虚馬ダイアリー

「窓の外」のブログ

「クライング・フィスト」

toshi202006-04-22

監督・脚本 :リュ・スンワン
公式サイト:http://www.crying-fist.com/


 一人の男が街頭に立つ。かつて世界大会の銀メダリストのボクサー。事業に失敗して負債を抱え、妻子には見限られた。路傍に立って彼は拡声器で客を求める。男は「殴られ屋」を始めた。見えない明日を生きるために。
 一人の男が警官に追われていた。彼はケンカだけが生き甲斐。粗野で、暴力をすぐ振るい、親元からも出られず。ケンカの示談金を自分でなんとかしようとしても、高利貸しから強盗することしか思いつかない、人間の屑。その挙げ句に刑務所行き。


 その男40歳。
 その男20歳。


 二人に接点はない。世代も境遇も生き方も。だが、彼らは知る。自分たちがはいずり回る地べたの存在を。砂を噛むような苦みを味わいながら。やがて二人は出会う。自らの明日を懸けた場所で。



 日本・新宿歌舞伎町にかつて実在した「殴られ屋」晴留屋明氏、「あしたのジョー」のように刑務所でボクシングを覚え、チャンピオンになったボクサー・ソ・チョル。この二人から着想を得た、リュ・スンワン監督最新作。


 二人とも安易な同情を許さない強烈なクズっぷりなのだけど、とくにリュ・スンボム演じる19歳の青年・サンファンの狂犬っぷりが異常。文字も読めない、仕事もない。ケンカだけしかない人生。韓国の底辺で歯を食いしばって生きる親父に迷惑ばかりかけながら、その温情を素直に受け止められない。刑務所に入ってもその狂犬っぷりは変わらず、逆にその威勢を買われて、ボクシングを始めた彼はケンカだけではどうにもならない状況に初めて直面する。さらに親父の死、祖母の入院がサンファンに追い打ちをかける。


 一方、言わずとしてた韓国を代表する名優の一人、チェ・ミンシク演じるテシクも殴られ屋を始めた後も一向に人生は好転する兆しを見せない。テレビに取り上げられても、それを見た借金取りに追いかけられる皮肉。かつての後輩のチンピラにはボコボコにされ、殴られ屋という過酷な職業で記憶力は減退し、文字すらまともに認識できなくなる。そんな後遺症に悩まされ、息子に父親らしいことをしてやれずに酒に飲まれる。


 人間のどん底とはどこか。それは人間が「どん底」と認識した場所だ。落ちる人間はそれ以上落ちていくけれども、彼らは「底」にぶち当たることが出来た。彼らがはい上がろうとして掴んだもの。それがボクシングの新人王戦だった。
 クライマックス。ミンシクとスンボムの、段取り一切なしのガチンコファイトが、リアリティーを超えた魂のぶつかり合いを見せたとき、映画は奇跡の歌を奏でる。その時、彼らはもうクズじゃない。誰かの英雄なのだ。その瞬間俺は泣いた。


 この映画はボクシングについての映画ではない。二つの人生が交差する一瞬に輝くきらめきを描いた傑作である。(★★★★★)