虚馬ダイアリー

「窓の外」のブログ

「死者の書」

toshi202006-03-02

監督・脚本:川本喜八郎


 ストップモーションアニメの作り手は、欧米露*1だけにいるのではない。日本には川本喜八郎がいるっ!

 というわけで、岩波ホールに久々に来た。どうも足が向きにくい理由は、娯楽性に乏しいラインナップが多いからである。だから、ここの作品はとっつきにくい雰囲気があるのだ。川本喜八郎の操演がもはや超絶の域であるこの映画も一見、実にむずかしい台詞回しで観客を突き放す。だが、物語に踏み込めば、それは今とかわらぬ普遍を見せるのである。


 時は8世紀半ば。当時の日本の最先端都市・平城京。奈良の都で、いま、ブームなのがなんつったって仏教である。才色兼備、ちょーイケてる藤原南家の郎女(いらつめ、声:宮沢りえ)たんはその最先端である写経に励む日々であった。春の彼岸の中日、部屋から遠く見える二上山に、なんでか神々しくってなによりすっげーイケメンで上半身裸の佛ひと(仏人)が見えたいらつめたんは、もうすっかり萌え萌え。「あたしこの人のために写経を千部やっちゃうわ」と心に決め、やおい同人誌出版写経スタート。
 そして秋のお彼岸にも、そのイケメンのお姿が見えちゃって発憤したいらつめたん、翌年の春のお彼岸には千部写経を終えたのであった。最後の経を書き終えたいらつめたんは、気がつくと二上山の前の寺にいた。なんとここまで歩いてきたらしい。そのころ、実家は郎女が神隠しに遭ったと大騒ぎになっていた。


 当時のお寺の女人禁制の結界を破ったせいで物忌み*2を静かに行っていた彼女は、黒柳徹子みたいにおしゃべりな語り部の老女(声:黒柳徹子)から、50年前、才色兼備で人望も厚かったが、無実の罪で捕らえられ、無念のうちに死を迎えた一人の皇子の話を語って聞かされる。


 その皇子こそ、二上山に葬られた大津皇子であった。彼は死ぬ間際、一人の美しい女性・耳面刀自(みみものとじ、以下みみたん)を見たことが忘れられず、その執心でこの世をさまよっていたのだった。そして、彼の執心は、みみたんの写し鏡のようないらつめたんへと向かうのだが。



 この物語は、政争によって、無念のうちに死んだ恨みと女性への執心をうちにさまよう、悲劇の皇子の魂が信仰を超えた愛によって救われる、と言う物語である。だが、執着へと狂う魂や、郎女が信仰からイケメンへの執着にも似た愛情へと狂っていくあたりは、なかなかにカオスな感じ。川本喜八郎の演出は基本的に端正で、流麗であるのだが、特筆すべきは、そのカオスを人形の内面に映し出す技ではなかろうか。けして表にはださぬながら、動くことによって魂すら感じさせる技。その凄みがじんわりと滲み出るようにあふれてくる。

 イノセントな狂気、ともいえる純粋な思慕が、やがて悲恋へと導かれる。高尚な会話が続く原作の色を殺さずに、その普遍性へと切り込んだ川本監督。成功したかどうかはともかく、80歳にして一世一代の冒険してみせる作家力に感服する1作。(★★★)

*1:米にティム・バートン、欧にニック・パーク、露にユーリ・ノルシュテイン

*2:一定の期間、外部交渉・飲食やらの行為を慎むことで、身体を穢れから清めて神事を行うための<斎戒・沐浴>