虚馬ダイアリー

「窓の外」のブログ

2015年上半期感想書き損ねた映画たち

「百円の恋」(武正晴

百円の恋 [DVD]

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 今年の最初に見た映画。傑作。一人の30過ぎて働かずに実家でひきこもっていた女が。勢いで家を飛び出したはいいものの七転八倒。痛い目に遭いながらやがて、ひとりのボクサーに恋した事をきっかけに、彼女自身もボクシングへとのめり込んでいく姿を描く。
 とにかく安藤サクラの役作りがハンパない説得力で、ぷよぷよな肉体のひきこもり時代からボクシングにのめり込んで見事に締まっていくまでの過程を、見事な身体作りで見せる。そこに傷つく事だらけの痛々しい人生の中からボクシングによって立ち上がる女の姿を見事な演技力で体現し、素直に感情を揺さぶられる。
 出てくる脇役たちもなかなかの痛々しさあふれるメンツで、ヒロインをてごめにする中年やもめ店員の同僚(坂田聡)みたいな人は、リアルにいそうな「匂い」を感じさせる。そういった行き詰まった人生を描き出すすえた匂いのするようなドラマが、やがてボクシング映画の王道を突っ走りはじめ、はるかなる高揚感に導かれる。
 しばらく主題歌「百八円の恋」をヘビーローテーションしてたくらい好きな作品である。大好き。(★★★★★)



ビッグ・アイズ」Big Eyes(ティム・バートン

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 夫と別れ、娘を連れて新しい町で暮らし始めた女性が、バツイチの画家ウォルターと再婚。彼女の独特の感性で描いた大きな瞳の子供の絵は、ウォルターのおかげで次第に反響を得、やがてウォルターは「その絵の作者」としてマスコミを賑わせることになる。しかし、ある日、マーガレットはウォルターという男の本性を次第に知っていき、やがて二人の結婚生活は破綻。マーガレットは「実作者」としてウォルターと法廷で対峙する。
 ウォルター演じるクリストフ・ヴァルツが、人好きのする男から次第に露わになる怪物性を体現。正直「うわあ」と思うような演技は必見である。その怪物性がやがて滑稽さへと反転する法廷シーンが白眉です。(★★★★)



フォックスキャッチャー」Foxcatcher(ベネット・ミラー

 兄貴頼みの選手生活から脱却したいレスリング選手と、彼に新たな環境を与える富豪の出会いが、やがて哀しい結末へと至るドラマを描く。
 人間の滑稽さを描いているという意味では、個人的には低体温のコメディだと思っているのだけれど、その道行きがやがてとんでもない結末へと至るため、俺の認識はあんまり受け入れられていない。だけど個人的には、本当は尊敬されたいのだけれど、受け入れられない、「コメディアン」スティーブ・カレル演じるデュポン氏のおかしみこそがこの映画の肉体だと思うのです。
 人として尊敬されて、母親を見返してやりたい。そう思いながら振る舞って、結局幻滅されていくデュポン氏の姿は僕にはどこかおかしみを感じながら見ていた部分があるのです。

 「すごいよ!マサルさん」のトレパン先生みたいな金持ちの人の話。ってTwitterで書いたら「それにしか見えなくなるからやめて」と言われました。ま、そういう話です。←違う。大好き。(★★★★☆)



「セッション」Whiplash(デイミアン・チャゼル

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 一流音楽学校に入ったニーマンくんは、ある日、伝説の音楽教師フレッチャー先生に見いだされ、彼のバンドに入る。しかし、そこで待っていたのは完璧を求めるフレッチャーの地獄のようなしごきの日々だった。フレッチャーのシゴキは苛烈を極め、いよいよ狂気に満ちていく。

 町山智浩さんと菊地成孔さんが論争を繰り広げたことでも話題になった作品ですが。


 以下島本和彦先生の「吼えろペン」より抜粋。


 個人的にはこういう映画だと思います。「違うジャンルで格闘技のメンタリティー」を描いた映画。
 音楽をスポ根ものとして見立てた映画としては面白いかも知れないが、音楽に対する喜びを描いた映画かと言われると・・・・ってことではないかと思いますね。町山さんが面白いと思っても菊地成孔さんは気にくわないってのはこの辺の認知の違いがあるのかなと。


 音楽としての喜びではなく、どちらがマウントをとるかという話で、この映画はボクシングに例える人もいますが、まさにそういう映画ではあります。音楽のプロからすれば「こんなもん」となるのもわかる気はします。教える側と教わる側。どちらが相手の尊厳を奪えるかという話です。
 こうなると好きとキライは明確に分かれると思いますね。個人的には、あんまり愉快な映画には思えませんでしたし、フレッチャー先生みたいな人間は嫌悪の対象でしかありませんので、彼と同じ土俵に乗ること自体に違和感をぬぐうことが出来なかったのでした。こんな人が上司にいたら、それだけでボイコットするね、私は。好きかキライか、と言われればキライです。(★★★)


「皆殺しのバラッド/メキシコ麻薬戦争の光と闇」Narco Cultura(シャウル・シュワルツ)



 打ちのめされた。メキシコ麻薬戦争の現実を、アメリカと隣接した国境の町シウダー・フアレスに生きる人々に焦点を当てて描き出すドキュメンタリー。犯罪と産業が噛み合って回り出すと、世界は一気に地獄と化す。「ナルココリード」という麻薬カルテルのボスたちが、自分たちの唄を依頼し、それがアメリカで音楽ジャンルとして認知されていくとい過程も、興味深くも恐ろしい。6年で12万人が死ぬ麻薬戦争の現実。殺した側は罪に問われず、そして死人は年々増えていく。麻薬カルテルは英雄として取り上げられ、ドラマの主人公になったりする。もうメチャクチャ。
 この世の地獄はあるんだな、と。見終わった後、周りの風景がちょっと違って見えてしまうくらい。そのくらい衝撃を受けた。とりあえず、一見を奨めます。(★★★★★)