虚馬ダイアリー

「窓の外」のブログ

「美しき野獣」

toshi202006-02-19

監督・脚本:キム・ソンス*1
公式サイト:http://www.beautiful-beast.com/

 刑事はと種違いの弟を殺された。検事は家庭を犠牲にして、悪を追った。追う犯人は同じ。彼らは、運命の悪戯に導かれ、出会った。


 犯人を執拗に追い、殴りつけることも厭わない刑事・ドヨン。彼は戸籍上はつながりのない弟を殺した犯人を追うべく、上には無断で独断で捜査を始め、彼はある組織が弟とつながりがあることを突き止める。一方、有能だがあまりに正義感が強すぎるがゆえに、地方へ飛ばされ、ようやくソウルへと返り咲いた検事のオ・ジヌも別の事件で、黒幕を突き止め、幹部の一人を張っていた。その幹部のもとへドヨンが殴りこんできたのだ。
 その組織を仕切っていたのはオ・ジヌが飛ばされる直前、脱税の疑いで逮捕したユ・ガンジンだった。彼は出所してから、福祉活動を行い、良き家庭人としての表の顔を持ちながら、裏ではより力を強め、その力は検察上層部・政界にまで及んでいた。彼らがともに追っていたのは、この男だった。


 二人は協力し、敵との壮絶な駆け引きの末に追い詰めていき、やがてユ・ガンジンを捕らえる。だが、彼らには思わぬ運命が待ち受けていた。



 主演が韓国屈指のスター・クォン・サンウが復讐に燃える型破りな刑事を演じ、冷徹なエリート検事を演じるは演技派として鳴らすユ・ジテ。ここから俺が想像したのは王道を行く刑事ドラマだった。そして、序盤はその期待を裏切らない。クォン・サンウは無精ひげとボサボサの髪で過剰とも思えるほどの感情を発散させるドヨンを熱演し、ユ・ジテの情熱をうちに秘めたクールな検事を見事に体現してみせる。だが、中盤あたりからこの映画は別の顔を見せ始めるのだ。



 彼ら二人を待つのは、巨悪が見せる、底なしの闇である。



 この映画の3人目の主役。それはヤクザのボス・ユ・ガンジンその人である。彼は常に笑顔と礼儀正しい振る舞いを欠かさない。だが、その奥に秘めた残虐さと狡猾さは、底なしだった。逮捕されてもなお、彼は余裕の態度を崩さない。そして、裏から手を回して関係者を始末していく。
 そんな男を不気味に、そしてぞくぞくするほどの貫禄で演じているのが、韓国が誇る名バイプレイヤー・ソン・ビョンホ。追い詰められるほどにさわやかになっていく笑顔の不気味さたるや!もう、体の芯からゾクっとくる。いい。


 パク・チャヌクの助監督経験もあるキム・ソンス監督が描くこの映画は、悪が正義を飲み干そうとする、ピカレスクロマンでもあるのだ。悪に追い詰められていき咆哮する二人。特に感情を押し殺していたユ・ジテが、その感情を迸らせる瞬間の切なさは、たまらんものがある。


 やがて二人は、それぞれの道を行く。彼らは彼ら自身の正義を貫いていくが、それは悲壮な道。あまりにも壮絶な運命を突き進む。正義を言うは易く、行うは難い。この映画が問うのは、巨大な悪に対して正義を貫くという困難さだ。
 そして悪は、大きければ大きいほど、笑顔を絶やさない。そして、その裏に隠された強烈な孤独すら体現したソン・ビョンホなくしてこの映画はありえなかった。コリアン・ノワールの秀作である。(★★★★)

*1:「武士-MUSA-」の監督とは同姓同名の別人