虚馬ダイアリー

「窓の外」のブログ

「転々」

toshi202007-12-17

監督・脚本:三木聡
原作:藤田宜永




 主人公は借金84万円を抱えた天涯孤独な大学8年生。で、彼は当然借金取りのおっさんに追われる日々である。返すあてもなく、ただ往生していたのだが、ある日。青年はおっさんから提案を持ちかけられる。おっさんは100万円の札束を無造作に見せながら、これをやるから俺に付き合ってくれと言う。吉祥寺から霞ヶ関までの、「東京散歩」に行こう、と。


 東京という街が


 時に優しく感じられる瞬間があるとするなら、それは「ただ歩く時」ではないかと思う。



 ただ歩く、という行為をする場合、東京ほど楽しい場所はないと思う。これが確信としてあるのは、おれは昔から東京を歩くのが趣味だったから。浪人・大学生の時分、俺はひたすら東京を歩いた。東京は、山手線の中ならば大きくは迷わないし、その上大小さまざまな街が幾重にも折り重なっている街だから変化に富んでいる。どう通ってもいいし、迂回しても大きくは迷わない確信があるから、わざと狭い道を通ってもいい。俺が東京で好きなのは、新宿や渋谷や池袋、秋葉原よりも、それらを起点・終点として通り過ぎる様々な街の風景だったり、するなあ。それが面白いんだって、と。


 この東京歩きで得るものは、どんな大都市であろうとも一歩抜ければフツーに生活している人がいたりすることを発見できるところで。どこに行こうとそれは変わらない。東京は冷たい街みたいに言われることがあるけど、そんなことねーって、思うのは、その通り過ぎるなかに様々な人の生活があること。いろんな街がそれぞれに個性を出しながら主張しているし、なによりもいろんな人々がそれぞれの街に依って生きている。そのことをいやでも感じられることだ。


 ということで、この映画である。


 俺は。正直言って、三木聡のギャグセンスとは肌が合わない人間で。例の「時効警察*1について書いたときもちょこっと触れたけど、彼の演出回だけは、どうしても笑えなくて往生するんだけど。だけど。だけど。この映画は、すっげー好きである。いや、ちょこっと入れてくるジャブのようなギャグ群は、相変わらず顔がひきつるような笑いにしかならないんだけども。



 久々にキましたね。なんか「俺、なんで泣いてるんだ」みたいな感覚。いや、泣いてはいないんだけど、こころにぐわーっと広がる郷愁のようなもの。
 彼らが通る道は、俺にとってものすごく懐かしい道。東京という街をただ2人で歩く。ただそれだけなのに、この2人の人生からこぼれおちる、数々のドラマをやさしく包み込んでいる。歩き、休み、彷徨う。この映画には、「東京散歩」の楽しさが存分に詰まっている。目的地はある。だが、2人は目的地まで一直線に向かうような野暮はしない。吉祥寺から霞ヶ関まで、その気になって歩けば、1日、ないし2日あればフツーについてしまう。
 だけど、彼らは東京という場所は、彼らにささやかな時間をくれる。遠回りする術はいくらでもあるのが、東京である。霞ヶ関を迂回する方法などいくらでもある。歩く中で2人は、ぽろりぽろりと自分の人生をこぼし合い、やがて、二人はあるおぼろげな「真実」を共有し合うに至る。この映画はそれを、あくまでもおぼろげに提示しながら、決して明言はしない。それは孤独を共有した2人の、一時の夢かもしれないのだ。


 一人の男の黄昏の旅路を、東京はやさしく導いてくれる。やがてくる、なんともあっけらかんとした、終わり、それもまた、東京散歩らしいかもしれない。そして唐突な暗転。その暗転はしばらく続き、やがてエンドロールが流れる。この暗転して後の間は、たぶん観客が祈る時間だ。


 近い将来、2人がまた東京散歩できる日がくることを。その幸せが、訪れんことを。少なくとも俺は、心の奥で祈ってしまった。(★★★★)
 

*1:三日月くんが、ちょろっと特別出演してて吹いた。