虚馬ダイアリー

「窓の外」のブログ

「シリアの花嫁」

toshi202009-04-05

原題:The Syrian Bride
監督:エラン・リクリス
脚本:スハ・アラフ、エラン・リクリス



 結婚式当日だと言うのに、その花嫁は哀しそうな目をしていた。


 美容院に姉と、姉の娘たちとともにその花嫁となる娘は現れた。美容師が髪を順調にセットしはじめた頃、姉が頼んだカメラマンがやってくる。髪のセットを終え、花嫁は用意された衣装に袖を通す。カメラマンの前に着替えて現れた花嫁。美しい面立ちの娘に、純白の花嫁衣装はよく映えた。だが、カメラマンがカメラを向けても、彼女は笑顔を見せない。カメラマンがいぶかると、姉はカメラマンに言う。
 「今日で、永遠の別れ。」
 カメラマンは驚き、とても理解できないまま、姉の頼みでカメラを回す。カメラの前で、姉は言う。


 「タレル、これをあなたが見た時、モナはあなたの妻のはず。今日が姉妹ふたりの最後の日よ。宝物をあなたに託す。」


 花嫁であるモナは、親戚でシリアのテレビ俳優・タレルの元へと嫁ぐことになっている。モナの出自はイスラエル占領下のゴラン高原の村だ。ゴラン高原に住む人々はイスラエル占領を認めず、彼らの国籍は「無国籍扱い」となっている。モナもその例にもれない。だが、嫁ぎ先のシリアへと入り、タレルと籍を入れれば彼女は「シリア国籍」が確定し、イスラエル領であるゴラン高原へは帰れない。
 モナの父親は親シリア派の活動家で、投獄された経験を持つ。警察は父親をマークしており、ゴラン高原とシリアの「境界線」で行われるモナの「結婚式」の情報もつかんでいる。
 村の長老たちは異教徒に嫁ぐことになるモナの結婚に反対しており、父親に「結婚すれば村八分にするぞ」と脅しをかける。ロシア*1から帰ってきた弁護士である長兄は、親の反対を押し切って医師であるロシア人女性と結婚したことで、父親から距離を置かれている。次兄は、赤十字の職員であるフランス人の娘と交際していたが、浮気性のため、彼女に愛想を尽かされている。姉は、世間体を気にする夫に嫌気がさしており、有意義な人生を送るために大学進学を望んでいる。そしてその娘は、イスラエルに帰順した家の男の子と付き合っているが、父親に強硬に反対されている。
 そんな様々な事情を抱えた家族が、モナの「境界線上」の結婚式へと集まった。「境界」の向こうには花婿が待っている。だが、花嫁が越えねばならぬ境界線上に様々な問題が浮上する。
 その問題をひとつひとつ、解決するうちに長年のわだかまりが少しずつ溶けていく家族。だが、最後に立ちはだかるのは、意固地で融通の利かない「役人仕事」の理不尽だった。その理不尽に振り回され続ける花嫁とその家族たち。だが、そんな中、花嫁がいたはずの場所から忽然と「消えた」。


 ゆきて戻れぬ道なれど、さりとて私はその道を行く。ずっと目に哀しみをたたえていた花嫁は、様々な障害を越えて決意を胸に、軽やかに境界を越えていく。彼女の背中を見送ったあと、決然とそこから去っていく姉。
 複雑な国情を抱えたゴラン高原に住む一家族を通して、彼らの抱える理不尽な状況を描きながらも、ユーモラスな喜劇としての力強さもそなえた群像劇であり、そして最後には普遍的な結婚の物語へと帰結する。
 エラン・リクリス監督はイスラエル人だそうだが、自らの国の抱えるどうしようもない矛盾点を突きながらも、きちんとエンターテイメントにしてみせる手際があざやかで、大変感嘆させられた秀作。(★★★★)

*1:ロシアは親イスラエル国なので、行き来は自由。