虚馬ダイアリー

「窓の外」のブログ

「ラストキング・オブ・スコットランド」

toshi202007-04-06

原題:The Last King of Scotland
監督:ケビン・マクドナルド
脚本:ジェレミー・ブロック、ピーター・モーガン


 彼は何も見ていなかった。その「国」も、「彼」も、「人」さえも。


 親が医者だから。それだけで医者になった青年。特に夢があったわけでも、志があるわけでもない。ただ、父親に見下されるのはいやで、彼は異国を目指した。地球儀をさして、その国へ行こう。そう決めたかれが最初に指さしたのはカナダ。だが、それではつまらない、と彼はもう一度回し、指が指し示した国がウガンダだった。
 時は1971年。
 最初に彼が務めたのは小さな村の診療所だった。貧弱な施設のなかに患者がひしめいている。うんざりするような数の「現地人」がそこにいて治療を待っている。医師は自分を含めて2人だけ。彼は、初日でうんざりする。彼は気晴らしに、同僚の奥さんとアミン大統領の演説を聞きに行く。そこはまるでお祭りのような騒ぎだった。にぎやかな音楽のなかにその男は現れた。彼は景気のいい言葉を吐き、自分の誠実さを訴えた。そのたびに民衆は歓声をあげた。青年の目には大統領はとても魅力的な人物に見えた。


 その帰途、彼は軍隊のジープに道を阻まれ、治療を請われる。大統領が怪我をしたのだという。車が牛と接触したのだろう、もだえ苦しむ牛と、手を怪我した大統領がいた。彼は応急処置をする。だが、その間牛はもだえ苦しみ、悲鳴を上げている。しかし、ウガンダには「安楽死」という概念がないのか、牛を死なせることに応じない。青年は治療を中断し、牛を銃で撃ち殺す。その様を見たアミンは、彼の行動に驚き、そして「何者だ」と聞く。彼がスコットランド人であると言うと相好を崩し、シャツを交換して別れた。
 これが青年と、大統領の出会い。そして彼が夢のような生活の果てに見る地獄の泥道への第一歩だった。




 この映画は、西洋合理主義者であり、享楽主義的な生き方を望むスコットランド生まれの青年医師が、アミン大統領に気に入られていくが、やがてその内面に気づいていく、というフィクションである。アミンは英国の支援のおかげで政権を獲得したが、それゆえに英国人に多大なコンプレックスを感じている。それはスコットランド人が持つ複雑な感情と符号する。
 イディ・アミンは基本的には体育会系の人間で、ボクサーやラグビー選手としての経歴も華々しい人物だ。だが、決して頭は悪くないように俺は思う。当時のウガンダではいかがわしい民間療法や呪術師が幅を利かせていた事実も描かれる。そんな国の人物であるにも関わらず、彼は西洋合理主義への理解があり自費で近代病院を建てている。それゆえにコンプレックスになっている面もあるのだろう。それを感じさせない青年、ということで、スコットランド生まれの医師、というのは、「友人」とするには一番気が休まるのだろう。その意味では、なかなかの着眼点がうまい。
 ただ、こんなボンクラな一青年を「友人」にしなければならぬほどに、彼には心を許せる同胞がいなかった、ということが彼の不幸だった、とこの映画は示唆する。


 俺は主人公の青年にはあまり同情していない。正直、好きになれない。だって、いくらなんだって、貧乏な中、民衆の命を救い続ける医師の奥さんを寝取ろうとしたり、そのくせ、そんな現場からとっとと離れて「美味しい立場」へ鞍替えした時点で、呆れかえるんだけれども。
 さらにこいつは、重大な結果になるまでこの国の内情を知ろうともしなかった。ただ、大統領の「お気に入り」として、ただ適当に立ち回っているだけ、という。彼の立場なら出来ることはいくらでもあったはずなのに。


 こいつはこの国に起きていることを知ったらさっさと逃げ出そうとする。その上、大統領の夫人と不倫をしたあげく妊娠させてしまうという愚行を犯し、ますます立場を悪くする。そして、その夫人には悲劇しか待っていない。


 アミンのそばにいながら、アミンを見ていなかった。その国にいながら、国を見ていなかった。民衆を見ていながら、民衆を見ていなかった。ただ、自分に都合のいい国、くらいにしか考えていない。そのことをアミンに見抜かれていることも知らずに。
 だから、「もう、どうしよー」というスリラーへと転調していく後半。どちらかというと、俺の気持ちはどちらかというとアミンの心情の方に傾いていく。現実から逃げようとするならば、青年が生きようが死のうが、どうでもいい、という感じ。サディスティックな気持ちになってくるのを押さえられない。
 そんなアミンの姿を見事に演じきったフォレスト・ウィテカーの演技は、なるほどオスカーも納得の演技力で、民衆の心を捉えるカリスマ性と知性を持ちながら、孤独からくる疑心暗鬼とコンプレックスの狭間で、狂気を宿していく姿を見事に表現している。


 結果として生き延びる。だが、青年はこれからどう生きるのだろう。卒業旅行気分の代償として、彼の抱えた罪はあまりにも重い。俺は、死ぬべきだったのではないかと思う。俺ならば死を選ぶ。殺してくれと叫ぶだろう。アミン大統領と出会った日、青年が撃ち殺した牛のように。(★★★★)