虚馬ダイアリー

「窓の外」のブログ

「ディパーテッド」

toshi202007-01-24

原題:The Departed
監督:マーティン・スコセッシ 脚本:ウィリアム・モナハン
http://wwws.warnerbros.co.jp/thedeparted/


 潜入捜査で、長く裏世界に身を沈めた青年がいる。ボスは、このところスパイの存在を疑い始め、手を打ち始めていることを、青年は察していた。ボスの呼び出されて彼の元へ行くと、ボスはネズミの絵を描いている。(妙に上手い)。そして、ボスは青年をくんくん嗅ぎながら言う。



 「ネズミくせえ」



 あまりにあからさまな疑いっぷりで冗談のようだが、笑うところではない。このシーンは、妙に気圧される何かがあった。ような気がする。


 香港ノワールの傑作「インファナル・アフェア」のリメイク、だという。ヤクザの世界から警察官になった青年、警察官からヤクザの舎弟になった青年という、構図はそのままに、舞台を香港からボストンに移しての映画化なのだけれど、
 しかし、面白いな、と思ったのは、ニコルソン演じる裏世界のボスだった。彼はファミリーのドンというよりは、下品で粗野で狂気を孕んだ怪物なのだ。部下は彼の力を恐れて従っているに過ぎず、彼一人に、街はかき回されている。
 オリジナルのもう一つの核だった、暗黒街のボスと警察の警部との因縁は存在はすれど希薄になった、警察は組織だって彼を追う。だが、彼は時に巧妙に立ち回り、時に烈しく動き、尻尾を掴ませない。オリジナルの情報戦の駆け引きから生まれる緊迫感はどちらかというと薄く、むしろ、ニコルソンに周りのみんなが振り回されている、という印象が強い。


 オリジナルと決定的に違うのは、善悪さだかならぬ人生の中でしかし、どんなに泥をかぶっても警察官であるという気持ちだけは大事に持ち続けた主役2人の焦燥を描いていたオリジナルに対し、こちらはどちらかというと、どんどんチンピラに染まっていく潜入捜査官と、チンピラの心を持ち続けた警察官が、ヤクザの親分に恫喝(意識、無意識関わらず)されながら、動き回るという印象で、どうしても小物臭が漂う。まさにネズミという感じなのである。
 オリジナルではヒリヒリするような緊張の中にも凛とした様式美漂うクライマックスの対峙が、こちらでは完全にチンピラの恫喝の様相なのであることでも明らかだと思う。オリジナルを大筋でなぞりながらも、奇妙に泥臭くて、哀感もへったくれもないあっさりとバタバタと人が死んでいくあの妙に乾いたラストに、ニコルソンの、いやさスコセッシのせせら笑いが聞こえるようであります。


 お前らは所詮ネズミよ、チンピラよ、と。


 かくして、善悪さだかならぬ無間地獄を描いていたはずの映画は、カオスの権化に魅入られた人々の物語に形を変えたのであった。
 切なきは、ネズミの一生、ということなのだろうか。(★★★)