虚馬ダイアリー

「窓の外」のブログ

「硫黄島からの手紙」

toshi202006-12-10

原題:Letters from Iwo Jima
監督:クリント・イーストウッド 脚本:アイリス・ヤマシタ
公式サイト:http://wwws.warnerbros.co.jp/iwojima-movies/


 本作と対を為す「父親たちの星条旗」を含めた「硫黄島2部作」を両方見終えた今、言えること。

 イーストウッドはこちらを作りたかったのだろう。


 イーストウッドがあからさまに映像のレベル、演出のレベルで2作品の間に差をつけるような人間でないことはわかってるし、撮るからには両方本気で撮ったろうが、しかしながら、どちらをイーストウッドが撮りたかったかと言われれば、あきらかに「こちら」だろう。そう思うのだ。


 だって、「父親〜」のほうはさ、しょせん「硫黄島の写真をダシにして国の軍資金集めに手を貸した偶像たち」の話でさ。米国人の彼らの人生にとっては、硫黄島ってのはなんだかんだ言って「思い出したくもない悲惨な通過点」でしかないわけですよ。無論、硫黄島が重要なモチーフではあろうし、「そこで失った友こそ英雄だった」というのが本心とは言え、一方で転戦を免れ、故郷に帰れて「ほっとした」部分がなかったか、と言われれば否定できないだろう、と思う。
 一方、硫黄島の日本軍のほうはですよ。米・空軍の重要な拠点になる最重要地点として、日本の領土として死守すべく配備されながら、戦況の悪化によって真っ先に見捨てられた奴らなわけですよ。
 来るはずの海軍は壊滅、頼んだはずの援軍は来ない、水はない、食料もない、赤痢で兵がばたばた死ぬし、銃弾の補給すらままならない、という中で、東京から数千キロはなれた土地で、米軍が来ても逃げずに守り抜け、とか言われる状況。つまりさ、国から「死ね」と言われた連中の話なわけですよ。お前ら全員、硫黄島を枕に死ねと。


 この映画の大半の登場人物たちにとっては1944年は「過去」ではなく「今」でしかない。


 「死と生の葛藤」の作家・イーストウッドがこのシチュエーションで燃えないわけない。事実、多大なる情熱をもって臨んだのだろう。老骨にムチ打って大作2作を一気に仕上げてしまうほどに。ギリギリの状況中でそれでも逃げずに戦おうとした人々の躍動を描く。もう楽しくって仕方なかったでしょうよ。でなきゃ、あの大監督が、これほどのディテールで、しかも日本人俳優としっかり相対しながら、ここまでのフィルムを作る義務ないもん。


 ていうか、最初の企画段階で本作一本だけで製作しようとしたら、アメリカでの興行のとっかかりがないと製作会社に渋られて、「仕方なく」アメリカ視点の「父親〜」も撮った・・・という邪推すら起こしてしまうほど、エモーショナルなドラマとしての完成度は、本作の方が圧倒的に勝っている。


 迫る米軍を前に死を選ぶ者、上官を侮蔑しながらもギリギリの状況で愚かさをむき出しにする者、どん欲に生きようとする者、死闘を繰り広げながら人として敵兵に向き合う者。そして、家族への思いと、国への責務の間で葛藤しながら、絶望的な状況に抗おうとする者。


 無論関係者の大半が死んじゃっているから、「ユナイテッド93」のように「実話のような虚構」なんだけれども、だからこそ同じ透徹とした眼差しで見つめても、「父親たち〜」のような記録映画的冷たさがなく、非常にシンプルなドラマツルギーを獲得できているわけです。だって泣きましたもん。4回くらい泣いた。
 特に良かったのが、西大佐(伊原剛志)が治療の甲斐もなく亡くなった米兵の持っていた、母親からの手紙を読むシーン。不意をつかれた。このシーンは「硫黄島2部作」を象徴する、屈指の名シーンであろう。このシーンのためにこの作品はあった、と言い切っていいと思った。
 「父親〜」とクロスオーバーする戦闘も含め、「父親たち」では微動だにしなかった感情が、どどーっと溶けていく。もう号泣ですよ。


 まあ、二宮和也は頑張っているとはいえ役不足なのは明らかだし、素晴らしい面構えの渡辺謙中村獅童はともかくも、加瀬亮や伊原剛は「戦争を知らない世代」の限界を露呈している。
 それでも、この戦闘の激しさ、自決を教養することの無惨さ、無茶な突撃でむざむざ兵を死なせることの愚かさ、極限の状況の中で命が軽くなっていく哀しみを克明に描き、戦争の醜さを冷徹に描き上げる。かつて日本映画が持っていた躍動と、戦争に対して持っていた批評精神を湛える、今の日本映画が持ち得ないポテンシャルの作品を作り出したイーストウッドには、大いなる敬意を表さざるを得ない。傑作。(★★★★★)


P.S.でも、戦争はこれで終わりじゃない。ここから日本は、さらに悲惨な戦いに足を踏み込んでいく。この作品の正続編は、硫黄島より悲惨な状況を描いた、岡本喜八監督の大傑作「激動の昭和史・沖縄決戦」であろう。東宝はさっさとDVD化しやがれこの野郎。