虚馬ダイアリー

「窓の外」のブログ

「苦役列車」

toshi202012-07-24

監督:山下敦弘
原作:西村賢太
脚本:いまおかしんじ


 人間死ぬときは死ぬ。落ちぶれるときは落ちぶれる。あっという間だ。



 生まれた時はみんなと同じ。「平等」だ。しかし、なんかのはずみで人生は容易に狂う。いくらでも沈む。その沈む時期が早すぎると、取り返しがつかなくなる。どこまでもどこまでも、はてしなく孤独。それに身体を慣らしても、やがて、やがて、欲することになる。孤独を癒してくれる、何かを。


苦役列車 (新潮文庫)

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モテキ (1) (イブニングKC)

モテキ (1) (イブニングKC)


 「モテキ」でブレイクした森山未來主演で、西村賢太芥川賞受賞作を「マイ・バック・ページ」の山下敦弘監督が映画化した作品。



 小学生の頃、北町貫多少年はお母さんと妹と一緒にテレビを見ていた。「ウィークエンダー」という番組を。そこに突然映る父親の顔。世にも憎むべき、性犯罪者として取り上げられた夫の姿に、母親は狼狽して、テレビを消した。
 その日から北町貫多少年の人生は、大いに流転する。


 世間からは石を投げられ、夜逃げ、一家離散、中学卒業後に、生きるために劣悪環境の日雇い労働者として食いつなぐ。学校にも行けるはずはなく、友達もなく、心は卑屈になるばかり。思春期のもんもんとする時期を孤独に過ごした。
 そんな彼が、唯一心の糧にしていたもの。彼の中の人生の楽しみ。それが読書、そして風俗通い。月1万円のアパートの家賃すら滞納しながら、彼は稼いだ給料を風俗に注ぎ込む。


 この映画はそんな少年が、19歳になったときの話である。
 青春の「せ」の字もない、荒廃した10代を過ごした北町貫多(森山未來)、10代最後の年。日雇い労働の仕事に、同い年の青年がやってきた。彼は、田舎から出てきた専門学校生で、日下部正二(高良健吾)と言った。彼が日雇い労働を始めてから、初めて出来た「トモダチ」だった。
 貫多は、いきつけの古書店にバイトしている女学生・桜井康子(前田敦子)に密かに恋をしていたが、どうやって話しかけていいかもわからない。そのことを正二に話すと、彼は彼女に貫多を紹介し、康子に「友達になってやってくれ。」と言うと、彼女は承諾してくれた。
 こうして北町貫多、19歳。「青春」の「せ」が始まった。


 森山未來がとにかくすごい。趣味の読書で培った屈折したプライドを抱えながらもどこか卑屈で、性欲はあふれかえり、性に対して即物的。カネは右から左へ風俗へと流れ、あまりに孤独にこころを慣らしすぎた為、人との距離の取り方がまるでわからない。その結果「女子とトモダチになる」=「即セックスできる」という思考を、正二に恥ずかしげもなく披瀝するほどの、痛いその日暮らし男を、見事に体現してみせる。


 「性犯罪者の息子」という「十字架」を背負い、自分が中卒であるという劣等感を抱えて、初めての専門学校生の男友達、女子大生の女友達とつるみ始めるが、孤独が深すぎて距離の詰め方が急すぎる貫多は、康子にアプローチの仕方を間違えてはドン引かれ、学生仲間とも仲良くなり始めた正二が自分と距離を置き始めると、孤独に耐えられなくなってくる。
 やがて、二人の友達を傷つけて、友情を失っていく。
 そのあまりのひりひりとした「痛み」に悶絶しそうになりながら見ていたのだけれど。


 さて。
 彼は日雇い労働者の中で生きているが、そのくせ同僚達を「いい年をして日雇いなどをしている中年ども」と見下している。30代で日雇いをしていて、若者に「夢を持て」などとのたまう同僚の中年男性(マキタスポーツ)を貫多はずっと小馬鹿にしていたのだが、ある日、彼が倒れたフォークリフトに足を挟まれ、足の指2本を切断する重傷を負う事故を貫多は目の当たりにする。
 入院先から抜け出したその男に、同僚から頼まれた選別金をカラオケスナックで渡す貫多。「これっぽっちかよ。」と毒づいた後、「夢なんて持ったっていいことねーぞ。」と貫多に言い放ち、貫多が密かに抱いていた「書き物」を生業にする夢を一蹴。男性はカラオケを気持ちよく歌っている客のマイクを強奪し、森進一の名曲「襟裳岬」のサビを熱唱する。


 俺はこの「襟裳岬」の熱唱を聴いて、号泣したのだが、貫多の中では「俺よりも悲惨な奴だっている」という慰めにもなっている、という流れだった。
 ところが、ラスト。その「慰め」を糧になんとか生きていた男を、どん底へとたたき落とす展開に椅子からずっころげた。


 このラストは原作と違うとのことなのだけど、ただ、底の底の中にいることに気付いた貫多が、傷つき泣きながらも、青春の「せ」の字を思い出し、人生を走り出すその展開は、この重苦しく垂れ込めた、モテキなどない、やり直しも利かない、がんじがらめの現実に地を這うような青春物語に、軽やかな後味を与えてくれてもいると思いました。(★★★★)


アゲイン!!(1) (KCデラックス 週刊少年マガジン)

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