原題 :Still Alice
監督・脚本:リチャード・グラツァー/ウォッシュ・ウエストモアランド
ジュリアン・ムーアが「若年性アルツハイマー」に罹患した大学教授の母親を演じて、アカデミー賞主演女優賞を獲得した映画である。
アリスは、言語学界で名を馳せた大学の名物教授で、順調にキャリアを積みながらも3人の子供を育て上げた。旦那は常に優しく朗らかで、人生はまさに順風満帆。
しかし、ささいなスピーチ中の「単語のド忘れ」から始まり、彼女の中で異変が起こり始める。ジョギングをしている最中に迷子になった事件はさすがに彼女もショックを受け、神経科にかかった彼女は簡単な試験を受け、脳の検査を受ける。脳の検査は正常だったが、試験のリアクションが「若年性アルツハイマー症」と合致。改めて再検査を受けた結果、彼女はその病を宣告される。こうして彼女の病と向き合う日々が始まった。
「若年性アルツハイマー」。あまりにも重い題材。それだけに、映画館の関連書籍コーナーもごらんの有様である。
医療書コーナーかよ、というね。でもね。これはしょうがないんですよ。決してかからない病気ではないんですから。
アルツハイマーはつらい病気だ。なにせ少しずつ人の記憶が崩壊していくのである。
人格は記憶によって形作られている。その人格を形成する要素が少しずつ崩壊していく。それは完全な恐怖だ。
自分の中で一番強烈に思い出せるショックだった話は、アルツハイマーに罹ったピーター・フォークを看ていた看護士さんだったかの話で、最後にはピーター・フォークは自分が刑事コロンボを演じた事すら、わからなくなっていたという話だ。そんな哀しいことあるか!と思う。ピーター・フォークが刑事コロンボを忘れるなんてことが、あっていいはずないじゃんか。しかし、最終的にはそこまでいく、という。
その運命から逃れられる人はいない。進行を遅らせることは出来る。けれど結果は覆らないのが、今のアルツハイマーを巡る現実だ。
なので予想はついていた。辛い映画になる事は。しかも「若年性」は進行がきわめて早い。
さらに言えば、自分は「若年性アルツハイマー」についての映画を見るのは、実は初めてでは無い。一度体験している。
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渡辺謙が若年性アルツハイマーにかかるサラリーマンを演じた「明日の記憶」である。監督は堤幸彦監督なのだが、彼をして演出に遊びが一切無いガッチガチのドラマである。ハッキリ言って怖かった。一度見た時に、こんな怖い事があるのだろうか、と実感したのである。最初はささいなきっかけで病が発覚。やがて、自分が自分でなくなる。壊れていく。そしてそれは止められない。
しかも世界のケン・ワタナベですら、どうしようもないという現実は、はっきり言ってホラーである。確実に壊れていく渡辺謙。見終わった後、立てなかった。私の目尻には確実に涙が浮かんでいたと思う。感動では無い。恐怖によるものである。結果なんてわかっている。最後は自分すら認識できずにいる自分しかいない。この恐怖はそうそう忘れられるものではない。
本作の場合はどうか。というと、もちろんアリスは様々なものを少しずつ失っていく。今まで積み上げてきたキャリア、人間として当たり前に出来てきた「記憶する」という行為そのものが、少しずつ出来なくなっていく。直近のことすらすぐに忘れてしまう。アリスは自分の身に起きていることを受け入れながら、「自分らしさ」が消え去ったその時は、睡眠薬による自殺するように前もって準備したりもする。
しかし、この映画が描くのは哀しみや恐怖だけではなく、その間にも起こるドラマをきちんと掘り下げていく。一番印象的なのは、アルツハイマー患者によるスピーチする場にアリスが呼ばれる場面である。彼女は記憶する能力が減衰する中で、見事なスピーチをやり遂げてみせる。
演劇志望の次女の心配、長女の出産、夫とのアイスクリーム屋でのデートなど、彼女は病が進行していく中でも妻であり、母親であり続ける物語でもある。
記憶する能力が失われる中で、「認識される」時間の経過が次第に加速度的に勢いづいて流れていく。昨日だと思っていた事が1ヶ月前であったりもする。そういう病の現実を織り込んではいるが、この映画は不思議と恐怖だけの映画では決して無いのである。
ラストに次女とのやりとりの中で彼女が最後につぶやく言葉が、この映画のテーマを言い表していると思う。どんなに記憶を失っても消えないものはある。この映画は「それ」についての映画なのだと思う。私の愛は生きている。(★★★★)
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