虚馬ダイアリー

「窓の外」のブログ

2016年下半期感想書き損ねた映画たち

クリーピー 偽りの隣人」(黒沢清

クリーピー 偽りの隣人[Blu-ray]

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 黒沢清監督作品でびっくりするほど評判がいいにも関わらず、あんまりノレなかった。いや、前半部はかなり期待を持たせる入り方なんですけど、後半がね。語りが雑に見えてしまう。
 この映画のテーマは身近に迫る洗脳の恐怖だと思うんだけど、やっぱりね、実際の洗脳の話を聞いちゃうと香川照之演じる隣人は漫画にしか見えないのよね。そこがどうしても引っかかる。
 はっきり言って「洗脳」された人の実体験、それもテレビのバラエティー番組である「しくじり先生」で辺見マリが語った「洗脳」された実話の方が1万倍恐いので、見てない方はDVD化されたから見られるがよろし。香川照之以上に邪悪な人間はこの世に実在する。(★★★)

INFINITO―辺見マリ写真集

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「葛城事件」(赤堀雅秋


 うーん。これも周りの評判が良かったのに、びっくりするほどノレなかった作品。テーマとしては三浦友和演じる強権的な父親の抑圧から家族がひたひたと壊れていく過程を描いていくドラマなので、「わかるわかる」と思いながら見ているんだけど(長男パートは痛くわかる)、そこから家族の1人から「大量殺人事件者」が出る、って出口を見た時に、一気に醒める感じがあって、「結局、なんではけ口が見も知らぬ人間なんだ。」という理不尽さへの怒りの方が勝ったかな。「だからなんだよ。勝手言ってんじゃねーぞ!」という気持ちが強い。
 見終わった後、この家族への興味を大分失っていた私なので、この家族の人々に共感を持ち続けられる人には傑作なのでしょう。私の感想は「普通」。(★★★)

レッドタートル ある島の物語」La tortue rouge(マイケル・デュドク・ドゥ・ビット)

 スタジオジブリと海外アニメーション監督が組んだ作品。ジブリと言えば宮崎駿と思われているけれど、宮崎駿もまた高畑勲の傍流に過ぎぬと言われればまさにそうで、「高畑勲」の天才は、今話題の「この世界の片隅に」まで受け継がれている、日本アニメの源流であるように、本作もまた、高畑勲イズムの流れを汲んでいると思う。
 いやね。なにせ、日本昔話にもいくつかある、人間と他種の動物が結ばれるという、「異類婚姻譚」を全編ほぼサイレント(一応ボイスはあるがセリフがない)本格アニメーションとして真っ向から語りきるという、いくらなんでもそりゃ無茶だろというような企画を押し通すスタイルは、高畑勲の最新傑作「かぐや姫の物語」に通底する「おとぎ話を演出の粋を集めてリアルに語り直す」ような、独特の味わいがあり、見終わった後の「面白かったけど!面白かったけど無茶を押し通したな!」という、気持ちが強い。
 こういう「自分の物差しだけでは到底出てこない作品」との出会いは、それだけで嬉しくなってしまう。私は好き。(★★★★)

「ソング・オブ・ザ・シー」Song of the Sea(トム・ムーア)

 こちらもまた、非常に暖かみのあるアニメーションでありながら、北欧のセルキー神話というあざらし絡みという独特の話をモチーフとした、お国柄を感じさせるアニメーション。
 海ではアザラシ、陸では人間となる妖精がモチーフとなっているため、最初「え?なにこの設定?」と思うものの、その設定だけ受け入れてしまえば、妹・シアーシャ(可愛い)の為、家族のために奮闘するお兄ちゃんの少年に共感すること請け合いであります。全編絵本のような映像と、ケルト音楽を下敷きとした非常に美しい音楽も素晴らしく、もっと話題になってもいい秀作でありました。(★★★★)

ゴーストバスターズ」Ghostbusters(ポール・フェイグ

 問答無用の人気シリーズ、男女逆転で帰ってきた話題作。うーん、面白かったな。オリジナルを撮ったアイバン・ライトマン監督が製作に加わってるのもあってか、オリジナルの雰囲気を損なってないまま、うまくアップデートしていた気はする。
 で、感想としては、話題となった男女逆転の女性キャラたちよりも、男性秘書を演じるクリス・ヘムズワースのバカキャラっぷりがすべてをさらっていった印象で、この辺は「頭悪い女=かわいい」としてきた従来の映画への皮肉と捉えるべきなのかも知らん。それにしても「男目線でみても相当リアリティがないけど魅力的なバカ」というキャラ造形へのもやもやは、かつて女性たちが男性優位の映画を見た時に感じてきたものなのかと思うと、「申し訳なかった!」と思わされるねえ。スタッフロールまでクリヘム、ノリノリで、彼が主演と言っても差し支えはなかった。(★★★★)


グランド・イリュージョン/見破られたトリック」Now You See Me 2(ジョン・M・チュウ

 「グランド・イリュージョン」の完全なる続編。しかも前作を見ている事が前提の作劇のため、ヒットには結びつかなかった印象。前作は年間ベストに入れたくらい大好き。手品をモチーフにした綱渡り系エンターテイメント。
 個人的な感想としては前作の方が好きだが、この映画のテーマである「物事の認知は一つではない」というテーゼは貫かれているので、シリーズとしてのぶっとい幹はそのままに、無茶な大仕掛けを仕掛ける話はきらいじゃない。ただ、大味かつ無茶な物語を演出の力で押し切った前作に比べると、今回はちょっと演出の勢いが持続しきれなかった印象で、大仕掛けのネタ晴らしもちょっとノリきれなかった感じはする。
 ただ、最後のオチは前作を見ていると「ああ!そういう事なのか!」と思えたので、そこそこ満足して劇場を出た。第3作もやるそうだけど、大丈夫なのか。(★★★☆)

超高速!参勤交代リターンズ」(本木克英)

超高速! 参勤交代リターンズ [DVD]

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 前作はびっくりするくらい好きだったので、公開後すぐに見に行ったけど。こちらは前作の勢いを大きく落としてしまった。前作は参勤交代の「上り」なので江戸に近づくにつれ、チャンバラも異様に盛り上がっていったのだが、今回は参勤交代の「下り」。国許で起こる騒動の為、国盗りレベルのチャンバラなんか起こした日にはお家断絶される江戸時代、騒動をどう収束させるのかがクライマックスのメインになってしまったのは、残念。シナリオとしては真っ当だけど、チャンバラ時代劇映画としては勢いが削がれてしまった。(★★★)

「怒り」(李相日)


 評判に後押しされて見に行って、こちらは大号泣。泣きはらして帰ってきた。その後のネット上の賛否は意外と分かれていた気がするけど、1人の男の一滴の「怒り」が生み出す波紋のドラマを渾身の演出で描き出した、大力作。特に宮崎あおい広瀬すずは素晴らしかった。宮崎あおい演じる、純粋に恋人と結婚したいと願い続けた女が一瞬の疑念に迷う、その表情を映し出したその「画」はぞくっとした。あのシーンがこの映画の白眉。この画を見れて本当に良かった。(★★★★☆)

「隻眼の虎」(パク・フンジョン


 大傑作「新しき世界」の監督最新作が「ワールド・エクストリーム・シネマ」という「一日一回、一週間限定単館上映」という、驚きの小規模で公開。本当にさあ、最近の韓国映画への冷遇ぶりはどうにかして欲しい!
 日本占領下の朝鮮で、日本軍からの要請で、一線から退いた猟師親子と、人喰い虎の闘いと絆を渾身の演出で描いた映画なのだが、後半あっと驚くハートフルな展開を見せるのがびっくりである。この辺、徹底して酷薄な展開を期待する向きにはかなり賛否分かれるんであろうが、映画の惹句「殺戮だけが本能か?」という文句に嘘は無かったので、俺は嫌いじゃないです。(★★★★)

「オーバー・フェンス」(山下敦弘

オーバー・フェンス 通常版 [DVD]

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 「そこのみにて光輝く」などで知られる佐藤泰志の函館三部作の最後の一本の映画化。主演のオダギリジョーは相変わらずの凪の海のような独特の存在感。躁うつの女性を蒼井優は熱演しているのだが、正直言って痛々しさが先に立つ。山下敦弘監督のリアリズム演出の地力はさすがで安心して見られるのだが、「そこのみ」ほどのじりじり感が沸き立ってこなかったのが正直なところで、ひとつひとつのパーツはすばらしいのに、それが物語としてひとつにまとまらなかった印象。映画って難しい(★★★)

永い言い訳」(西川美和

永い言い訳 (文春文庫)

永い言い訳 (文春文庫)

 人を寸鉄釘で刺すような人間観を描かせたら日本随一の監督・西川美和監督最新作は、バス事故で妻を亡くした小説家と、一緒に亡くなった妻の親友の家族とのふれあいを描く。
 人間観の鋭さはそのままに、「それでも人は人でしか救えない」という希望のような暖かさを醸し出す西川監督の新境地。逝った側の話ではなく、あくまで遺された側の話で、彼らの無様な右往左往と、それでも生きていかにゃならん人間が手を取り合う尊さが同居する。
 面白いのは主人公を小説家にすることで、実際に自分が書く「理想とする作家像」と「無様な実像」に対して主人公が自覚的な事で。それゆえに長くコンプレックスにとらわれて来たのが、妻の死から始まる出来事を通して緩やかに溶解していく過程をも描いていて、そこがすごく共感できた。
 主人公は長く自分しか見てこなかった。他者を見なかった。だから妻が何を望み、何を考えていたのかも知らない。しかし、その後悔を抱えればこそ他者を見たときにその「愚かさ」に気づきもする。他者は自らの鏡。それに気づいた時、主人公は他者のために本気になれるようになる。
 自分の愚かさに気づき、自分の間抜けさを悔い、失った痛みに今更のたうったところで妻は帰ってこない。けれど、そんな今の自分だからこそ、救える他者もいた。自暴自棄に刹那的な主人公の奥底に眠る深く暗い絶望が、希望へと変わっていく過程を丁寧に織り込んでいる。まったく見事。大好き。(★★★★☆)

「ケチュンばあちゃん」(チャン)


 東京国際映画祭で鑑賞。「アジアの未来」部門に出品された韓国映画

 済州島に住む海女を営むケチュンばあさん(ユン・ヨジョン)は、最愛の孫・ヘジと仲良く暮らしていたが、ある日、買い物に出かけた際、ヘジを誘拐されてしまう。
 十数年後、警察から連絡があり、長く行方不明だったヘジ(キム・ゴウン)と再会できたケチュンばあさんはとても喜び、孫との共同生活を再開する。ヘジは、幼い頃好きだった絵の才能を開花させつつあり、ヤン・イクチュン演じる美術教師に才能を見いだされ、ついにはソウルで行われるコンクールに出品するが・・・。


 まったく事前情報がない状態で、見るまでここまで仕掛けだらけの話とは思わなかった。実に「韓流エンターテイメント」の粋を集めたような映画で、びっくりした。とにかく「泣かせ」の仕掛けの連打で「うわ!うわ!うわ!」と思いつつ見てた。ボクは普段、そういう映画にはあんまり感心はしないんだけど、本作はそこにひとつ、ぶっとい幹の「愛についての哲学」を滲ませていて、そこにひどく感心した。ケチュンばあちゃんの生き方が、その映画の仕掛けと相まって、非常に味わい深い映画になっていたので、日本公開決まればいいな、と思います。大好き。(★★★★)