虚馬ダイアリー

「窓の外」のブログ

かつての「仇敵」の子孫が首長を目指す地方都市首長選

toshi202013-04-12




 先頃、朝日新聞の記事で、こういう話題が出た。

14日告示、21日投開票の滋賀県彦根市長選で、153年前に彦根藩主の井伊直弼(なおすけ)が暗殺された「桜田門外の変」の因縁が話題になっている。桜田門外の変に参加した薩摩浪士の一族の子孫が立候補を表明。これに対し、通算4期目を目指す現職が「井伊家のまちを守る」と批判を強めている。市長選は、前回惜敗した無所属新顔も絡んで激戦模様だ。市民の間には「争点にふさわしくない」と冷ややかな声もある。

 4月初め、現職の獅山向洋(ししやまこうよう)氏(72)の確認団体が作成したビラ4万枚が市内で宅配された。ビラでは立候補表明した新顔の有村国知(くにとも)氏(38)の一族が桜田門外の変に参加したとし、「同氏の行動(立候補)は、とうてい容認できない」と批判。もう1人の新顔の大久保貴氏(49)にも有村氏の立候補について「見解を明らかにするべきだ」と求めた。

 このビラに対し、有村氏は8日会見を開き、「人の生まれは自分では決められない。市長選とは全く次元の違う話を、自分の利益のために利用している」と現職側を強く批判した。

 有村氏は、有村治子自民党参院議員の弟で元秘書。彦根市と隣接し、母の実家がある同県愛荘町の出身で、父は元県議長、兄も県議。「愛着がある彦根に活気を取り戻したいと考え、市長をめざしたい」との理由から昨年10月に同市に転入した。

http://www.asahi.com/politics/update/0410/OSK201304100023.html


 俺は「へえー」と思って妙に感心してしまった。地方の首長選らしいエピソードである。この記事に対するはてブのコメント欄は「虚構新聞かと思った」や、「ネタじゃないのか。」という冷淡な反応も見られたのだが、僕は逆に「なんで、有村家のニンゲンを担ぎ出したんだ。」という方に意識が行っていたので、「え?」となってしまった。「出自による差別じゃないか」という話も出てきたのだが、しかし、そもそも有村氏の出馬は確信犯なんじゃないか、と思って見ている。


 記事では、有村氏の祖先・有村次左衛門についてこうつづる。

 有村氏の祖先は薩摩藩を脱藩した有村次左衛門。水戸浪士とともに桜田門外の変に参加したが、重傷を負って自害した。有村氏はその次左衛門の末弟の子孫にあたるといい、「(子孫であることは)代々伝えられてきた」という。

しかも、である。この次左衛門は単に参加しただけではない。



駕籠の外から刺され、もはや意識のない井伊大老を駕籠から引きずり出し、


首を落とし、


その首を刀の切っ先へつけ、


高々と掲げた人物なのである。

みなもと太郎風雲児たち 幕末編」21巻より引用)


 これを、有村候補は知らないわけではないはずだ。井伊大老にとどめを刺した人物の子孫であるということを。
 この事件を契機に、彦根藩は藩とりつぶしの危機に陥り、一歩間違えれば水戸藩との全面戦争だってあり得た。たまたま「桜田門外の変」の時に行列にいた武士たちの末路の悲惨さも含めれば、まさしく晴天の霹靂とも言うべき事件である。


 有村氏が「次元の違う話」というのはわかる。「それより政策論争すべき」というのはまったくその通りなのだが、面白いのは何故。何故わざわざ、彦根藩の仇敵とも言うべき人物の子孫が「彦根市長選」に出てくるのか、だ。よりにもよって彦根市じゃなくてもいいじゃないか、という感じがしないでもない。
 なんか萩市長選に吉田松陰を死に追いやった「安政の大獄」の井伊大老の子孫が出馬する、みたいなもので、「なんでわざわざ」という感じは正直ある。そういう方が彦根市の市長になったら「面白い」とは思うのだが、彦根市の人々はそういう選択をするのだろうか。井伊家の子孫の市長が6期36年も努めた、なんていう地縁の強い保守的な地方都市では、なんだかんだ言ってムズカシイ気がするのである。が、それでも「立候補する」選択をするというのはそこに並々ならぬ意思を感じるし、今回の相手方の「攻撃」もむしろ織り込んでの出馬なのだと思う。


 彦根市は事件から110年後の1964年に、事件の首謀者・水戸藩士のお膝元・水戸市と親善都市提携を結ぶなど、事件の因縁が時代が進むにつれて氷解してきた今ならば、もしかしたら恩讐を超えて、かつての仇敵の子孫を首長に戴く日が来るのかもしれぬ。「有村候補」がその事に自覚的ではないか、と僕は邪推していたりする。
 ま、こういう話に、なんとなく面白く思ってしまうのは「血縁」を重視する「日本人」故、かもしれないが、歴史の巡り合わせというものは、どうしても感じてしまったりする。


風雲児たち 幕末編 21 (SPコミックス)

風雲児たち 幕末編 21 (SPコミックス)


 このエントリで引用した「風雲児たち」は奇しくも「関ヶ原から続く恩讐」が幕末の激動へとつながっていくことを描いた大河歴史ギャグ漫画でもある。歴史の動きは、過去の恩讐と決して無関係ではない。さまざまな因縁が、大なり小なりのさまざまな人物の躍動を生み出していく。この「恩讐」という「勢力」を超えていくのは容易ではない。「政治」とはまた別の意味で、一地方首長選挙を、今、興味深くながめていたりするのである。


4/22【追記】


http://www.yomiuri.co.jp/election/local/news/20130421-OYT1T00788.htm


 で、選挙結果ですが。有村の血筋を批判した現職でもなく、有村家の子孫の新人でもなく、まったく関係ない候補が当選しましたとさ。
 ちゃんちゃん。