虚馬ダイアリー

「窓の外」のブログ

「暗いところで待ち合わせ」

toshi202006-12-17

監督・脚色:天願大介 原作:乙一


 すごいね。いや、田中麗奈のことなんだけれども。


 えー、さて。
 今年の秋、フレッシュ女優たちの主演作が続々と公開されたわけですが、ことキャスティング面では総じてハズレがない。「手紙」の沢尻エリカ、「ただ、君(略)」の宮崎あおい、「虹の女神」の上野樹里、「涙そうそう」の長澤まさみ。いや、大当たりもないんだけれども(笑)、それぞれがそれぞれのキャラクターにきちっと合った作品を選んでるな、と思う。作品的には、「まあ・・・まあ普通」な映画が並んでるけれども、キャスティング的配置は、芸術的なまでに「当人たちがベスト」という作品に主演してる
 で、そのフレッシュと言えばフレッシュだけれども、この先頭集団からはやや離れて後方につけている的な、フレッシュなベテランこと、田中麗奈さんもまたね、選んだな、と。だってこの映画、田中麗奈じゃなきゃ成立しない映画ですから。



 物語のきっかけは家の前の駅で起こった殺人事件だった。
 
 男は出自が原因で職場で孤立していき、やがて一人の男に殺意を抱いたことから「事件」に遭遇することになる。一方、ヒロインは父を失った寂しい家で孤独を受け入れながら、生きていた。だが、2人は思わぬ形で出会うことになる。



 さて。ちょっと想像していただきましょう。


 女性。盲目。一人暮らし。家は、父が遺したちょっと大きい一軒家。一人で管理するのもちょっと大変そうな。その一軒家に、ある日、男が一人、彼女の目が見えないのをいいことに、家に入り込んで、ひとつ屋根の下に暮らし始める。


 聞きます。こわくありませんか?女性の立場でこの映画を見たとき、このシチューエーションはいくらなんでも、こわいですよね?俺はこわい。俺がその女なら恐怖のあまり絶叫すると思う。男の俺だってこえーよ。そんなのいたら。


 で。これ、ホラーでもサスペンスでもないんです。どっちかっつーとハートフルミステリーなんです。形式としてはミステリーなんですけど、性質上は「ハートフル」な話なんです。こんなもん、成立するわきゃあないんです。普通なら。あり得ないですから。
 でも、この映画の凄いところは、そんな状況をやすやすと受け入れてしまう女、という存在を、田中麗奈という女優の肉体を通して「アリ」にしてしまう、という大逆転をやってるんです。これがね。すごい。なんかね、「カリオストロの城」で、自分の寝所にやすやすと踏み込んだ泥棒ルパンを「泥棒さん」と呼び、「おじさま」と信頼し、敬意をもって接したたクラリス姫くらい、「ありえねー」ほどの包容力で彼の存在を認める。
 彼女の生活ぶりというのも、よくよく考えると微妙にリアリティに欠けていて、髪はいつもきちっとセットされてるし、目が見えないわりに片付けはきちっとしてある。あとこの映画は臭い、というものの存在を忘れているようで、男が何日もフロにも入らずに家に居続けたら、女性の鼻ならすぐ気づくだろ、と思うわけです。トイレにだって行かないわけにもいかないだろうし、その時、男はどのように臭い対策してたのかがわからん。
 全体からただよう、「あり得ない」映像を、田中麗奈の淡々としたたたずまいを通すことで、するするっと丸め込む、という綱渡りを、この映画はぬけぬけとやっていて、それがすごいな、と思った。これは多分、沢尻エリカでも、上野樹里でも。宮崎あおいでも、この役を演じたら、多分ダメだろうと思うんだよね。そのくらい田中麗奈の「たたずむだけで深い存在感を抱かせる」という特質が最大限に生かされた映画と思うのだ。


 登場人物も必要最低限で、伏線もかなり分かりやすく引かれているので、、あなたが「あ、あいつじゃないかな」と思えばそうそれが犯人、というくらいバレバレなんですけど、天願監督としてはミステリーとしての面白さよりも、乙一原作の、文章としてはありなのかもわからんが、映像にしたらアウトだろ、というヒロインと男の関係を如何に映像作品として成立させるかに、全神経を集中してるように見えた。そのくらい、久々に虚構世界の摩訶不思議を体感した。
 というわけで、久々に「女優・田中麗奈」の威力を見せつける、佳作。というか、俺の中ではやや珍作な趣もあるのだけれど、まあ、細かいところはつつかずに、田中麗奈の存在感に丸め込まれてあげるのが、この映画の正しい楽しみ方、だと思うのです。そのくらい「田中麗奈映画」なのです。この映画は。(★★★)