虚馬ダイアリー

「窓の外」のブログ

「ブラックブック」

toshi202007-03-28

原題:Zwartboek
監督・脚本:ポール・バーホーベン
原案・脚本:ジェラルド・ソエトマン
公式ページ:http://www.blackbook.jp/


 いや、最初この映画、変だな、と思ったのは、俺の先入観に問題があった。
 そのことにしばらく気づかなかった。史実を元にした構想30年の大作を母国で撮ったバーホーベン監督、という惹句に、見る前はてっきりユダヤ人女性の数奇な運命を描いた大河ドラマかと思っていたのだが、さにあらず。


 なんとこれが、女スパイを描いたエンターテイメントである。・・・と気づくのに、多少の時間を要した。


 というわけで、第2次世界大戦中のオランダを舞台にした、レジスタンスに身を投じたユダヤ人女スパイの愛と裏切りのサスペンスである。
 ヒロインは復讐のために動いているようで、どこか醒めている感じが印象的。復讐は復讐、愛情は愛情、と割り切っている感じがあって、殺された家族のために身を投じた反政府運動で女スパイでありながら、標的のナチのオトコを愛してしまい、最後に彼女が手を下すのは、その最愛のオトコの仇である。この辺の彼女の変わり身に共感できるかできないか、で見た人の評価は変わりそうな気がする。
 ハリウッドでは異形とも感じられた彼のセンスが、製作する国を変えただけで、驚くほどしっくりきていてびっくりする。ナチの独善に満ちた蛮行もしっかりと描きつつ、終戦を迎えて虐げられたオランダの民衆が、今度はかつてともに虐げられた彼女を虐げる。一部の民衆になじられながら、汚物にまみれる彼女の姿に、なんの違和感も感じさせない。彼の人間観察の正しさが、ここに表れてると言ってもいい。彼女は誰のために戦っていたのか。家族のためでも、国のためでもない。彼女は彼女のために戦ってきたのだ。それゆえに、彼女には常に苦難が待ち受ける。


 人間の醜さに、美しさに人種の違いなどない。その醒めた作家性故にロマンの香りがないのが惜しいが、だからこそ差別とはもっとも遠い男、バーホーベンだから作り得た、国家・人種、善悪の境界すら軽々と越える歴史スパイミステリーの秀作。(★★★★)