待ちわびて」(モ・ホンジン)

少女は悪魔を待ちわびて [DVD]

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 「サニー」「怪しい彼女」のシム・ウンギョン主演の復讐サスペンス。例えるなら能年玲奈ちゃんが外ではホワホワした空気を振りまきながら、裏では父親を殺した殺人鬼への復讐を計画する修羅と化している、みたいな話。可愛い顔してアグレッシブな復讐するヒロイン。
 さすが韓国の復讐モノは恨みの熱量が深い。ヒロインが本当に刺し違える覚悟で復讐を練っているので、最初ヒロインが殺人鬼側を押しまくる。そして、殺人鬼側が彼女の存在に気付き逆襲へと至るのが終盤なのだが、その殺人鬼相手に指すヒロインの一手がこの映画のミソ。
 この映画の特異点はヒロインが復讐を練っているなんて普段はおくびにも出さないところ。ゆるふわ愛されキャラで元刑事の娘って事で警察にもきっちり信頼を獲得してる辺り抜け目がない。この辺は「少女」という「武器」の使いどころ。そしてそれは復讐計画に連なっていく。
 ただ、警察が凄まじく無能なのが残念かなあ。殺人鬼がモーテルから逃げる段で、被害者の部屋に死体を発見することなく鑑識が撤収しちゃってるのはギャグだと思った。

(★★★)

「哭声 コクソン」(ナ・ホンジン)

 ネタバレ。ワンちゃんかわいそう。


一言で言えば「訳がわからない。」。でも怖い。恐ろしい。面白い。ところどころに聖書ネタをぶち込んでくるのはナ・ホンジンが熱心なキリスト教信者らしいけど今までの作品でそれ感じたことねえー(笑)。誰が善で誰が悪か、宙ぶらりんになったまま放り出される感覚はすごい。
 結局誰が悪かったんだ!と言う方向性でこの映画を見ると、思考が迷走する映画と思う。実際俺、未だに混乱してる←お前かーい。信じられる人間が誰もいない不安。悪が誰かかも特定し得ない混乱。しかし迫り来る恐怖は厳然としてある。例えるなら足場のないジェットコースターね。
 おそらく一応物事の因果がストンと腑に落ちる答えがあるんだろうけど、観客にそれを噛み砕いて教える気が監督にないね。だからもうみている間「なんなの!」「なんなの?」「・・・なんなの・・・」と色んな「なんなの」が頭の中に浮かんでは消える。不安が最後まで消えない。
 上映時間長すぎて忘れてたけど、序盤は結構愉快なへっぽこ警官と出来た娘の日常を点描していて、それが後半に効いてくる作劇というのは、なかなか堂に入ってたなあーと。ナ・ホンジンってこういう作劇出来るんだ!って感じはあったかな。娘さん役の子が新人女優賞取ったのわかる。

(★★★☆)

「ラビング 愛という名前のふたり」(ジェフ・ニコルズ

ラビング 愛という名前のふたり [DVD]

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 しみじみといい映画すぎてもうね。なんかこう。つええ。この夫妻つええ。
 パンフでルース・ネッガが「夫妻は怒りという感情にしがみつかなかった」という洞察が深い。白人の夫と黒人の妻というカップルが結婚し子を持ち、当たり前に暮らす事を禁じられ、紆余曲折を経て裁判という茨の道に至る。そんな彼らに怒りを表す余裕はないという。
 この映画のクライマックス、ある種扇情的な展開をこの映画は意図的に避けて裁判の間も淡々と生活をするラビング一家の日常を点描する。この裁判はアメリカ社会において画期的な裁判となるが、勝とうが負けようがふたりはこの生活を続けるだろうと思わせる力強さ。
 ふたりにはもちろん様々な感情のうねりが身のうちにあるだろう。裁判によって嫌がらせを受け、黒人の友人の対応も変わる。しかしその上でそれを押し殺しながら、「愛」のために裁判を続ける事で「意思」を示す。身のうちの「怒り」すらも「愛」への推進力にする。
 だからこの映画は「英雄の話」という感じがまるでない。伝記映画感すらない。「とある夫妻の意思が必然の結果を呼び込む」物語に見える。それがたまたま「アメリカ社会を変えただけ」という。多分結果が伴わなくともふたりの愛は揺るがない。そう思わせる映画だ。

(★★★★)

「SING/シング」(ガース・ジェニングス)

 良かった。こう言うシンプルな直球ど真ん中の「歌が人生を肯定する」のど自慢映画。王道な物語をてらいもなくやり切ったのが気持ちがいい。善も悪すらも包み込むところもいい。歌い出せば恐れは消えていく。ちょっと人生に疲れたおっさんにもこういう映画は効く。
 しかし「マイウェイ」って本当にいい唄だよねえ。

(★★★☆)

わたしは、ダニエル・ブレイク」(ケン・ローチ

ケン・ローチ監督の静かなる怒りに満ちた傑作。政治はだれを生かし、だれを殺すのか。心臓を悪くして働けなくなった、頑固で跳ねっ返りの老大工の視点を通して描く。あなたはだれだ。

 この爺さんは英雄でもなければ悪人でもない。口うるさくて頑固でデジタル音痴だが、長年仕事をしながら妻の介護を続け、我慢強く曲がった事はきらいで困った隣人には迷わず手を貸す人情にあふれた大工だった。しかし心臓のせいで職をなくした事で福祉の世話になる。
 医師から働く事を止められ、しかし福祉からは就労可能と言われ給付金を打ち切られる。働きたいけど働けない、でもって福祉は彼を突き放す。同じように福祉から見放されたシングルマザーのケイティを救うのは政府ではなく、同じ境遇のダニエルと言う皮肉。
 福祉を民営化に移した事で福祉からあぶれたイギリスの社会的弱者の現実を否応なく描いているが、それでも楽しく見られるのはダニエル爺さんのキャラクターに負うところが大きい。ぼやきながらも諦めずに食らいつき、困難な状況にあってもケイティに手を貸す情の深さ。
 この映画は「情けは人のためならず」な人情の大切さを描いているが、その限界を描いてもいる。彼らの困難や貧困はほんのボタンのかけ違いから起こった事で、彼らを救うのは構造的な社会問題を解決するしかないのである。この映画は政治が救えるものを描いてもいる。

(★★★★☆)

「ムーンライト」(バリー・ジェンキンス

ムーンライト スタンダード・エディション [Blu-ray]

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 個人的にはすごく真っ当にフツーにいい映画。人生の師匠的なオトナの男がヤクの売人、優しかった母はその男が売るクスリで壊れていき、たったひとりの心許せる親友はある事件ですれ違ってから疎遠になる。大人の裏を知り、母の愛を疑い、友とのすれ違いに後悔する。ある人生の点描。
 我々の中にもある風景。大人に裏切られた気持ち、母の愛を失う怖さ、友との気まずい別れ。それでも人生は続く。我々にも代替可能な人生の話。でもそれこそがこの映画が黒人映画の成熟を示すもの。被差別の話ではなく、人種性別生志向関係なく共感可能な人生を黒人主人公で描く事。
 黒人映画は過去の歴史を振り返り、被差別者として、社会的弱者として、人生を落伍したら這い上がれずひたすら殺し合いの地獄を見るとかそういう映画ばかりだった。だが、「ムーンライト」はその連鎖から黒人を引き上げた。シャロンは黒人だが、私たちなのだ。
 黒人社会のリアリズムを失う事なく、現実からは目を背けず、黒人以外の人種だにも広く深く物語を共有させる高みにまで近づけたからこそ、この映画は非常にエポックであり、評価されてるのだと思う。びっくりするほど普通の人生賛歌。だからこそこの映画はスペシャルなんだと思う。

(★★★)

夜は短し歩けよ乙女」(湯浅政明

 あえてアニメ映画としての気負いを排してテレビアニメ版「四畳半神話大系」を雛形として正統進化しつつ、映画的快楽をも持ち合わせるに至った快作。四畳半ファンは納得の仕上がり。
 星野源の先輩はどうなるかと思ってたけど、クライマックスの進撃してくる乙女に対して、朦朧とした頭で脳内会議を始める場面で本領を発揮。頼りなさげな声の洪水が否応なくリアル。神谷浩史だと声が力強すぎるもんなー。この辺は逃げ恥を想起させるところでもある。
 見ていて思っていたけど、見た目が可憐で声が花澤香菜でも、酒豪で武道をたしなみ基本男に興味がない「黒髪の乙女」は中身が慈愛に満ちたおっさんみたいなので、普通に好感持ってしまった。割と言い寄ってきた男は「お友達パンチ」と言う名の鉄拳制裁をするの面白い。

(★★★★)

PとJK」(廣木隆一

PとJK [Blu-ray]

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 少女漫画的シチュエーションラブコメと演出、キャスティングが噛み合ってないのが面白い。「警官と女子高生の結婚」と言うファンタジーめいた設定と、当て馬的不良キャラの函館の街の底を漂う生活のリアリズムの配分の高低差がすごい。函館の上流と下流の落差たるや生きる世界が違う感。
 ふわっふわな警官と女子高生の結婚というシチュをリアルに落とし込めるかが眼目だったとは思うんだけど、ヒーローが警官として向かい合うもののリアリズムを描けば描くほどシチュが浮く。それを繋ぎとめてたのは土屋太鳳の圧倒的色気のなさだったのは皮肉。つか太鳳ちゃんつよそう。
 正直、土屋太鳳ちゃんを普通の女子高生として見るのが難しい。走るにしても自転車乗るにしてもいちいち動きがキレキレで、ヒーローに守られるキャラと言うより守る側でしょ。こんな肉体派な普通の女子はいない!亀梨くんは怖そうだけど実は繊細なキャラに合ってただけにバランスがもう。

(★★★)

「ゴースト・イン・ザ・シェル」(ルパート・サンダース

 これは賛否あろうが、面白く見た。士郎正宗先生の原作の映画化ではなく、押井攻殻を翻案した作品として見るのが正しい。チョイチョイ押井ファンがニヤリとするようなワードとが散りばめられてて、作り手の押井愛が炸裂してる感も好印象。リスペクトは深い。
 話としては電脳化技術はそこそこ進んでいるが、義体技術はまだ黎明期という設定。スカヨハ義体の少佐が本当の自分を探す話。話としてはやや古臭くなった感はあるけど、ネットが発達した今となっては少佐がスカヨハ義体を手放す理由もないのでこの終わり方を支持する。
 やっぱりスカヨハの「身体」ならぬ「義体」自体が魅力的で、彼女のアクションで駆動する映画になってるのは、押井攻殻よりも評価できる点。彼女の身体で義体の身体性に説得力を持たせてるのはアニメで出来なかった事で、身体を離れず自分を獲得する物語に回帰してる。
 もちろん押井攻殻を超えたという気は無いが、実写化企画としては成功の部類に入るんではないか。ふんだんに予算を使って、スカヨハを主演に出来たのはとにかく大きい。たけし演じる荒巻が終始日本語なのも電脳化社会の解釈としては面白い。
 俺が本作を否定できないのは、それをする事でスカヨハの魅力そのものを否定するような気がするからだ。スカヨハの義体を作ったジュリエット・ビノシュ演じるオウレイ博士にノーベル賞をあげたい。

(★★★☆)

「人生タクシー」(ジャファル・パナヒ)

人生タクシー [DVD]

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 日本より一歩も二歩も先行く人権無視のディストピア、イランより届いた、映画製作を止められたイラン人映画監督によるイランで上映できないイラン映画。タクシーから世界を撮る。政治的に反骨な映画でありながら娯楽的、記録映画のような虚構でもある。パナヒ監督は俺のヒーローだ。
 一言で言うと「笑ってはいけない」シリーズのバス移動パートのタクシー版とも言える。監督自身が運転手を務め、車載カメラやスマホ、デジカメで撮影。きっちり仕込みを入れ、客に「今の客、役者でしょ?」なんてメタ発言も入れつつ、虚実入り混じるパナヒ監督のタクシー行脚。
 元々娯楽的な「オフサイド・ガールズ」みたいな意欲的な作品を撮ってきたパナヒ監督が政治的に政権と対立して映画製作を禁止され、ゲリラ的に映画を作らざるを得ず、そのアイデアの中で生まれたのが傑作「これは映画ではない」であり本作である。この反骨、この逞しさ。素晴らしい。

(★★★★)

「PK」(ラージクマール・ヒラーニ)

PK ピーケイ [Blu-ray]

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 早稲田松竹にて。噂にたがわぬ大傑作だった。笑って泣けて広くて深い。まったく見事なエンターテイメントでありながら、底に流れる問いは下手なアート映画よりも深い哲学がにじみ出る。凄まじかった。観てよかった。ありがとうインド。ありがとうPK。

(★★★★★)

「イップ・マン/継承」(ウィルソン・イップ)

イップ・マン 継承 [Blu-ray]

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 「求めた強さの先にあるのは愛であるべき」という気恥ずかしいほどにまっすぐな映画だった。名を成し戦う時も最少限度の動きと力で敵を沈黙させるイップ師匠と、天才だけど不遇で野心的、どんな相手も全力で叩き潰す同じ拳の使い手チョン・ティンチとの対比も面白い。
 面白かったのはまっすぐで清く正しく技も心も誰よりも強いイップ師父が、周りの面倒に首を突っ込みほったらかされる妻や、運に恵まれず正しくない方法で日銭を稼ぎながら名を成そうとする者からどう見えるか、と言うのを忌憚なく描いているところ。正しさは時に毒にもなる。
 我々凡人は常に正しくはいられない。弱い。師父はまっすぐに道を極めるために妻を置いてけぼりにしてきた悔いを持ち、道を捨ててでも妻に尽くそうとする。そしてその愛を返すように奥さんは師父を道へと戻す。愛を得た拳は、1人の不遇な青年を救済する。この流れが美しい。

(★★★★)

「ライオン 25年目のただいま」(ガース・デイビス

 あかん。これあかんやつやで。兄・グドゥと別れて幼サルーが壮絶なる迷子生活を始める序盤でほぼ壊滅的に涙腺が崩壊してる。一言で言えば「はじめてのおつかい」壮絶迷子編ですよ。こんなの泣くわ。しかも大人でも一人旅が怖いインドやで。ハードモードすぎる。
 綱渡りに次ぐ綱渡りで生き抜く序盤の迷子編だけでも俺の涙腺軽く決壊してるけど、そこに四半世紀の時の流れというドラマ。何不自由なく生きることがこれほどまでに辛いというサルーの引き裂かれるアイデンティティ。そして探り当てる故郷への道。そこで待つ真実!
 実話ならではの容赦なさと残酷さ。それでも、それでもサルーの心はかつてない平穏を取り戻す。そりゃそうだよな。彼はずっと旅を続けていたんだ。どこへ行っても彼は旅の途中だったんだ。誰も彼の「ホーム」にはなり得なかった。ホームになり得たのは「兄」だけ。

(★★★★)

1月2月の感想書き損ねた映画たち

 Twitterに書いた感想を交えながら、感想を書き損ねた映画たちを振り返っていきます。

「ホワイト・バレット」三人行(ジョニー・トー

 ジョニー・トーの新作「ホワイト・バレット」見たけど、「変かっこいい」と言うジャンルの極致のような映画だった。あとやっぱりパンフレットはなかった。パンフ作る余力すらないと言うのは哀しい。面白い映画だけど、クライマックスの銃撃シーンの歌の謎さだけは首をひねりつつ、かっこよさに痺れる。つーか、何この歌。

 ・・・と思って、銃撃戦でも流れる主題歌について検索してたら、あれ、香港の懐メロカバーなのね。わかるかー!

 わかりやすく言うと、テレビアニメ「輪るピングドラム」の「生存戦略」の場面でARBのカバーが流れる感じに近い演出なのね。本作の銃撃シーンはジョニー・トー監督の「変」な感性が爆発したシーンだと思います。(★★★★)

輪るピングドラム キャラクターソングアルバム

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「ドラゴン×マッハ!」殺破狼2(ソイ・チェン)

 「SPL/狼よ静かに死ね」のシリーズ続編であり、タイのアクションスター・トニー・ジャーと、実力派・ウー・ジンのW主演で映画化した香港映画。

 楽しかった。3人のマスターの肉体の躍動を堪能。パッケージングが香港製なのでタイアクション映画の「イカレてる!」感はないんだけど、明らかに目の前で起こってるトンデモナイアクションを過不足なく見せ切る編集が見事で、常人にもきちんと何が起こってるか目で追える。
 獄長(マックス・チャン)がトニー・ジャーを軽くあしらうところは、ドラマとは全く違う感動がある。あそこ、変な声出た。香港アクションの層の厚さ、底力を見た思い。


 その後本作の「絶叫上映」と言うものに初めて参加して、その魅力にも開眼するきっかけになりました。大好き。(★★★★)

「疾風スプリンター」破風(ダンテ・ラム

疾風スプリンター [DVD]

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 ダンテ・ラム監督による、恋と友情と野望を描く自転車レース活劇映画。

 見てすぐに分かった。本来これ、フィクションで扱う題材じゃねーよ。自転車ロードレースの生感が凄すぎる。並の監督なら絶対手を出さない。そのくらいレースシーンの出来栄えがハンパない。本気すぎる。ダンテ・ラム監督怖い。そして、ベタベタなドラマとの落差がエライことに。
 エンディングにメイキングダイジェストが出るんだけど、それ見てるだけでもどんだけ過酷な現場だったか、想像するだけでちびる。怪我人続出だし、可愛いヒロインも思いっきりしごかれてるし、主演クラスも生傷絶えない。よく死人が出なかったもんだと心の底から思う。
 それでいて主人公とヒロインのベタベタ過ぎて「少女漫画かよ!」的な恋愛模様とか、レースシーンが過酷な撮影すぎてスタッフが逃げ場が欲しかったとしか思えないギャップスゴイ。当て馬役のフラレ方も少女漫画の王道だし!振られたシーンで笑いそうになったの初めでだ。

 香港映画のパワフルさの一端がこの映画にあると思います。大好き。(★★★★)

ザ・コンサルタント」The Accountant(ギャビン・オコナー)

 この映画、間違いない。緻密に積み上げられた設定で、一人の「正義の執行者」が誕生するまでを解き明かす作劇は、見事すぎて感嘆のため息が出る。この地に足ついたリアリティー、主人公は障害者で、異質なるものを排斥しようとする社会の病巣も絡める視点は素晴らしい。
 とても愉快な映画なんだけど、予告編だと全然そう見えないのがかわいそうな映画。みんな見てね!秘密基地とか大好きな心が小学生な人や、相手の目を見て話せない人とか、特定の話題でしか盛り上がれないオタクは必見ダヨ!

 本作はいい意味で最初の印象を裏切られた映画で、ベン・アフレックが手にした新たなるアクション・ヒーローシリーズになって欲しい作品でした。社会的弱者と言われる障害者たちが、隠されたスペシャルな才能を獲得していく物語としても面白い。超・大好き。(★★★★☆)
 

ルパン三世/カリオストロの城」MX4D版(宮崎駿

 言わずと知れた宮崎駿の代表作の一つが、MX4D版でリバイバル上映。

 とりあえず大スクリーンで見られる貴重な機会と言うことで、普通に見ててもエグいくらい楽しいんだけど、カーチェイスからアクションから漫画映画的小ネタギャグかまで、MX4Dの物理演出が入るのも楽しい。塔の屋根からのずり落ちから次元のプロレス技まで反応。
 久々に大スクリーンで見て、「ああ、やっぱり映画館で見なきゃいけない映画だ。」と思いましたですよ。地下水道に落とされて発見する日本人の遺体の上に書かれた文字ってビデオだと潰れてなんのこっちゃだけど、大スクリーンだとくっきりはっきり。時計台で潰れる伯爵も見えるよ!
 クラリス姫抱きしめない例のやーつ、あれ中年になってからの方がより味わい深いな!もういじり倒された古典なのに、大スクリーンで見続けてあのクライマックス。「愛しいからこそ抱きしめない、抱きしめてはいけない、」っておっさんになってからの方が響くんだ!

「牝猫たち」(白石和彌

牝猫たち [Blu-ray]

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 日活ロマンポルノが平成に復活したシリーズの1作にして「凶悪」「日本で一番悪い奴ら」の白石和彌監督の新作。

 池袋をうろつく学生時代を過ごしたあたくしにドンピシャな白石和彌監督のロマンポルノリブート作。シリアスと笑い、優しさとバイオレンス、性と死を縦横無尽に横断する白石節。なんで音尾琢磨さんがキャスティングされてんのかと思ったらオチが。攫うなあ音尾さん。場内大爆笑。さすが。
 引きこもりやホームレスデリヘル嬢、シングルマザーに虐待される子供、妻に先立たれた老人、人妻嬢の孤独を掘り下げるなど、社会派な匂いを漂わせつつ、最後に「なーんちゃってーー!」ってひっくり返すちゃぶ台が音尾さんなのね。これに関しては「見事」と言うほか無いわ。あれは笑う。
 人間群像劇としても大変優秀で、その点、「エロシーンが入る以外何やってもいい」と言うロマンポルノの王道的な作品なのかも。ただ、白石監督はかっちりとした娯楽映画にしてるけど、大きくははみ出さない生真面目さも感じる。あと音尾さんはかつての竹中直人枠を狙える位置に来たなあ。

 このロマンポルノシリーズは、まだまだ続けて欲しいですね。(★★★★)

「沈黙 サイレンス」Silence(マーティン・スコセッシ

 なんちゅー精神的SM映画。舞台が無知な日本人が拷問を用いて棄教を強いるなんて時代からちょっと経た長崎で、S側のイッセー尾形演じる奉行と浅野忠信演じる通詞も、M側アンドリュー・ガーフィールド演じる神父が長崎に来たことにうんざりしているのが面白い。
 奉行や通詞は一度棄教させた経験があって、どうすれば神父が棄教するか、その心理手に取るように把握している。だからSMの力の強弱の加減まで完成されていて、アンドリュー・ガーフィールドごとき若い神父をどのように落とせるか、段取りまで完璧という恐ろしさ。勝てない。
 弱さや業の肯定という意味では落語に近く、窪塚洋介演じるチキン系信者キチジローの存在が布石となって効いてくる。意識高い系神父は最初キチジローを愛せない。だが、自らの無力、神の沈黙を通して彼の中に「神の声」を知り、キチジローに対して愛を持てるようになっていく。
 表向き信仰を捨てたとして、それが果たして信仰を捨てたことになるのか。神父としての栄光を捨てることでアンドリュー・ガーフィールドはよりキリスト教の主の「真理」へと近づいていく、と言う皮肉な展開は、なるほどキリスト教圏で物議を醸すはずだわ。深すぎる問いだ。
 見て思ってたのは、世界のありようの発見ではなく、再確認だった。なので見てる時は「ひゃー!」とか「うわー!」とか声に出してたんだけど、割と見終わった後は淡々とした感じで劇場を出てきた。この感じが不思議だった。そこがこの映画の奇妙さであると感じる。

 (★★★★)

LUPIN THE IIIRD 血煙の石川五ェ門」(小池健

 テレビシリーズ『LUPIN the Third -峰不二子という女-』、2014年の映画『LUPIN THE IIIRD 次元大介の墓標』の流れをくむスピンオフシリーズ「Lupin the Thirdシリーズ」の第3弾。

 五ェ門が元軍人の男に完膚なきまでの敗北を喫し、そこから再び立ち上がり更なる強さの境地へと至る事でリベンジを果たす復活劇。五ェ門という最強の男を挫く敵役・ホークのターミネーターもかくやの最強ぶりの描写が見事。暴力描写も容赦ない。
 小池ルパンの前作「次元大介の墓標」から地続きとなる話のようだけど、そっちを見てなくてもあまり問題ない。ルパン一味も銭形も登場するけど、五ェ門とホークのレベルがハイレベルすぎて傍観者にならざるを得ないのだが、その立ち回り方が五ェ門の琴線に触れるってのは面白い。

 (★★★★)

「未来を花束にして」Suffragette(サラ・ガヴロン)

未来を花束にして [DVD]

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 女性参政権を巡る女性たちの闘いを描いた映画。いやー「花束を」なんて邦題ついてるけど、そんなヤワなもんじゃねーな。本当に捨て身。思った以上に活動が過激なんだけど、そうならざるを得ないほど出てくる男たちがクソで、差別社会の地獄を生きるヒロインのサバイバルなのだ。
 ヒロインのモードの夫にしても敵対する警部にしても当時としては善良なる「普通」の男たちだ。彼らは差別者ではない。だが次第に参政権運動に関わるようになるヒロインを恐れ、または無法を行う女のように扱う。今の当たり前を求める事が昔はそうではなかった。ツライ話だ。
 虐げられた人々が声を上げると社会は驚くほど冷淡になる。それは今の社会もまさにそう。「普通」の人々が彼女たちの敵に回る。当たり前を求める果てなき闘争。その末に未来は、世界は少しずつ変わっていく。そこに人間の希望がある。その事を描いた映画である。それ大事。
 なんか女性映画として売られてるけど、男が見て損はない映画だ。強く生きる闘う女性を見るの大好きな人は見るといいと思う。お勉強だけでは理解できない「差別社会」の砂の味を体感できるし、政治運動の大事さを実感できる。つか「この世界の片隅に」だってこんな世界なんだぜ?
 本作を見てるとこういう歴史を経て我々の「権利」は勝ち取られてきたと言う事がわかるし、社会的強者と言うのは、油断すると弱者から尊厳から何から取れるものはすべて剥ぎ取っていく事を知る事が出来る。映画に教えられる事は本当に多いぜ。

 (★★★★)

「サバイバル・ファミリー」(矢口史靖

 いやー素晴らしい。電気が全て消えた世界という設定を徹底的にシミュレートしつつ、一家族が生き残りを賭けて日本を迷走する中で、家族の絆と生きる力を獲得し始めるまでを丁寧に描いてる。ワンアイデアもここまで突き詰めるとゾンビものより怖いホラーにも喜劇にもなる。
 電気のない世界に放り出された世界では人間は時にゾンビより怖いけれど、だからこそ生まれる感情の爆発や肉体の躍動、人間の本来あるべき情が溢れ出る。それを丁寧に段階を追ってきちんと描くことで、限りなく説得力を持たせる矢口史靖監督の手腕、ここに極まる。見事。
 しかも今回は非常に普遍的な物語なので、うまくすれば韓国や中国などのアジア諸国はおろか、欧米でもでリメイクが可能。昨今の日本映画らしからぬ、ドメスティックに陥らない映画力溢れる作品なので、本当に素晴らしい。これは矢口監督、やったな。大ホームランだと思う。
 とりあえず3.11後の映画としては決定版と言えるかもしれない。未曾有の状況で人間の力が呼びさまれると言うのは、阪本順治監督の大傑作「顔」に近い。と言っても、小日向さんは普通のサラリーマンでいきなり器用になるわけもなく、劇的に変わるのはむしろ子供達の方。

 リアルにシミュレートしつつ娯楽映画の強靭さを失わない、矢口史靖監督の映画力は韓国映画にだって負けはしないと思う。傑作。大好き。(★★★★★)

「破門 ふたりのヤクビョーガミ」(小林聖太郎

破門 ふたりのヤクビョーガミ [DVD]

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 黒川博行氏の「疫病神」シリーズの第5作「破門」の映画化。

 面白かった。この映画、全然話題になっとらんけど何でや。キャストも適切だし演出もいい。主演の佐々木蔵之介横山裕に華がないくらいで映画は面白かった。こういうちゃんとした日本映画に客入らないのおかしい。だから日本映画は斜陽になる。橋爪功まだまだ巧い。
 横山裕に華がないと書いたけどけなしてるんじゃない。この映画に関してはそこがいい。この華のなさが異様にリアル。佐々木蔵之介と比べても月とスッポンのスッポンの方に見えるが、だからこそクライマックスにすごく共感できる。その意味でもこの映画侮れない。
 この映画、脇も異様に豪華で國村隼キムラ緑子北川景子、木下ほうかに宇崎竜童と錚々たる面々が脇を固めてタイプキャストな演技を披露してる。ポイントポイント抑えた配役で安心して話が追える。正直「ナイスガイズ!」と比べても遜色ないと思うんだけどなあ。
 加えて橋爪功だよ。出資金を集めて高飛びした食えねえ映画プロデュサー役なんだけどやっぱり巧い。ヤクザを向こうに回して殴られるわ箸刺されるわす巻にされるわ結構ひどい目に遭うんだけど、それでもめげない諦めない、そして憎めない。それを飄々とこなす。流石。

(★★★★)

ラ・ラ・ランド」La La Land(デミアン・チャゼル)

 くっそ!くっそ!クライマックスで大いに泣いてしまった。あかんわあんなん。思い出しても泣く。ダメダメ、こんなの。泣くに決まってんだから。ツボに完全にハマってしまった。
 正直言うと序盤はそこまで乗れてなかったんですよね。オープニングなんかは演出がテクニカルすぎて若干引きながら見てた。でも、あの夕焼けのダンス辺りから次第に引き込まれて、ふたりの恋と夢の道程を見つめつつあのクライマックス。もうね。ダメな。あーもう。してやられた。

 毀誉褒貶いろいろ言われる映画ですけど、僕は肯定派ですね。あのクライマックスは、なぜこの映画が「ミュージカル」だったのかを明確に示していて、とにかく心を撃ち抜かれてしまった。大好き。なのです。(★★★★)

ニュートン・ナイト 自由の旗をかかげた男」Free State of Jones(ゲイリー・ロス

ニュートン・ナイト/自由の旗をかかげた男 [DVD]

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 南北戦争時代、アメリカに奴隷解放宣言よりも早く、白人と黒人が平等に暮らせる「ジョーンズ自由州」を築いた男・ニュートン・ナイトの、黒人差別との果てなき戦いを描いた歴史大作。

 この非寛容が進む時代にあって、黒人奴隷と脱走兵を率い、アメリカの自由と平等を信じて果てなき戦いを続けた反骨の白人男性・ニュートン・ナイトの生涯を描いたこの映画は、まさしく今見られるべき映画だろう。このマコノヒーに痺れないならその人の魂は死んでる。
 ゲイリー・ロスは85年後、ニュートン・ナイトの孫である男性が直面した、ある裁判を物語に絡ませる。そして、その裁判は、ニュートン・ナイトの戦いは終わっていない事を浮かび上がらせる。その作劇は、今、アメリカで起こっていることと奇しくもつながっていく。凄い。


 この映画は非常に素晴らしい傑作だと思っていますし、いま、アメリカで進行している事態に通じる映画であると感じています。そんな私が、2回目を見に来た時に製作者の方のティーチインにたまたま遭遇したのでした。

 2回目。プロデューサーのブルース・ナックバーさんのティーチインあり。やっぱり傑作。構想から完成まで11年。最初はゲイリー・ロス監督と別に企画を進めていたけど、監督から合同でやろうと持ちかけられてこの映画に繋がったとの事。ちなみにナックバーさん、日本在住。
 ニュートン・ナイトはアメリカでも存在はあまり知られておらず、マシュー・マコノヒーも関わるようになるまで知らなかったそう。マコノヘは演技に集中するタイプでなかなか役が抜けない。周りの役者と無駄話もせず、監督と演技を詰める話ばかりしていたとの事。


 実際の写真とマコノヘ比較。目力の強さが激似。

 ニュートン・ナイトになりきったマシュー・マコノヒーの演技も大変素晴らしく、差別の根深さと世代を超えた戦いを描いていく構成が見事な傑作と思います。大好き。(★★★★★)

男の魂に火をつけろ!のオールタイム映画ベストテンに参加します。


2017-10-31

ワッシュさんの「オールタイム映画ベスト10」に参加します。




オールタイムベスト10

1位:「ショーシャンクの空に」(1994年 フランク・ダラボン監督)
2位:「ボーン・スプレマシー」(2004年 ポール・グリーングラス監督)
3位:「大誘拐 RAINBOW KIDS」(1991年 岡本喜八監督)
4位:「12人の優しい日本人」(1991年 中原俊監督)
5位:「鴛鴦歌合戦」(1939年 マキノ正博監督)
6位:「千年女優」(2001年 今敏監督)
7位:「ウォレスとグルミット ペンギンに気をつけろ!」(1992年 ニック・パーク監督)
8位:「ムトゥ 踊るマハラジャ」(1995年 K.S. ラヴィクマール監督)
9位:「魔女の宅急便」(1989年 宮崎駿監督)
10位:「ピカドン」(1978年 木下蓮三/木下小夜子)




1位:「ショーシャンクの空に

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3位:「大誘拐 RAINBOW KIDS」

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4位:「12人の優しい日本人

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5位:「鴛鴦歌合戦」

7位:「ウォレスとグルミット ペンギンに気をつけろ!」


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8位:「ムトゥ 踊るマハラジャ

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9位:「魔女の宅急便」(1989年 宮崎駿監督)

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10位:「ピカドン」(1978年 木下蓮三/木下小夜子)

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「新感染/ファイナル・エクスプレス」「ソウル・ステーション/パンデミック」「我は神なり」

toshi202017-10-27




監督:ヨン・サンホ

 「固い信念なんてものは、かえって信用がおけんね。だいたい戦争なんてものは固い信念を持ったもの同士が起こすんだからね」
 田中芳樹銀河英雄伝説」より


 韓国のアニメーション監督、ヨン・サンホ監督の作品が、実写とアニメーション合わせてここ2ヶ月で3本公開されて、それを見た。
 「新感染 ファイナル・エクスプレス」「ソウルステーション/パンデミック」「我は神なり」の3本である。

 一言で言って、全て面白い。でも面白さの質、というか、描こうとしているもの、楽しませようとしているものが違う。作品ごとに、描こうとしているものが違うし、それぞれにきちんと独自の突出した個性があるのが、何と言っても驚異的なのである。


 その中でも、映画ファンの圧倒的熱狂をさらったのが今年9月に公開された「新感染/ファイナル・エクスプレス」である。

「新感染/ファイナル・エクスプレス」の圧倒的娯楽性に隠された人間描写の確かさ


 「新感染」はジャンルとしてはゾンビ映画に属する。

 舞台は韓国随一の高速鉄道KTXである。ソウル発の高速鉄道に乗り込んだ、ファンドマネージャーである父親とその娘が、釜山に向かう列車内で、人々がゾンビになっていく感染する災禍に遭遇し、非常に限られた列車内でのサバイバルを余儀なくされる物語である。
 

 何と言っても「新感染」に関しては、私が今年一番涙を絞らされた作品という事もあるんだが、自分がなぜこんなにも翻弄されたかと言えば、一言で言って出てくる登場人物に対する、なんとも言えず「ドライ」な人間観に尽きるのである。


 普通「泣かせ」というと、人はつい「ウェット」に描かないと見ている人間は泣かない、と思いがちだけど、実はそうじゃないんだ、とこの映画は教えてくれる。人というものは追い詰められると「身勝手」で「非情」で「どうしようもない生き物」であるか、という哀しい「事実」をきちんと描けるかではないか、と思うのである。
 追い詰められると人は「自分だけが生き残りたい」と願う。他人を蹴落としてでも自分だけは助かりたい。目の前に広がるどうしようもなく広がる地獄がいきなり訪れたら、実は誰しもがそう考えてしまう。それはどうしよもない「生存本能」ではないかと思うのだ。その本能と情の間で、たやすく人は「本能」を選んでしまう。
 この映画はそんな人間の醜さを余すところなく描き出している。


 そもそも、である。コン・ユ演じる主人公の父親・ソグにしたってが、決して心優しい父親からは程遠く、妻との別居を娘と向き合わざるを得ず、しかし彼女に対してどう接していいかわからない、なんともダメな父親で、自分が彼女に以前何を誕生日プレゼントしたかも忘れて同じものをあげちゃうくらい、ダメなのである。

 そんな父親が釜山行きの列車内で災禍に出会ったときどうしたか、と言えば、やっぱり他の人間と変わることはなく、彼はとりあえず、自分だけが助かる方法だけを考える。自分さえ助かれば周りの人間はどうでもよく、彼はファンドマネージャーとしてのコネをフル活用して、てめえだけが生き残る術を探す。
 その姿を娘はつぶさに見ているのである。



 しかし、彼はあることをきっかけにして娘や他人の為に生き残ろうと決意するのであるが、それは娘からの泣きながらの叱咤を聞いた時からである。自分ひとりでは自分の姿はわからない。ましてや自分を「まとも」で「普通」で「善良」と信じて疑わない人ほど、そんな自分の醜さを認めることは出来ないものなのである。彼が自分の「醜さ」と真摯に対峙したときに初めて、彼は「まとも」な主人公として映画の中で動き始めるのである。彼はこの絶望的状況で出会った数少ない乗客、ワーキング・クラスのサンファ(マ・ドンソク)、彼の妊娠中の妻・ソンギョン(チョン・ユミ)ら数人とともに、娘を救うために闘い始める。

 だからこそ、我々観客はこの父親に心から共感し、「生きて欲しい」と願い、彼の闘いの果てのある決断に、涙が止まらなくなるのである。

「ソウル・ステーション/パンデミック」でより深まる、哀しい人間と非情な社会への眼差し


 さて。その前日譚となる映画がヨン・サンホ監督の3作目の長編アニメーション作品「ソウル・ステーション/パンデミック」である。


 この映画の特徴的な点は、人がゾンビ化する災禍に出会った登場人物たちが「新感染」よりも社会的に下層の人たちばかりであるという点である。「新感染」は高速鉄道という割とお高めな移動手段を使える人々であるが、「ソウル・ステーション」に出てくる人々は、そんな移動手段を簡単には使えない、くらいの人たちが多い。そもそも最初の犠牲者はホームレスなのである。
 この映画のヒロインだって、10代で家出した元・風俗嬢で、借金を背負わされて逃げ出し、行き場をなくして彼氏の部屋に厄介になってはいるが、彼氏はネットで彼女に売春させようと持ちかけてくる甲斐性なしで、経済的に部屋代も滞納し続けている状態で大変困窮している。

 相も変わらず彼女に体を売らせようとする彼氏に愛想つかしたヒロインが部屋を飛び出して、街をさまよっていたところ、彼女はゾンビ禍に遭遇する訳であるが。その頃、ネットで売春を呼びかける写真を見た彼女の父親が彼女を探しにやってくる。
 ゾンビに追われ続けながら、彼女が思うこと。それは「家に帰りたい」と思うことだった。彼女は父親と再会し、「家」へとたどり着けるのか。

 この映画に関して言えば娯楽要素よりも、一度落ちたらなかなか這い上がれない、人間社会の格差。その分厚くて非情な壁を、下層に「落ちてしまった人々」の目線で描き出しており、ゾンビ事件も登場人物たちにとって十分脅威なのだが、それ以上に下層の人々を切り捨てる「人間社会」の怖さの方がより空恐ろしく、なんとも腹にズンと重くのしかかる。
 格差社会というものがどういうものか、それをゾンビ禍の中で逃げ惑うヒロインを通して浮き彫りにしていくという離れ業をやっており、娯楽性の高い「新感染」に比べると、作家性がより色濃い作品になっている。


「我は神なり」が描き出す、「神なき世界」に置ける「信仰」の意味。

 「新感染」「ソウル・ステーション」が2016年に韓国公開された映画であるが、アニメ監督として2013年に発表したのが本作「我は神なり」である。
 この映画の彼の目線は、前の2作よりもさらに辛辣に人間社会を見据えている。ヨン・サンホ監督は、哀しく弱い人間という生き物の「業」を「信仰」を通じて描こうとする。


 舞台はダム建設によって沈むことが決定している韓国のとある村である。

そこへやってくるのが宗教を看板にして、村人たちに支払われる補償金を分捕ることが目的の詐欺グループであり、彼らはカリスマ性ある牧師・リンを通じて寄る辺なき村人たちの心を掴んで今まさに食い物にしようとしていた。
 一方その頃、村に一人の男が帰ってきていた。ソウルの大学に合格した娘の進学資金を、一夜にしてギャンブルで使い果たして悪びれもしないその男・ミンチョルは、村の人々からは厄介者あつかいされていたが、彼はその独自の嗅覚で、詐欺師の存在と彼らが行おうとしている犯罪にいち早く気づき、それを止めるべく動き出す。



 「神に見捨てられた村」の村人たちの心を癒そうと「やさしい嘘」を語る牧師・リンは村人たちから心酔されており、神をも恐れず村人たちが信じる宗教を「詐欺師」と触れ回るミンチョルは村人から「悪魔に憑かれている」と白眼視され始め、周りは彼を遠ざけ始める。一方詐欺師グループも、ミンチョルを排除しようと動き始める。


 詐欺師たちの語る「心癒される嘘」か、神をも恐れぬ男の「絶望的な真実」か。あなたならどちらを選ぶ?
 この強烈な問いは、観客に簡単に答えを出させない。


 この映画がすごいのは、決してどちらかを善、どちらかを悪と規定しない事である。詐欺師グループが開いた宗教が、村人たちに与える「効能」を映画はしっかりと描き出し、神なき世界を見据えるミンチョルもまた、心が離れていく娘への執着を捨てきれぬ。誰もが人は、何かにすがらねば生きてはいけぬ。それは決して例外はない。そんな人間の「業」を見据えているのである。

 自分が犯した悪行がきっかけで、詐欺師たちの宗教が語る「優しい嘘」に心を取り込まれていく娘を、ミンチョルは必死に押しとどめようとする。だが、彼女からその嘘を奪って、さて、離れた彼女の心は戻るのであろうか。
 詐欺師の片棒を担いでいると自覚しながらも村人たちに「癒し」を与え続けるリン。だが、彼もまた、心にある「執着」を抱え、苦しんでいる。誰が正しくて、誰が悪いのか。


 この映画はそんな善悪定かならぬ物語に、いちおうの決着をつける。その結末をあなたはどう感じるのか。是非、一度御覧いただきたい。人という生き物の不完全さを見据えた傑作である。 

ヨン・サンホ監督作品を通して鑑賞することで見えてきたもの。


 ヨン・サンホ監督の眼差しは徹頭徹尾「神が不在の世界で生きる人間」を見据えている。それはゾンビという題材であろうとそうでなかろうと変わらない。この映画に英雄はいない。ただ人間がいるだけだ。
映画の主人公だろうとそうでなかろうと、人はどこまでも愚かで救いがたい、不完全な生き物だ。
しかし、だからこそ。人は追い詰められた時、何を選び取るかによって、その人の価値は測られるのではないか。


 さて。


 ここからは「新感染」の話になる。
 やや、ネタバレなので見てない方は、見てから読んでください。







 実は「新感染」を見終えた時、ひとりの登場人物のことが頭から離れなかった。それはバス会社で常務を務める乗客の男性である。


 彼は本作においてはゾンビ以上の悪役的な立ち位置として物語を牽引し、その行動は多くの観客をイラつかせ、または激怒させるに十分であった。
 Twitterでは彼への怨嗟の声渦巻き、「もっと惨たらしく死ねばいい」という声もあった。

 しかし、この映画の終盤、彼が放った台詞は、私の心にある逆転を起こした。


 そうか、そうだったのか、と。


 彼はただ怖かったのだ。そして、どうしても生き残りたかったのだ。ただ、それだけだったのだ。


 確かに彼は主人公のように「他者のために闘う」道を選び取る事が出来なかった。あまつさえ、多くの犠牲の果てに生き残ろうとした。普通に考えて、許される事ではない。


 しかし、だ。
 我々は果たして彼を責められるのだろうか。いきなり地獄のような状況に叩き込まれ、わけも分からず命の危険に晒されて、怖い、死ぬほど怖い、それでも生きたい、死ぬわけにはいかない。ただそう願った、そんな一市民である彼を。
 観客は忘れているが、彼もまたこの災厄に巻き込まれた「被害者」でもあるのだ。

 彼は一言で言えば「主人公の影」である。もしも同じ列車に娘がいなかったなら。または、涙をこぼしながら彼に言葉を投げかけなかったら。主人公はどういう決断をしたろうか。他者を押しのけてでも、自分だけ助かろうとしたのではないだろうか。

 そして胸に手を当てて考えてみて欲しい。
 私たちは同じ状況に陥った時、このバス会社常務氏と同じ事をしないと胸を張って言えるだろうか。


 そう考えると「新感染」という映画はより、空恐ろしい映画に見えてくる。ヨン・サンホが見据えてる世界は、善も悪もない。絶望と希望が紙一重の、神なき世界の「ニンゲン」たちのどうしょうもない蠢きを描き続けているのである。
善に見えるものも、悪に見えるものも、実は等しく同じ人間であり、彼らが選び取った方法で人物の「いい悪い」を区別してるに過ぎなかったのだ。「こんなこと」さえなければ、彼らは「ごくごく普通の一般市民」だった。つまりこれはこの映画に出てくる誰も彼もが、我々の「可能性」だったのだ。


  私に言えることは、「神のいないこの世界でゾンビに襲われた時、せめて人間らしい決断を選び取れるよう、心して生きたいものだ。」という事だけである。
ヨン・サンホ監督の映画は観客にすら刃の切っ先を向けて試してくるのだ。



「あなたならどうする?」と。

「トンネル/闇に鎖された男」

toshi202017-05-18

原題:터널/Tunnel
監督・ 脚本:キム・ソンフン

「さあ救え・・・!(中略)救うんだ・・・!ゴミども・・・!」

福本伸行カイジ」より)

賭博黙示録 カイジ 5

賭博黙示録 カイジ 5


 人生に理不尽というのは当然起こることがある。


 ただ、その理由は二つある。自分に責任がある場合と、ない場合である。


 この映画の主人公、イ・ジョンス(ハ・ジョンウ)は圧倒的に後者である。なぜならば、たまたまその日、地元の日常でよく使うトンネルを通ったというだけのことだからだ。
 トンネルに入る直前に立ち寄ったガソリン・スタンドでもたもたしている爺さんにイライラしつつ、お詫びに差し出されたペットボトル2本。そして、偶然車に積んでいた娘への誕生日ケーキ。車の営業マンとしての契約も取り付け、意気揚々と車を走らせるジョンス氏はハド・トンネルへと差し掛かる。交通量が少ないそのトンネルをすすんでカーブを抜けた辺りで突如轟音が鳴り響く。そして信じられない光景が展開していく。トンネルが天井から崩れてジョンス氏に迫っていたのである。

 気がつくとジョンス氏はがれきに埋もれた車内にいた。なんとか生きているものの完全に立ち往生となったジョンス氏はかすかに拾えるトンネル内のアンテナから119番する。救助隊が到着するとソウル側からの出口は完全に崩落。南側からの出口だけが完全な崩落を免れていた事が、ジョンス氏の命を支えていた。


 トンネル崩落のニュースは瞬く間に韓国国内に広がり、国を挙げての救出が始まる。現場にはジョンス氏の妻・セヒョン(ペ・ドゥナ)も駆けつけ、現場を手伝いながら事態を見守る。その救助隊の隊長・キム・デギョン(オ・ダルス)は韓国一の救助隊を自負し、ジョンス氏救出のために動き出す。だが、予想外の事態が頻発する現場は、やがて様々な困難に直面することになる。
 ジョンス氏、そしてキム隊長はひとつひとつその困難に向かっていくが・・・、やがて彼らに試練が訪れる。



極限下のサバイバルと予想を越えて困難な救出


 この映画の前半部はジョンス氏のサバイバルと、救助隊やセヒョンの苦闘に光が当てられる。


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そのテロルは生きている。「テロ,ライブ」 - 虚馬ダイアリー



このくだりのジョンス氏を演じるハ・ジョンウの非常に場持ちする演技は見事であり、また、国民的バイプレイヤーとして不動の人気を誇るオ・ダルスの非常に人間味あふれる演技は、映画を牽引する大きな力となっている。そして、ジョンス氏の生還を祈る健気な妻が韓国が誇る至宝・ペドゥナである。まさに最強の布陣である。


 ジョンス氏が遭遇した事態はただただ、理不尽である。そしてキム・デギョン隊長を初めとした救助隊の面々はある種、国の「尻ぬぐい」をしている状況である。
 なぜならば、事態が動いていく中で明らかになるのは、そもそもの原因がバドトンネルの「手抜き工事」であったこと、そして、バドトンネルの近くで、国が主導するニュータウンをつなぐ第2トンネル建設が重なった事であった。
 つまり、国が本来の仕事をきちんとしていれば起こりえない、複合的な事故である。ジョンス氏に死を呼び寄せる原因は国であり、社会である。



 その尻ぬぐいを一手に引き受けるキム隊長と救助隊は、ジョンス氏救助まであと一歩のところまでたどり着く。・・・はずだった。ところが、思わぬ原因でその作業が無駄だったと発覚する。
 絶望するジョンス氏。電源が落ちる、唯一の連絡手段であるスマホ。辛酸をなめるキム隊長。悲嘆にくれるセヒョン。


 そこから終盤にかけて、この映画は視点を大きく広げる。


 一人の男が崩落事故で孤独に耐えながらサバイブする事故を巡る社会という「人間」のうねりを描くドラマになっていくのだ





(以下終盤の展開に触れていきます。)

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