虚馬ダイアリー

「窓の外」のブログ

「麦の穂をゆらす風」

toshi202006-12-01

原題:The Wind That Shakes The Barley
監督:ケン・ローチ 脚本:ポール・ラバーティ


 もし、その列車に乗っていたら、彼には後悔のない人生が待っていただろうか。


 1920年アイルランド南部の町、コーク。
 医師を志す青年デミアンは、ロンドンの病院での仕事が決まり、アイルランドを離れようとしている。故郷を離れる前に、デミアンは友人たちとハーリングを楽しむ。しかし、彼らには英国武装警察の、横暴が待っている。この日もひとりの若者が、命を落とす。主人公はそんな現実から逃れたかったのだ。だがそんな彼は、駅舎である光景を目撃する。
 イギリス兵士を列車に乗せることを、駅員、運転士、車掌が拒否。彼らは兵士に手酷い暴力を受けるが、断固として態度を変えず、兵士たちに乗車をあきらめさせた。この毅然とした態度が彼の何かを変える。


 彼は銃を取る。兄・ダミアンとともに。


 地を這うように生きる弱者が虐げられながらも、烈しく抗い、過酷な戦いに身を投じ、敵も味方も血を流し、裏切った同胞を粛正し、多くの友を失いながらも勝利する。アイルランド独立戦争が残した物とはなんだったのか。戦いの末に手に入れたはずの平和、独立。だが、チャーチル率いるイギリスは、アイルランドを分断し不平等な条約という、「置き土産」を残す。その内容をめぐる諍いが、さらなる暴力を生む。
 暴力によって為された圧政は、暴力で覆さねばならなかった。だが、それで彼らが得たものは、圧制者たちと「同じやり方」による、不満分子の統制だった。


 あの日、あの時。ただ、誇り高くあろうとした心で踏み出した、暴力の螺旋は兄弟にさらなる、過酷な運命をもたらす。世界はどこまでも弱いものに残酷にできている。そんな世界で地を這う彼らを、ケン・ローチは叙情的に優しく光を当てていくのである。
 弱者は戦い、抗わなければ誇りを保てない。そのために強者には見えない悲劇を繰り返す。アメリカの大統領は「テロには屈しない」という。だが、テロはどこからくるのか。なぜテロをするのか。その源にはテロ以上の悲劇が延々と横たわっている。血を血であがなう世界は、いまだに続いている。(★★★★)