虚馬ダイアリー

「窓の外」のブログ

「ピンチクリフ・グランプリ」

toshi202007-02-12

原題:Flaklypa Grand Prix.
監督・編集・アニメーション・撮影: イヴォ・カプリノ
公式サイト:http://www.pinchcliffe.com/



 この映画が上映されているシアターN渋谷というのは、ユーロスペースが円山町に移転した後に、その跡地に出来た映画館なんだけれども。
 いやもう、久々の渋谷で、健忘症が進んでいるせいか、俺、シアターN渋谷が円山町のQーAXビルにあると思いこんでて。10分くらい余裕を持って行ったら「あれない?」みたいな。10分の余裕が10分のタイムリミットになるという。もう円山町のホテル街を突っ切ってからちょうど丘ひとつその反対側の桜が丘町まで猛ダッシュ、みたいな。


 「びっくりぎょうてん宇宙の宙返りだ」


 ってなもんですよね。いや、これが言いたかっただけなんですけどね、この前振り。


 というわけで、日本語吹き替え版で鑑賞しました。ところどころ出てくる吹き替え版脚本の言葉のセンスがとても面白くて大好きなんですが、作品の方もですね、楽しかったですね。汗だくで劇場に駆け込んだ甲斐はありました、みたいな。まあ、なんせ俺が生まれた年に完成した作品であるし、今よりもずうっと牧歌的というか、全体的に演出がのんびりとした作品なんだけど。


 ストーリーは、主人公がピンチクリフ村という田舎の、断崖絶壁の山の頂上みたいなところに住む自転車修理工*1のおっさんと、あひるとかささぎハーフという設定の黒い鳥・ソランくんと、ふくろうのルドビグで。そのおっさんの元助手の男がレーサーとして大成して、マスコミの寵児となってたんだけど、彼の車の技術は、そのおっさんが考え出したものだった。
 なんとかおっさんに自動車をつくって、レースで見返して欲しいクロっちょのソランくんは、そのために悪戦苦闘を開始する、という話なんだけれども。


 この映画の面白いところは、基本的な話は王道だし、作り手も王道の話を作ろうとしているにも関わらず、ところどころ展開が王道のセオリーから外れるとこで。


 ドラマにしても、おっさんと元助手のライバルとの因縁、というものをもっとドロドロ描いたっていいはずなんだけど、この映画ではライバルはテレビで嫌みを言ったり、ちょっと妨害工作にくるくらいなもんで、2人ともあまり昔のことについてはぐじぐじ言わないし、レース終わっても特になにか言葉を交わすわけでもない、というね。
 そういうのに、時間をかけるよりも、車を作る過程とか、作った後の歓びなどの細やかな描写に時間をかける作品で。そういうものを、見せていこうする演出というのは、今の映画にはあまりない感覚だよなあ、と思ったりした。


 あと、自動車作りってお金がかかるわけです。で、なんでかピンチクリフ村にアラブの大富豪が休暇にきてて、ソランくんはこの方ならスポンサーになってくれるってんで、設計図を店にその金持ちのところまで行く過程の描写に時間をかけたりとか。で、彼に設計図を渡そうとして家を覗いてたら、金持ちのお抱えの運転手であるゴリラに放り出されるわけですけどその拍子に設計図が落ちて、それを大富豪が拾うわけです。そしたら、大富豪が「これは天才がつくったものだ」って即座に見抜いちゃて。で色々あって、今度は富豪の方がえっちらおっちら、高い山の断崖絶壁に住むおっさんの家に行く描写をはさみつつ「金を出すから、この車を作ってくれ」といわれて、レース用の自動車製作がスタートするんだけれども。
 印象的だったのが、ナレーションが言った一言。



 「お金の力って偉大ですよねえ」


  なんかね、一見、ものすごく俗物的な言葉に聞こえて爆笑しちゃったんだけれど、この一言、妙に実感がこもっていて、びっくりした。よくこういう場合、日本人の感覚だと「お金が重要じゃない。大事なものは別にある」とか言ってしまいそうじゃないですか。だけど、この映画では皮肉でもなんでもなく、「確かに他にも大事なものはあるけど、それはそれとして、お金って大事だよー」と言ってしまう。
 はっとさせられましたね。そういうこと言ってもいいんだ、みたいな。この作り手のミョーにお金に対して現実的な感覚は、今のクリエイターには持ち得ない感性であるな、と思ったりした。



 で、わりと淡々とした過程の中で車が作られ、完成して、それをみんなで喜び合いながら(車のお披露目会にかなりの時間を割いている)、クライマックスのレースシーンに至るんだけれども、こちらはさすがの完成度というべき圧巻の力強さで、しかも「ファントムメナス」もかくやのスピード感。つーか、展開まで似ていて、こりゃもしかしたらルーカスがいい感じに参考にしているのかも、と思いながら見ていた。

 
 レースが終わったあと、ライバルを見返すために始めたレース車作りを始めながらも、彼らは富や名声を求めず、レースの歓びを胸にまた田舎に帰っていく、というラストもなかなか渋くて、古典的な味わいの作品として一見の価値ある秀作と思います。(★★★★)

*1:よくよく考えると自転車直してもらうなのにわざわざ山のぼんなきゃなんないんだよな>村人。理不尽な商売人だ。