虚馬ダイアリー

「窓の外」のブログ

「スーパー・チューズデー 正義を売った日」

toshi202012-04-11

原題:The Ides of March
監督:ジョージ・クルーニー
原作:ボー・ウィリモン
脚本:ジョージ・クルーニー、グラント・ヘスロフ、ボー・ウィリモン


 夜中にかかってくる電話は不吉である。


 深夜2時すぎ。ふと携帯電話が鳴る。寝ぼけて鳴ってるケータイ電話を取って電話に出る。男の声で隣で寝ている彼女の名前を呼んでいる。
 あれ?良く見ると、オレのケータイじゃない。てことは彼女に夜中に掛けてくる男がいるのかしら?彼女を起こして電話が鳴っていたことを告げて様子を見る。彼女はなんでもない相手というようなことを言う。男にいたずら心が沸いて「オレ、そいつの電話番号にかけちゃうもんねー、えへへー」とはしゃいでみる。彼女は本気で怒り出す。可愛いなーもう。こうなったら、ほんとに電話かけちゃうぞっと。さて、男が出た。


 ・・・その相手が、上司で、しかも大統領候補だったら。オー人事オー人事

 

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 こないだ、「アーティスト」を見た時にジョージ・クルーニー主演の「ファミリー・ツリー」の予告編がかかってたのでマジマジと見ていたのだけれど、ナレーションが小山力也さんで。「あー・・・やっぱりジョージ・クルーニーには力ちゃんだよねー」と、すごくほっとしながら見ていた。
 ジョージ・クルーニーくらいのキャリアになると、印象的な役や変な役もいっぱいやっていて、人によって「ジョージ・クルーニーならこれ!」というイメージがあるかもしれないけど、私としてはなんだかんだ言って、「ER」のDr.ロスのイメージがいまだに強い。二枚目で女たらしで皮肉屋で、時に暴走もするけれどいざという時に持ち前の熱血漢ぶりを発揮する、というキャラクターで、真面目で家庭人で品行方正なDr.グリーンとの親友コンビはいまだ忘れがたい。
 その「ER」の第1話をね、この映画を見てふと思い出したのですよ。


 あの第1話の引きは、「ロスと付き合ってた看護士のキャロルが自殺未遂でERに搬送されてくる」・・・という展開だった。


 この映画に出てくるジョージ・クルーニー演じるマイク・モリスは理想に燃える民主党系の知事で、大統領選に売って出て、オハイオの予備選を戦っている。主力メンバーはベテランで忠誠心をなによりも重んずる選挙参謀のポール・ザラ(フィリップ・シーモア・ホフマン)、そしてその辣腕から若くして広報官に抜擢されたスティーヴン・マイヤーズ(ライアン・ゴズリング)である。
 選挙はマイクの優勢で進んでいる。清廉潔白で理想家肌でカリスマ性もある。なにより、イケメンだし、言うことにも勢いがある。このまま進めば、スティーヴンには輝かしいキャリアが待っているはずだった。しかし、そうは問屋は卸さない事態が待ち受けている。


 ひとつは、相手方の選挙参謀・トム・ダフィー(ポール・ジアマッティ)が彼にアクションをかけてきたことである。父親と偽ってスティーブンに電話を掛けてきた彼は、言葉巧みに大量の票田を持つ有力議員についての情報をちらつかせながら、スティーブンとの面会を勝ち得る。微妙な時期に敵陣営の人間と会うことは御法度であるにも関わらず、スティーヴンがダフィーと会ってしまったことは、結果、ポールの激しい怒りを買い、陣営内に亀裂を生んでいく。

 そしてもうひとつ。スティーヴンは陣営の20歳の女性インターンと恋に落ちるのだが、その彼女に夜中かかってきた電話。その相手についてスティーヴンが知ってしまったことである。


 この映画に出てくる人間たちは理想家である。しかし、勝つためには手段は選ばない。二律背反、だれもが理想を夢見て、セカイをこうしたいと願いながら、人はいつでも現実の中で拘泥している。ましてや政治の世界たるや。誰もがキレイではいられない。
 事態が進展するごとに、人間関係が激変し、悲劇が起こり、やがて、理想を掲げた人々が保身と打算、妥協にむしばまれはじめる。


 ジョージ・クルーニーは清濁どちらも演じられる「自分」を知っている。彼は昔から女を泣かせる役を演じてきた。だからこそ、理想を語りながら決して理想的ではない男の役を自分で演じながら、その男を中心とした選挙の悲劇と妥協と打算の内実を、監督として冷徹に見つめることが出来る。
 優秀ではあってもゆさぶりに弱いスティーヴンは奇しくも、悲劇を通じて広報官として一皮むけていく。それは、彼が理想家というプライドを売り渡した日に始まっていく。映画のオープニングでイキイキとした表情をみせていたスティーヴンが、エンディングでは表情をなくした人物へと変貌を遂げている。哀しいかな、それが、皮肉にも選挙参謀の「正しい資質」なのである。(★★★★)