2016年に見て「良かったな」と思った映画から10本を選んでみる。
どうも。あけましておめでとうございます。
ぐずぐずしていたら、年が明けてしまいました。更新量としては相変わらず微妙ですが、ぼちぼち生きてます。
毎年言っていることですが、年末にベストを選ぶ段になるとつくづくイイ映画が多いと思う訳ですが、今年は日本映画が席巻した印象の多い年ですね。楽しい映画がいっぱいありましたが、2016年に「出会えた」映画の中から「たった」10本だけ、「あー・・・これはどうしても選びたい」と思ったものを選んで見たいと思います。
あの映画がない!この映画がない!という方もおりましょうが、ご容赦いただいて、しばしお付き合いください。では参ります。。
10位「殿、利息でござる!」
- 出版社/メーカー: 松竹
- 発売日: 2016/10/05
- メディア: Blu-ray
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仙台藩の吉岡宿で、「伝馬役」という重い課役を少しでも軽減するために、窮乏する藩にお金を貸して、そこから利息を取って賄った実話を元にした、中村義洋監督初時代劇映画。
士農工商の厳しい身分制度を定めた江戸時代。メインの登場人物は武士階級はおらず、ほとんどが農民階級。武士階級はほんの一握りだった時代にもかかわらず、農民階級の物語は描かれづらい江戸時代において、一揆も起こさず、暴力も使わず、知恵と信念で理不尽な支配階級である武士に一泡吹かせようという、そんな「農民」たちの映画である。登場人物も決して一枚岩ではなく、それぞれに望みやコンプレックス、私欲がありながらも、やがて、ひとりの男が貫いた志に集う。
ひとりの男が貫いた信念が、様々な人々に伝播し、やがて、支配階級の搾取に対し、一泡吹かせる大計画を成就させていく。さびれゆく宿場を舞台に、刀も持たずに知恵と信念と・・・血の滲むような思いで絞り出した「多くのお金」で立ち向かう。そんなこの映画が私は大好きです。
9位「ビューティー・インサイド」
- 出版社/メーカー: ギャガ
- 発売日: 2016/08/02
- メディア: DVD
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ふたりは恋に落ちる。好きになったのは「彼」自身だと彼女は言う。けれど「彼」が毎日会うごとに見た目が変わる、なにより彼女自身が「彼」を容姿がまったくの別人になるがゆえに見つける事が出来ない。
「容姿」が変わっても「彼」の「中身」は変わらない。そのはずである。けれども、中身は同じでも毎日違う「人間」が彼女に会いに来る。彼女の中ではその認知のゆらぎが、そのまま心のゆらぎへとつながっていく。恋愛ってなんだろう。恋するってどういう事?そんな「恋愛」の本質を見る者に問うてくる。実験的でありながらあまりにストレートな、映画でしか出来ない恋愛物語を描ききった作品です。一見の価値ありです。
8位「ズートピア」
ズートピア MovieNEX [ブルーレイ+DVD+デジタルコピー(クラウド対応)+MovieNEXワールド] [Blu-ray]
- 出版社/メーカー: ウォルト・ディズニー・ジャパン株式会社
- 発売日: 2016/08/24
- メディア: Blu-ray
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ディズニー映画最新作であり、動物だらけのアニメでありながら、決して「可愛さ」だけの映画でも愉快なだけの映画では無い。
見た目(種族)に囚われないウサギの新人警官・ジュディと見た目に屈して流されてきた詐欺師の狐・ニックが出会い、動物たちが種族を越えた自由と繁栄と偏見と差別が重なり合う大都会で起こる難事件を追う。田舎でもあった単純な差別が、都会ではより複雑に重なり合って偏在してるという視点が見事。
アニメーション映画としてのクオリティ、個性的で魅力的なキャラクターたち、娯楽映画としての楽しさもさることながら、差別とは人の心に必ず起こりうる。それを自覚していく事こそが、差別をなくしていくための一歩である。そんな真実を物語を通して伝えきる。なんとも見事な傑作である。
7位「トランボ ハリウッドに最も嫌われた男」
- 出版社/メーカー: Universal
- 発売日: 2016/02/16
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第2次世界大戦後のハリウッド。赤狩り吹き荒れるハリウッドで、職を失い、仕事を失ったひとりの脚本家・ダルトン・トランボの実話の映画化である。
脚本家としての職を失った後も決してペンを折らず、偽名を使って「脚本家」として生き抜いてきた彼は、ついに映画史に残る傑作を世に放つ。時代は思想弾圧の真っ只中にあり、時にはかけがえのない友を失いながら、自らの才能を恃みに生き抜いた男が、この映画で最後に起こす逆転劇は、すこぶる爽快である。
こんな男が実際にいたのだ!そんな驚きに満ちた、「すごい男」の話である。彼が何者で、どのような映画に関わっていたのか、知らない方がより驚けると思いますよ。
6位「映画 聲の形」
感想:ディスコミュニケーション・ベイビーズ「映画 聲の形」 - 虚馬ダイアリー
「週刊少年マガジン」に連載された作品を、京都アニメーションが映画化。年末に駆け込みで見て目を泣き腫らして帰ってきた。
小学生時代に起こしたいじめ事件を引きずりながら、自分は人に関わる資格も、ましてや生きる資格すらもないと絶望を抱えていた主人公が、イジメ事件のきっかけとなった聾唖の少女と再会したことをきっかけに、少しずつ人として再生していくまでを描く。人を傷つけられる痛みを知ったことで、過去に自分が起こした相手の痛みに気づき、そしてそんな自分を「殺す」ことで生きてきた少年が、それでも自分は生きていいのだ、というその端緒をみつけるまでの物語、というところが、自分の琴線に触れた。
「伝わらない」「伝えられない」ゆえの孤独に痛み、または相手を傷つけるかもしれぬという可能性におびえる少年少女たちが、それでも生きるために支え合おうという落としどころが、とてもいい。恋愛成就して解決、という方向に逃げなかったのも自分の中でかなりぐっときてしまったところです。
5位「ヒメアノ〜ル」
- 出版社/メーカー: Happinet
- 発売日: 2016/11/02
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金も趣味も生きがいもなく茫漠たる日常を生きる青年・岡田は、バイトの先輩に連れられて、先輩が好きな女性を見に行った時に、かつて高校の同級生だった森田くんと再会する。一時期とても仲が良かった二人だが、森田がいじめに遭うようになってから疎遠になっていた。だが、バイトの先輩の思い人である女性とうまく行き、日常に彩りが出てきたその日から、岡田は森田くんから命を狙われる事になる。森田くんは、その女性をつけ回していたストーカーであり、人の命を奪うことを何とも思わぬ「殺人者」になっていたのである。
この映画は、暴力描写も一切容赦がないにも関わらず、簡単なジャンル分けを許さない映画である。岡田という青年の「日常」と、森田くんの生きる「非日常」がシームレスに世界がつながっているという、吉田恵輔監督の演出力がとにかく圧巻。「日常」と「非日常」が違和感なく移行する映画の「タイトルバック」が出た瞬間は、今も忘れがたい鮮烈さに満ちている。非日常の暴力もあなたのすぐとなりにある、というその視点が徹頭徹尾貫かれている為、森田がなぜ暴力と殺人の螺旋に囚われるようになったのか、岡田が森田くんに向き合い始めた時に知る真実は、そのままストンと観客の心に落ちる。
岡田と森田くん。彼らふたりは、一体何が違ったろうか。日常を生きる平凡な青年と、非日常な暴力を行う青年。そこにどんな差があったろうか。そう問いかけるかのようなラストは、戦慄しつつも、涙が止まらなかった。
4位「オデッセイ」
- 出版社/メーカー: 20世紀フォックス・ホーム・エンターテイメント・ジャパン
- 発売日: 2016/11/25
- メディア: Blu-ray
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あらゆる困難を宇宙飛行士としての知恵と、植物学者としての経験、さらに前向きな性格と音楽の力でひとつひとつ乗り越えていくという物語が単純に面白いし、彼の生還のために登場人物全員が各々の立場で考え、行動することで道を開いていくという物語が、底抜けに気持ちがいい。こんなせちがらい世の中だからこそ、時に人の「強さ」、人の「善なるところ」を信じてみたくなる作品というエンターテイメントに出会うというのも、またいいものです。
この作品は、その点において言えば、物語の壮大さ、作品の規模、脚本と演出、すべてが総合的に優れている。まさに何度でも見たい作品であり、80歳も間近になった監督の作品とは思えぬパワフルさに満ちた大傑作だと思います。
3位「日本で一番悪い奴ら」
日本で一番悪い奴ら Blu-rayスタンダード・エディション
- 出版社/メーカー: ポニーキャニオン
- 発売日: 2017/01/11
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柔道で名を馳せ、柔道がきっかけで北海道県警に引き抜かれた、真面目な体育会系青年だった警官が、幅を利かせる先輩に薫陶を受けたのをきっかけに、悪徳刑事としての道をひた走っていくピカレスク・コメディである。
かつて柔道で大学を日本一に導きながら、馬鹿正直にマジメすぎて刑事としてはぱっとしなかった警官が、一つの「悪いやり方」を教わり、その成功体験を得た時から、その「やり方」こそが正しく、ひいては警察と国民のためになる、という思い込みとともに、「愚直に勤勉にマジメに」悪徳刑事の道を突き進んでいくという物語。彼の「成功体験」の痛快さ、悪徳刑事の手口がひとつひとつ露わになっていく「知的」な面白さ、彼とつながる裏社会の「S」たちとの友情と絆、やがて、それらがすべて「破滅」へと「裏返っていく」物語の哀しさが同居する、奇妙な味わいの「笑って泣けるエンターテイメント」となっていく。
かつて「機動警察パトレイバー」で後藤隊長は言った。「おれたちの仕事は、本質的にいつも手おくれなんだ。」と。そこを越えて犯罪に関わっていくのは、警察としての仕事の領域ではないと。警察の正義とは「正しい警官」であればこそ掲げられるものである。そんな「正しい警官」としての領域をことごとく踏み外し、しかしそれが「正義であり、ひいては国民のためになっている」と思ってしまうことの「怖さ」。そして、その心を利用している「奴ら」の存在とは。それらを存分に描ききった、「面白うてやがて哀しき」傑作であります。
2位「この世界の片隅に」
感想:世界を遠くに見つめながら「この世界の片隅に」 - 虚馬ダイアリー
太平洋戦争まっただなかの戦時中に、広島から呉にお嫁に行ったすずさんとその周辺の人々の日々を描いた、片渕須直監督の7年ぶりの新作である。
公開前から前評判が聞こえてきて、自分も公開されてすぐ見に行って、頭をガツンと殴られたような衝撃を受けて帰ってきた。作り込まれた背景描写と、細やかな日常ドラマ。そしてそして突如すずさんに牙を剥く戦争の暴力。すずさんたちの日常を軽やかに描きながら、背景として緻密に再現された「街」が、「風景」が、その先につながる「世界」、ひいては「我々の時代」までも連なっているような、そんな無限に近い広がりを持った強烈な映画体験を観客に与える事が、この作品の妙味であるとボクは思います。
見た後しばらく、感想が出てこないという、映画で無ければ出来ない体験をさせてもらいました。泣けるとか泣けないとかね、そんなことは正直どうでもいいですね。こういう簡単には言葉に出来ない作品に出会った時に、どう作品と向き合い、自分の言葉にするかというのが、自分のブログを続ける最大のテーマでありますので、久々に充実した気持ちで感想を書かせて頂きました。作品に出会えた事に感謝です。
1位「ハドソン川の奇跡」
ハドソン川の奇跡 ブルーレイ&DVDセット(初回仕様/2枚組/デジタルコピー付) [Blu-ray]
- 出版社/メーカー: ワーナー・ブラザース・ホームエンターテイメント
- 発売日: 2017/01/25
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2009年に実際に起こった「ハドソン川不時着水事故」について描いた、クリント・イーストウッド監督最新作。
この映画の主人公であるベテラン機長、チェスリー・"サリー"・サレンバーガー (以下サリー)はこの不時着水事故でハドソン川へと向かい、死者をひとりも出さなかった事から「英雄」として報じられます。しかし、彼の「不時着水」という、ある種ハイリスクな選択は、「国家安全運輸委員会」に問題視され、シミュレーションした結果、さらにリスクの少ない方法があったのではないか、と糺されます。
この映画は何故ベテランパイロットのサリーが、リスクの少ない方法を採らず、リスクの高いハドソン川の不時着水へと至るのかについて、自問自答しながら向き合っていく映画であります。その中で、イーストウッド監督は、なぜ「奇跡」は起こったのかをひとつひとつ、明らかにしていくのです。
ひとつの事を愚直に続ける事。そして「当たり前」のことを行うために真摯に向き合い続けること。この映画が導き出す「奇跡」の「種」は、そんなシンプルで当たり前のことである。奇跡というのは捨て身の努力で為すものではなく、その事態に出会った時に「仕事をするべき人」がそこいて「そして適切に仕事をする」ときに初めて起こるものであると。
この映画を見る前、実は結構映画感想をブログに書くことの意義について考えていたんです。自分はこの映画感想を書き続けて17年になります。結構な長きに渡り書いてきました。しかし、Twitterの台頭で、だれでも簡単に手軽にさっと映画感想を書けるようになりました。自分もTwitterでさっと書くことが苦にならなくなっていましたし、見た後にすぐ書けるというのは大きな利点です。ブログというのは手間がかかるわりには、反応が鈍いメディアですが、Twitterなんかはすぐに反応が返ってきます。長く続けていた事に意味はあったのか。ふと考えてしまっていたのです。
この映画を見た後、非常に目を見開かれた思いがしました。愚直に一つのことを続けていくことも決して悪いことではないのだと。そして、自分にもまだやれることがあるかも知れぬ。そういう気持ちになりました。奇跡に近道などないと。そんな薫陶をくれたこの映画に、ボクは大変感謝しておるのです。この映画を通して、イーストウッドに力強く背中を押された気持ちがしたのです。
非常に個人的な理由で申し訳ありませんが、それがこの映画を今年一番の映画に挙げる理由であります。
「映画 聲の形」
遅まきながら師走も半ばになってからの鑑賞。気がつけば流れ流れてさいたま新都心まで足を伸ばしていた。
以前書いた事があるが、私は京都アニメーションの作品が苦手だった。正直今もそれほど苦手じゃないとは言えない。
初めて京都アニメーションの存在を認知したのがご多分に漏れずであろうの「涼宮ハルヒ」シリーズなのだが、その時点からすでに苦手意識を持っていて、なかなか心が受け付けなかった。その後「涼宮ハルヒ」にはなんとか慣れてきたものの、苦手意識は変わらず、「らき★すた」などの話題作を出すたびに一応第1話に目を通すが、「ああー。うーん。いいや。」とそこで見るのをやめる。唯一まともに見ていたのはテレビアニメ「日常」くらいのもので、この映画を監督している山田尚子監督作品「けいおん!」にしろ「たまこまーけっと」にしろ、ちょろっと見て「ああー、うーん。苦手だ。」とそのたびに心を閉ざしてきた。
一度苦手意識を持ってしまうと、どうしても足が遠のく。心が離れる。「映画 聲の形」にしたってがそんな感じである。
だが、Twitterで公開後しばらく経っても話題が途切れることなく、様々な論争が起こったり、騒動が起こったり、同僚のひとりがいたく褒めていたのも手伝って、ようやく3ヶ月近く経って重い腰を上げたわけである。
で、見ました。
結果。大号泣。
もう油断してたのもあるのだが、完全にツボにはまって泣いてしまった。
主人公が持つ自己嫌悪の壁。
- 作者: 大今良時
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 2014/01/17
- メディア: Kindle版
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原作漫画は読まずに臨んだのだが、見終わった後速攻で全巻買って読み、色々考えた。
物語は、主人公の石田将也が小学生時代にひとりの女の子が転校してきたところから始まる。その女の子は耳が不自由な聾唖の子であった。名前を西宮硝子という。
彼女は手話や筆談でコミュニケーションが出来るが、耳が聞こえない、まともにしゃべれないというハンデから次第にクラス内で浮き始め、からかいの対象となる。女子は無視をしたり、陰口をたたいたりしていたが、彼女に直接ちょっかいをだしていたのは、彼女の「おかしさ」を退屈紛れに興味を抱いた将也だった。しかし、彼女の補聴器を壊した事で彼女の母親が直接学校に抗議をし、将也はいじめの主犯として教室で担任から糾弾され、それがきっかけで次第に彼自身がイジメの標的となっていく。
かつて一緒につるんでいた奴らからいじめられ、阻害され、孤立した結果、将也は高校生となった時には、周りとの壁を自分からつくっている男になっていた。自分が硝子にしていた過去と向き合えば向き合うほどに、自己嫌悪は募り、やがては自殺を試みようとするまでに至る。そんなとき、彼は硝子と再会する。
映画を見ていてなにに不意を突かれたのか。それは、傷つけられる痛みを覚えた事で、人を傷つけてきた過去と向き合うたびに、自分には「生きている価値」がないんじゃないか、という主人公が抱えているその感覚が非常によくわかるからだ。自分が自分に戻ることを許せない。自分がこわい。なにより、自分が死ぬほど嫌い。
自己嫌悪の感情が強すぎるあまりに、そして自分を信じられないがゆえに他者を自ら遠ざけ、近づかない。その将也の感情は、ある時期自分が持っていた感情とすごく似ていた。将也はかつての自分と共有出来る部分の多さに、思わず引き込まれる。
そんな彼が壁を取り払おうとしたのは、かつていじめてしまった相手、硝子だった。
聾唖という題材と、ディスコミュニケーションというテーマ。
この映画、聾唖の人にはすこぶる評判が悪いそうな。それはなんとなくわかる気がする。それは硝子のキャラ造形にある。
聾唖の人間も普通の人間だ。いじめられればイヤだし、傷つく。しかし、彼女はそのいじめられた将也に対し、拒絶をしない。そのことに対して、聾唖の人たちは当然違和感を抱く。俺達はこんなんじゃない、と。次第に距離を縮めていく中で、証拠は将也にほのかな好意すら抱いていく。
この映画が聾唖者を扱ったことで、この物語の眼目はむしろわかりにくくなっていたのではないか、と思うのだが、実際の所、俺がこの映画に対してひどく共感していたのは、この映画は「ディスコミュニケーション」についての映画なのでは無いか、ということだった。
ヒロイン・硝子が聾唖者であることは、ほんのきっかけに過ぎず、実際は「人と人はそう簡単にはわかり合えなどしない。」という事なのでは無いか。
将也は少なくとも小学生時代、硝子が何を考えているのか知りたいと思っていた。そんな気がする。だから彼自身は無意識にちょっかいを出す。しかし、彼女はそれをおくびにも出さない。何をしても何をやってもワカラナイ。相手の「あるべき感情」が見えない。その事に将也はいらつき、やがて行動がエスカレートする。
一方硝子は普通にコミュニケーション取れないという事実に、異様なコンプレックスがある。彼女が声を発すると周りが困惑し、時に笑われ、からかわれる。だから感情を見せないし、その事に対し申し訳なく思ってしまう。これは彼女の「性分」なのだと思う。
「伝わらない」「伝えられない」。
そのすれ違いがこの物語のすべての始まりなのでは無いかと思ってしまう。それは別に聾唖者には限らない。健常者だろうと同じ事だ。ほんの少しボタンが掛け違っただけで、人は簡単にわかり合えなくなる。それは主人公が直に経験してきた事だ。
この映画の登場人物達は、どこかでそういう壁を作り、または相手の思いを斟酌せずに「自分の一方的な感情」をぶつけたりする。会話が成立しているようでしていない。わかり合えているようでわかり合えてない。コミュニケーションの難しさ、伝えることの難しさがこの映画の根幹にはあるのだと思う。
「伝えられない」事の深く暗い絶望は想像以上の闇なのかもしれぬ。終盤にヒロインが起こす「行動」はまさに、それが募ってしまったが故に起こしたことのように思う。
主人公が物語を通して心の壁を取り払って、今まで聴いてこなかった声を聴く。見てこなかった顔を見る。そして涙をこぼす。
そこから全てが始まっていく。「生きる価値すらない」と思ってきた人間が、初めて「自分にも価値があると思える」人生が。俺が泣いてしまったのは、多分その「始まり」を共有できたからだと思うのである。大好き。(★★★★☆)
2016年下半期感想書き損ねた映画たち
「クリーピー 偽りの隣人」(黒沢清)
- 出版社/メーカー: 松竹
- 発売日: 2016/11/02
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黒沢清監督作品でびっくりするほど評判がいいにも関わらず、あんまりノレなかった。いや、前半部はかなり期待を持たせる入り方なんですけど、後半がね。語りが雑に見えてしまう。
この映画のテーマは身近に迫る洗脳の恐怖だと思うんだけど、やっぱりね、実際の洗脳の話を聞いちゃうと香川照之演じる隣人は漫画にしか見えないのよね。そこがどうしても引っかかる。
はっきり言って「洗脳」された人の実体験、それもテレビのバラエティー番組である「しくじり先生」で辺見マリが語った「洗脳」された実話の方が1万倍恐いので、見てない方はDVD化されたから見られるがよろし。香川照之以上に邪悪な人間はこの世に実在する。(★★★)
- 作者: 谷口征
- 出版社/メーカー: 竹書房
- 発売日: 1993/05
- メディア: 大型本
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しくじり先生 俺みたいになるな! ! DVD特別版 <教科書付> 第9巻(2枚組)
- 出版社/メーカー: ワーナー・ブラザース・ホームエンターテイメント
- 発売日: 2016/12/21
- メディア: DVD
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「葛城事件」(赤堀雅秋)
- 出版社/メーカー: キングレコード
- 発売日: 2017/01/11
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うーん。これも周りの評判が良かったのに、びっくりするほどノレなかった作品。テーマとしては三浦友和演じる強権的な父親の抑圧から家族がひたひたと壊れていく過程を描いていくドラマなので、「わかるわかる」と思いながら見ているんだけど(長男パートは痛くわかる)、そこから家族の1人から「大量殺人事件者」が出る、って出口を見た時に、一気に醒める感じがあって、「結局、なんではけ口が見も知らぬ人間なんだ。」という理不尽さへの怒りの方が勝ったかな。「だからなんだよ。勝手言ってんじゃねーぞ!」という気持ちが強い。
見終わった後、この家族への興味を大分失っていた私なので、この家族の人々に共感を持ち続けられる人には傑作なのでしょう。私の感想は「普通」。(★★★)
「レッドタートル ある島の物語」La tortue rouge(マイケル・デュドク・ドゥ・ビット)
スタジオジブリと海外アニメーション監督が組んだ作品。ジブリと言えば宮崎駿と思われているけれど、宮崎駿もまた高畑勲の傍流に過ぎぬと言われればまさにそうで、「高畑勲」の天才は、今話題の「この世界の片隅に」まで受け継がれている、日本アニメの源流であるように、本作もまた、高畑勲イズムの流れを汲んでいると思う。
いやね。なにせ、日本昔話にもいくつかある、人間と他種の動物が結ばれるという、「異類婚姻譚」を全編ほぼサイレント(一応ボイスはあるがセリフがない)本格アニメーションとして真っ向から語りきるという、いくらなんでもそりゃ無茶だろというような企画を押し通すスタイルは、高畑勲の最新傑作「かぐや姫の物語」に通底する「おとぎ話を演出の粋を集めてリアルに語り直す」ような、独特の味わいがあり、見終わった後の「面白かったけど!面白かったけど無茶を押し通したな!」という、気持ちが強い。
こういう「自分の物差しだけでは到底出てこない作品」との出会いは、それだけで嬉しくなってしまう。私は好き。(★★★★)
「ソング・オブ・ザ・シー」Song of the Sea(トム・ムーア)
- 発売日: 2015
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こちらもまた、非常に暖かみのあるアニメーションでありながら、北欧のセルキー神話というあざらし絡みという独特の話をモチーフとした、お国柄を感じさせるアニメーション。
海ではアザラシ、陸では人間となる妖精がモチーフとなっているため、最初「え?なにこの設定?」と思うものの、その設定だけ受け入れてしまえば、妹・シアーシャ(可愛い)の為、家族のために奮闘するお兄ちゃんの少年に共感すること請け合いであります。全編絵本のような映像と、ケルト音楽を下敷きとした非常に美しい音楽も素晴らしく、もっと話題になってもいい秀作でありました。(★★★★)
「ゴーストバスターズ」Ghostbusters(ポール・フェイグ)
- 出版社/メーカー: ソニー・ピクチャーズエンタテインメント
- 発売日: 2016/12/21
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で、感想としては、話題となった男女逆転の女性キャラたちよりも、男性秘書を演じるクリス・ヘムズワースのバカキャラっぷりがすべてをさらっていった印象で、この辺は「頭悪い女=かわいい」としてきた従来の映画への皮肉と捉えるべきなのかも知らん。それにしても「男目線でみても相当リアリティがないけど魅力的なバカ」というキャラ造形へのもやもやは、かつて女性たちが男性優位の映画を見た時に感じてきたものなのかと思うと、「申し訳なかった!」と思わされるねえ。スタッフロールまでクリヘム、ノリノリで、彼が主演と言っても差し支えはなかった。(★★★★)
「グランド・イリュージョン/見破られたトリック」Now You See Me 2(ジョン・M・チュウ)
グランド・イリュージョン 見破られたトリック [Blu-ray]
- 出版社/メーカー: ソニー・ピクチャーズエンタテインメント
- 発売日: 2017/01/11
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個人的な感想としては前作の方が好きだが、この映画のテーマである「物事の認知は一つではない」というテーゼは貫かれているので、シリーズとしてのぶっとい幹はそのままに、無茶な大仕掛けを仕掛ける話はきらいじゃない。ただ、大味かつ無茶な物語を演出の力で押し切った前作に比べると、今回はちょっと演出の勢いが持続しきれなかった印象で、大仕掛けのネタ晴らしもちょっとノリきれなかった感じはする。
ただ、最後のオチは前作を見ていると「ああ!そういう事なのか!」と思えたので、そこそこ満足して劇場を出た。第3作もやるそうだけど、大丈夫なのか。(★★★☆)
「超高速!参勤交代リターンズ」(本木克英)
- 出版社/メーカー: 松竹
- 発売日: 2017/02/08
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前作はびっくりするくらい好きだったので、公開後すぐに見に行ったけど。こちらは前作の勢いを大きく落としてしまった。前作は参勤交代の「上り」なので江戸に近づくにつれ、チャンバラも異様に盛り上がっていったのだが、今回は参勤交代の「下り」。国許で起こる騒動の為、国盗りレベルのチャンバラなんか起こした日にはお家断絶される江戸時代、騒動をどう収束させるのかがクライマックスのメインになってしまったのは、残念。シナリオとしては真っ当だけど、チャンバラ時代劇映画としては勢いが削がれてしまった。(★★★)
「怒り」(李相日)
評判に後押しされて見に行って、こちらは大号泣。泣きはらして帰ってきた。その後のネット上の賛否は意外と分かれていた気がするけど、1人の男の一滴の「怒り」が生み出す波紋のドラマを渾身の演出で描き出した、大力作。特に宮崎あおいと広瀬すずは素晴らしかった。宮崎あおい演じる、純粋に恋人と結婚したいと願い続けた女が一瞬の疑念に迷う、その表情を映し出したその「画」はぞくっとした。あのシーンがこの映画の白眉。この画を見れて本当に良かった。(★★★★☆)
「隻眼の虎」(パク・フンジョン)
大傑作「新しき世界」の監督最新作が「ワールド・エクストリーム・シネマ」という「一日一回、一週間限定単館上映」という、驚きの小規模で公開。本当にさあ、最近の韓国映画への冷遇ぶりはどうにかして欲しい!
日本占領下の朝鮮で、日本軍からの要請で、一線から退いた猟師親子と、人喰い虎の闘いと絆を渾身の演出で描いた映画なのだが、後半あっと驚くハートフルな展開を見せるのがびっくりである。この辺、徹底して酷薄な展開を期待する向きにはかなり賛否分かれるんであろうが、映画の惹句「殺戮だけが本能か?」という文句に嘘は無かったので、俺は嫌いじゃないです。(★★★★)
「オーバー・フェンス」(山下敦弘)
- 出版社/メーカー: TCエンタテインメント
- 発売日: 2017/03/10
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「永い言い訳」(西川美和)
- 作者: 西川美和
- 出版社/メーカー: 文藝春秋
- 発売日: 2016/08/04
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人を寸鉄釘で刺すような人間観を描かせたら日本随一の監督・西川美和監督最新作は、バス事故で妻を亡くした小説家と、一緒に亡くなった妻の親友の家族とのふれあいを描く。
人間観の鋭さはそのままに、「それでも人は人でしか救えない」という希望のような暖かさを醸し出す西川監督の新境地。逝った側の話ではなく、あくまで遺された側の話で、彼らの無様な右往左往と、それでも生きていかにゃならん人間が手を取り合う尊さが同居する。
面白いのは主人公を小説家にすることで、実際に自分が書く「理想とする作家像」と「無様な実像」に対して主人公が自覚的な事で。それゆえに長くコンプレックスにとらわれて来たのが、妻の死から始まる出来事を通して緩やかに溶解していく過程をも描いていて、そこがすごく共感できた。
主人公は長く自分しか見てこなかった。他者を見なかった。だから妻が何を望み、何を考えていたのかも知らない。しかし、その後悔を抱えればこそ他者を見たときにその「愚かさ」に気づきもする。他者は自らの鏡。それに気づいた時、主人公は他者のために本気になれるようになる。
自分の愚かさに気づき、自分の間抜けさを悔い、失った痛みに今更のたうったところで妻は帰ってこない。けれど、そんな今の自分だからこそ、救える他者もいた。自暴自棄に刹那的な主人公の奥底に眠る深く暗い絶望が、希望へと変わっていく過程を丁寧に織り込んでいる。まったく見事。大好き。(★★★★☆)
「ケチュンばあちゃん」(チャン)
東京国際映画祭で鑑賞。「アジアの未来」部門に出品された韓国映画。
済州島に住む海女を営むケチュンばあさん(ユン・ヨジョン)は、最愛の孫・ヘジと仲良く暮らしていたが、ある日、買い物に出かけた際、ヘジを誘拐されてしまう。
十数年後、警察から連絡があり、長く行方不明だったヘジ(キム・ゴウン)と再会できたケチュンばあさんはとても喜び、孫との共同生活を再開する。ヘジは、幼い頃好きだった絵の才能を開花させつつあり、ヤン・イクチュン演じる美術教師に才能を見いだされ、ついにはソウルで行われるコンクールに出品するが・・・。
まったく事前情報がない状態で、見るまでここまで仕掛けだらけの話とは思わなかった。実に「韓流エンターテイメント」の粋を集めたような映画で、びっくりした。とにかく「泣かせ」の仕掛けの連打で「うわ!うわ!うわ!」と思いつつ見てた。ボクは普段、そういう映画にはあんまり感心はしないんだけど、本作はそこにひとつ、ぶっとい幹の「愛についての哲学」を滲ませていて、そこにひどく感心した。ケチュンばあちゃんの生き方が、その映画の仕掛けと相まって、非常に味わい深い映画になっていたので、日本公開決まればいいな、と思います。大好き。(★★★★)
男の魂に火をつけろ!の戦争映画ベストテンに参加します。
2016-10-31
ワッシュさんの「戦争映画ベスト10」に参加します。
戦争映画ベスト10
1:ピカドン(1978年 木下蓮三/木下小夜子)
2:激動の昭和史/沖縄決戦(1971年 岡本喜八監督)
3:イノセント・ボイス/12歳の戦場(2004年 ルイス・マンドーキ監督)
4:二百三高地(1980年 舛田利雄監督)
5:高地戦(2011年 チャン・フン監督)
6:硫黄島からの手紙(2006年 クリント・イーストウッド監督)
7:ノー・マンズ・ランド(2001年 ダニス・タノヴィッチ監督)
8:火垂るの墓(1988年 高畑勲監督)
9:セデック・バレ(2011年、ウェイ・ダーション監督)
10:スターシップ・トゥルーパーズ(1997年 ポール・バーホーベン監督)
1位「ピカドン」
- 作者: 木下蓮三,木下小夜子
- 出版社/メーカー: ダイナミックセラーズ出版
- 発売日: 2009/07/08
- メディア: 単行本
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ホラー映画ベストテンにも投票したんだけど、改めてこちらでも投票。いやもう、実は「この世界の片隅に」を見た後に真っ先に思い出したのはこの短編アニメーション映画でね。私が見たのは小学生低学年の頃に、区民児童上映会で「はだしのゲン」と同時上映で見て、数十年経っても忘れ得ぬトラウマを刻んでくれた作品。裏「この世界の片隅に」ともいうべき、「生活者たちが一瞬にして地獄に叩き込まれる」作品で。俺はもう核の是非を問う議論をする前に是非一度、世界中の人たちがこれを見ておくべきなんですよね。
私みたいにね、こういうトラウマアニメーション映画とか、広島の被爆者たちの怨念の塊ような絵本とか、「はだしのゲン」のような漫画を幼少期に見ているとですよ。もう、戦争に対する憧れなんて口に出来なくなりますよ。地獄はすずさんたちの遠景のすぐ向こう側にあるんですよ。本当に、あったんですよ。
真面目な話、兵士でなく、民間人がこんな目に遭わされたという事実は、日本人は決して忘れられちゃならんのです。「反戦メッセージを直接的に描くべきじゃない?冗談じゃねえ、バカヤロウ!」と思いますね。
2位「激動の昭和史/沖縄決戦」
- 出版社/メーカー: 東宝
- 発売日: 2015/05/20
- メディア: DVD
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・教科書に沖縄戦「集団自決」 10年ぶり復活 日本史最大手の山川出版 | 沖縄タイムス+プラス ニュース | 沖縄タイムス+プラス
沖縄戦で民間人が集団自決した表記が10年ぶりに復活。ってことはさ、10年もの間、本土の学生たちは沖縄で民間人が集団自決したことを学校で学んでないって事かい?マジかい?俺はね、情けなくて情けなくて。Twitterで思わず沖縄の人に謝っちゃったよ。申し訳ないことだよ。そりゃあ、沖縄の人が決して忘れがたい無念を日本人が知らないはずさね。酷い話だ。
太平洋戦争末期、沖縄で何が起こったか。「日本のいちばん長い日」の岡本喜八監督が、豪華キャストで描き出す本作は、圧倒的火力差の米軍に追い詰められた日本軍と民間人がどのように戦ったかを描き出す、戦争映画の大傑作である。若者こそ見るべきだ。そして、太平洋戦争唯一の本土決戦の場となった沖縄の方々が、どのような目に遭ったか。その一端だけでも感じて欲しいのである。
3位「イノセント・ボイス/12歳の戦場」
- 出版社/メーカー: ポニーキャニオン
- 発売日: 2006/07/28
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普通に生活している場所に銃弾が飛び交う。そんな場所で父が去った一家を支える11歳の少年。やがて来る、12歳の誕生日。少年はひとつの決断を迫られる。
兵士は横暴の限りを尽くし、心ある大人は迫害を受け、殺されていく。そんな地獄と背中合わせの町にも一日一日があり、生活があり、喜怒哀楽がある。力強い生をスクリーンに映し続ける彼らにもやがて、過酷な運命が待っている。
戦争は日常のすぐそばで起こっている事の衝撃。子供でいられる時期すら奪われる少年達の過酷さ。こんな現実が世界にはいくらでも転がっているという事を改めて突きつけられる作品である。
4位「二百三高地」
- 出版社/メーカー: TOEI COMPANY,LTD.(TOE)(D)
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5位「高地戦」
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「この世界の片隅に」
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この物語はフィクションである。
作中の如何なる人物、思想、事象も、全て紛れもなく、貴君の現実に存在する人物、思想、事象とは無関係だ。
以上のことに同意した者にのみ、このゲームに参加する権利がある。
同意する/しない
ゲーム「ペルソナ5」より。
私は、ついこの間まで「ペルソナ5」というゲームを熱心やっていた。「女神転生」シリーズから派生した大人気シリーズのRPG最新作だが、そのゲームを始める前に問われる質問がこれである。そして同意しない限りゲームは始められない。
このゲームの舞台は「東京」である。JRや地下鉄の通り方はリアルそのもので、町並みも現実の街並みをもとに模して作られているこのゲームは、さりとて物語は「現実」ではないバリバリのフィクションだ。しかし、この模擬東京は、非常に作り込まれ、「もうひとつの東京」としてユーザーの中で「認識」される。
このゲームのテーマの一つに「認知」というものがある。
ざっくり言うと、それは、人がその世界を「どう見ているか」という事である。人が毎日生活するなかで、どう人と相対し、どう世界を見ているか。「ペルソナ5」ではその「認知の歪み」が「異世界」として認識される。主人公達はその「認知の歪み」を糺して、正しい心を取り戻すのがゲームの大きな目的になっていく。
だが、僕らは神ならざる者だ。目は二つしかない。心はひとつしかない。そして未来は常に不確定である。僕らが世界を正しく認識できるのは、すべてが手遅れになった後であることも多い。人の中にある「認知」というもの、世界を正しく認識するには時間がかかるものである。または永遠にすべてを正しく認識できないのかもしれない。
さて「この世界の片隅に」である。
このアニメを見終わった後、ずっと考えていたのは「この映画とどう相対すべきであるか。」ということであった。
物語としては非常に小さい物語だ。広島の呉へ十代でお嫁に入り、日々生活していく女性と、その周辺の人々の物語である。
「戦争」と「朝ドラ」と「のん」
まず役者と物語構造の相関から考える。この映画の主人公の声を当てているのは能年玲奈改め「のん」さんである。ご存じ「あまちゃん」のヒロイン・天野アキを演じて、国民的人気を得た。その後の彼女の境遇については本エントリでは言及しない。
能年玲奈は戦争を経験していない。
もちろん生きている我々の多くが経験していないが、この場合、「フィクション内で」ということである。
「生活の中で戦争を経験する」メディアとして、この日本でもっとも身近でポピュラーな表現形態と言えば、NHK「朝のテレビ小説」である。朝ドラと戦争の相性は実は非常に良く、戦前・戦中・戦後を通過する物語では大抵、戦中の生活が描かれていることは多くの人がご存じではあろう。
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しかし、「あまちゃん」は「現代の少女たちの成長」を描いたコメディであり、その「戦争」を通過せずにきた。言ってみれば、「能年玲奈」の中で「戦争」への「認知」は非常にまっさらであるということである。
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わかりやすい比較対象で言えば「有村架純」だ。ヒロインの母・天野春子の若き日を演じた彼女は、能年玲奈とは対照的に、その後テレビで見ない日はないほどの売れっ子になっていく。彼女の場合、女優としての才能は「どんな役でもきちんとなりきれる」という器用さ、そして相応の演技力が備わっていることにある。だから、使う側から考えると非常にキャスティングしやすい。
一方の「能年玲奈」はどうだったかというと、一言で言えば「天野アキ」をひきずったまま女優業を続けている状態だったのだと思う。だから扱いが難儀だったんじゃないかと思うし、本人もそのことにいち早く気づいていたんじゃないかと思うのだ。天才「クドカン」のアテ書きという言わば最高の環境で、バチっと馴染む「当たり役」をいきなり得てしまった彼女は、求められるキャラクターも演技も「能年ちゃん」「天野アキ的な何か」というパッケージングでしか売りようがなかった気がするのだ。
しかし、しばらく開店休業状態の間に出会ったのが本作の「北條すず」さんという役になるわけだ。
能年玲奈という本名から「のん」という芸名へと変更した過程で、少しずつ「あまちゃん」の色を落としかけていた頃に役に出会ったのが、彼女の中で大きかったのではないかと思うのである。
だから彼女は「天野アキ」ではなく、「北條すず」としてまっさらに作品世界に入っていたのではないか。そんな気がしている。まるでまっさらな「スケッチブック」に描くように、彼女は「北條すずの生活」を楽しそうに演じていく。それがこの映画を非常に楽しいものにしている。
ハマるまでが長い。ただ、ハマれば天才。能年玲奈とはそういう女優であり、「のん」になって初めて出会った「ハマる」役が本作のヒロインなのだと思うのです。
その事は彼女のキャリアにおいてかなり幸運な事だと思うのです。
近景の「生活」と遠景の「歴史的事物」との距離。
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以前書いた「風立ちぬ」の感想で、宮崎駿という人は「ワールドテラー」であると書いた。宮崎駿という人は人と世界のうごめきで映画を語る事が出来る。「風立ちぬ」の特筆すべき点は「年号」が全く出ないのに、時間が経過したことを観客に理解させるという恐るべき事をやってのけていたのであるが、あくまでも宮崎駿の中の「認知」をもとにした「再創造(リ・イマジネーション)」したうごめく世界であった。
それに対して本作はあくまでも眼目は「ストーリー」である。そして世界は「歴史」通りに動く。言わば「世界の精密再現」である。遠景を「精密再現」することで「生活者」すずさんの「フィクション」を圧倒的に補強する。そしてもう一つ重要なのが、小さく繊細なすずさんの「フィクション」と歴史との「距離」である。
小さい頃のすずさんは自分が世界の「中心」だと思っている。だから「ひとさらい」がこわくない。ひとさらいも「愉快なおっさん」である。(いや、体験自体は恐かったのかもしれないが、恐くない形で「認知」を変えている。)。そして世界は自分の暮らす「街」とその周辺がすべてであった。
しかし、街を出て嫁入りし、別の街で暮らすようになって初めて、彼女は少しずつ「世界」の視野が広がってくる。自分の街にあるもの、自分の街からは見えないものの存在を認知する。そして、「軍港」呉から遠くの海に見える「戦争」に関わるもの、空襲が始まってから自分たちに近づいてくる「戦争」を認知する。
それでもあくまで、すずさんにとっては、生活や、旦那さんの周作さんとのやりとりの中で、仲良くしたり、喧嘩したり、傷つけられたり傷つけたりしながら生きていく日々が、あくまでも「近景」であり、「歴史」は遠くにあるものだった。だが、残酷な「世界」が彼女に突如牙を剥くことになる。
この映画を見ていて僕らは改めて思うのだ。「ぼくら」の世界の見え方も所詮はそんなものだって。人々が抱える苦労や痛みや悩みなんてえものは遠くにあり、僕らは身近な一見、どうでもええような事で悩んだり、笑ったり、泣いたりするわけである。
戦時と今の我々、何が違うだろうか。そして今こうして文章を書いている間でも世界は常に「動いている」。僕らはそれを遠景に押し込めているに過ぎない。
だからこそ、僕らは時に危ういのである。「世界」はいつもは遠景にあって自分たちには関係ない顔をして鎮座している。だが、ぼくらはその「世界の片隅」にいるに過ぎず、時に世界が「暴力」となって自分に降りかかることがある。そのことを日本人の多くが、遠からず経験している。すずさんが自分のいる世界を「片隅」と認識して、周作さんに「ありがとね」と行った時に、彼女はより正しく「世界」と相対したということになる。
そしてそれは、我々にも決して不可分な「意識」である。この映画を見ていると改めて気づかされる。我々も所詮は「世界の片隅」に生きる「生活者」なのである、と。
「現在」と軽やかに接続される「戦時」
もうひとつ。この映画が描き出すのは、戦後の日本人が無意識に断ち切ってきた「戦前」「戦中」と「戦後」の間の溝を埋めて、フラットに意識をつなげていく事を志向した作品であるということである。
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歴史と接続されていく戦後「日本のいちばん長い日」 - 虚馬ダイアリー
日本国民はずっと「大日本帝国」に欺されてきたのだ、という歴史の中で、昭和20年8月15日を境に我々は「変わらなければならぬ」という意識の中で「戦前と戦後」という形で「昭和」を分断してきた。
原田眞人監督は言わばその「接続」が途絶されてしまった戦前/戦後という溝を、「昭和天皇」という存在によって歴史をもう一度「接続」しようという試みなのでは無いか。岡本喜八版が「戦前は戦後の我々とは違う」という思いを込めて撮り上げた映画に対して、原田監督は「変わったようでいて実は変わっていない日本」という映画を撮り上げたのではないか。それがすごく「今」な認識であるようにも思う。
戦後、多くの戦争についての映画は、「今は戦後である」という意識・無意識の中で、「戦前・戦中」を終戦という深い谷を築き、その向こう側を見る映画を作り上げてきた。つまり、あくまでも自分自身が「そこにいる」というよりも、まるで「別の世界」のフィクションを見るような気持ちで映画を見ている。そんな気持ちが長く日本人の中にあった気がする。
あくまでも「戦前・戦中」は繰り返されざる「歴史」であって、その時代に生きた人々をリアリティをもって想像するという事はされてこなかったように思う。
かつて「戦争もの」で描かれた「戦前・戦中」は、「戦後」から見た「対岸の大火事」としてしか、描かれなかったものがほとんどだったのではないか。
片渕監督がここまで当時あった風俗や事物、歴史を綿密にリサーチして、リアルに戯画化するほどにフィクションとして再現したのは、フィクションを「補強」する以上の意味があるのだと思う。
生活をする中ですずさんは色々なものを見逃しながら、鮮やかな近景の物語を生きている。遠景の「世界」では様々な悲惨なことが起きていて、彼女はそれには気づかずに生きている。
それは我々も変わらないのである。遠景にある「世界の一部」がその後どうなるか。それを彼女が知るのは、時を経なければ「認知」できないように。我々は「近景」だけで世界を認識し、「遠景」はなんとなくわかったような感じで生きていくより他はない。
すずさんが生きた時代と現在。それは何がちがうのだろうか。そう問いかけられているような気がしてならない。
すずさんの時代の「世界」に何が起きたか。この映画は声高には言及しない。だからこそ、自分たちで調べ、学んでいかねばならないのである。しなやかに生きてきた彼女が、喪い、歪み、苦しみ、悔しさに流した涙の根源はどこから来たのか。僕らはそれを知り、そして学ばねばならない。
言ってみれば彼女のいる場所が「世界の片隅」であるならば、そこから少しずつ「世界」全体でなにが起きていたのか。それを補強するのは我々の方である。片渕監督は愉快な映画を撮っただけでは決してない、と思ってしまうのはそのためだ。
この物語はフィクションである。作中の如何なる人物、思想、事象も、全て紛れもなく、貴君の現実に存在する人物、思想、事象とは無関係だ。
しかし、このフィクションの向こう側にひろがる世界は紛れもなく「本物」である。そこがこの映画の本当に恐ろしいところだ。「戦前・戦中」と「戦後」の意識を「北條すず」という存在で軽やかに繋ぎながら、世界はまぎれもなく史実どおりに動いている。ラストに家族が遠景を見つめているのは、言わば「世界」「歴史」という「遠景」を見通している。
ボクが見終わった後、素直に涙が出ずに、何か重いパンチを食らったような形で、半ば酩酊したような気持ちで劇場の外へ出た。その原因は多分、片渕監督が観客に対して、非常に重い課題を問うてきたような、そんな気持ちがしたからである。大好き。である。が、恐ろしい映画とも思った。傑作。(★★★★★)
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- 作者: こうの史代
- 出版社/メーカー: 双葉社
- 発売日: 2008/07/11
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- 作者: こうの史代
- 出版社/メーカー: 双葉社
- 発売日: 2009/04/28
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