虚馬ダイアリー

「窓の外」のブログ

「ワルキューレ」

toshi202009-03-26

原題:Valkyrie
監督:ブライアン・シンガー
脚本:クリストファー・マッカリー/ネイサン・アレクサンダー



 ああん、ナチス軍服の男たち。なんて美しい。あたくし、うっとり。


 という映画。・・・・いやまあ、むろんそれだけの映画ではない。この映画は基本「軍服が似合う男たち」が故国のために「独裁者」を追い落とし、国の実権を握り、戦争を終結させる作戦を決行するサスペンス娯楽作品である。
 気骨がありすぎて前線に送られたあげく、重傷を負い、失意の帰国。独裁者にうんざりした一軍人が、「お国」のために反逆することを決意する。既存の作戦「ワルキューレ」を利用して、ドイツそのものを掌握する大胆不敵な謀略を立案、首謀者として実行する主人公・シュタウフェンベルクトム・クルーズ。言ってみれば「政変」を目論んだ男たち(女も若干名)の物語である。
 この映画において、登場する人物たちはどれも美しく、かっこよく撮られている。美術も大変美しく、画的なこだわりは半端ない。サスペンスとしても、ナチスドイツに対する大胆な作戦をひとつひとつ積み上げていく過程をきちんと描いているので、手に汗握る。


 ・・・のだが。


 俺にはどうにもこの映画、好きになれん。理由は単純で、この映画には物語る人々に「情念」が感じられない。この映画における「ワルキューレ作戦」は言ってみれば国そのものを乗っ取る、という「狂気の沙汰」だ。失敗すれば、死よりも酷いものが待っている可能性のあった時代である。その「狂気の沙汰」を映画化するのがこの映画の眼目であるならば、この映画の舞台となる時代背景は大変重要で、狂気の沙汰を「実話」だったから、というだけで、「失敗か/成功か」という二極でこの題材を描くのは、どう考えても踏み込みが甘い。
 反乱分子の同志たちは「自分たちはヒトラーの側近にならなかった者ばかりだ」と自分たちの信念を強調するが、彼らが結果的に荷担してきたものや、ドイツ国民がどのような惨状を目の当たりにしてきたのかは、この映画はすっぱりと切り捨てられている。
 ブライアン・シンガーユダヤ人のはずだが、心は完全にナチ軍服に身を包んだ男たちに入れ込んでいるのか、それとも自分の出自の視点をあえて排除したのかはわからんが、それにしたって、この時代の混沌をまったく描かずに、彼らの志を表現することは出来ないはずじゃないかと思う。


 この映画はあくまでも「歴史的な悪役」ヒトラーを時代のアイコンとし、彼の「存在」をサスペンスのキイとして、「ワルキューレ事件」をエンターテイメントにしているのだけれど、ナチスドイツをあまりに一面的に捉えすぎていて、「ヒトラーやその側近を排除すればドイツは変われる」ということを前提として疑うことがない作劇、というのはいくらなんでも無邪気すぎやしないか。ナチズムが台頭した国で、頭がすげ変わっただけで、国の状況そのものが変わるものなのか。そういう逡巡がまったくないのは、広義で蔑まれるところの「ハリウッド大作」な感じがして、「いやあーな感じ」がしたのである。
 見ている間は決して退屈はしなかったし、リアルなエンターテイメントとしては悪くはない。けれど、全編英語でドイツの話をやる、という点も含めて、どうにも他国の歴史を乱暴に扱ったザ・ハリウッド映画、という印象を強く持ってしまった。(★★★)