虚馬ダイアリー

「窓の外」のブログ

「ドミノ」

toshi202005-10-26

原題:Domino
監督:トニー・スコット 脚本:リチャード・ケリー


 「ドミノ。ただのドミノ。」



 アメリカに、ドミノ・ハーヴェイという、若き女賞金稼ぎがいた・・・そうである。俺は全然彼女について知らない。知ってる人間の方が、この日本には少ないだろう。この国では彼女は、ドミノ。ただのドミノだ。
 そんな彼女を描いた、伝記映画、である。

 こういった伝記ものを語る基本。それは、彼女が何者であるか。それをきちんと知らない人間に伝えることにある。彼女はどういう人間で、どういう風にそだち、そして何を為したか。それを語るのは、大抵、「他人」だ。ま、狂言まわしともいうか。客観的にしか、人は見えてこない。だが。この映画はその不文律を、いきなり覆す。


 「アタシの名前はドミノ・ハーヴェイ。」


つまり、自分の人生を語るのも自分・・・ということになる。ぶっちゃけアタシの人生についての映画なのである。彼女はある事件について、捜査官らしき女から尋問を受けている。しかし、語り部たる彼女の意識は常に揺らぐ。昔のことを思い出そうとしているのだが、撹拌されて散じてしまったかのように、時系列おかまいなしに、彼女の「過去の映像」が無造作に現れては消えていく。彼女は語り始める。自分の人生を。ふらふらな頭で。
 父に俳優・ローレンス・ハーヴェイ、母がスーパーモデルという家庭で育ち、本人もモデルを志すも続かず、イギリスから米国に移住した寄宿舎学校でもドロップアウト。彼女は、興味本位から、新聞広告で見つけた賞金かせぎの道を突き進み始めるのだが・・・。えー。


 ・・・さて。


 この映画なんだが。正直言って、めちゃくちゃだと思う。確かに生い立ちについてはおおよそ「彼女」の言う通りなのかもしれぬ。だが、賞金稼ぎになってからの段になると、虚実あやふやになったあげく、最後には明らかに虚構としか思えぬ、狂った悪夢のようなクライマックスへなだれこんでいくのである。
 それがトニスコ、または、脚本のケリーくんの、ドミノについて語るべき真実であったなら、いいのである。別にね。嘘でも。ただ、俺には不可解に思える点がある。この映画、見れば分かるが、やたら複雑だ。カッティングが激しくて目は疲れるし、構成は乱暴だし、おまけに嘘ばっかだ(伝記映画なのに)。どっからが本当でどっからがうそなのか。ようとしてわからん(伝記映画なのに)。しかし、だ。
 立ち戻って考えて、彼女の人生ってそんなに複雑か?俺にはとてもシンプルに見える。退屈な人生からドロップアウトし、スリルと危険に満ちた日常を送る彼女の人生は、普通に描いても十分にスリリングのはずだ。そして、ストーリーテラーとして、シンプルに語れないようなトニー・スコットではない。いや、むしろ、職業監督として物語に対しては真摯に向き合ってきたトニスコとは思えない珍事である。
 だが、脚本がもとからそうだったのか、それともトニスコが手を加えたのか知らないが、彼女は、時にまるでB級アクションのような、そして時にはどこぞの前衛映画のような、ありえねー展開のなかをさまよっているのだ。事実。


 なぜだ?


 その答えのヒントは、観賞後、全然意味わかんなかったのでとりあえず買ってしまったパンフレットにあった。実在のドミノとトニー・スコット監督の間には10年近い付き合い(交流ね)があったらしいのだ。そして、ドミノ・ハーヴェイはトニスコ監督にとって娘のような存在だったとある。ふむう、と思った。
 リアルなドミノを知る人間が、わざわざもう一人の「ドミノ」(キーラ・ナイトレイ)を生み出し、彼女に似た運命を背負わせながら暴走させたあげく、ラストシーンでにこやかに微笑む、モノホンの彼女を出したのはなぜだ。


 これって・・・トニー・スコットから、ドミノ・ハーヴェイ(リアル)へのラブレターじゃなかろうか。虚構だからこそ踏み込める領域がある。なぜ、こんなシュールな脚本を手にし、空回りの摩擦熱で火を起こすような映画を作り上げたのか。ようやく腑に落ちた、気がした。
 虚構だからこそ、描ける彼女の内実。外面の彼女だけでは満足できない男が作り出した、限りない愛の映画なのだ。そう思うと、この映画は、現実のドミノの結末*1も含めてなんかこう切ない。(★★★)


追記:この映画が力作であることは言うを待たない。ただ、ここまで虚構が勝ちすぎた作品を伝記映画として売り出すというのは、商業主義からかけ離れた行為と俺は取る。虚構であるならば、虚構であるなりの作り手にとっての「真実」があるはずなのだ。撮ったのが、彼女の人となりを少なからず見知っている「職業監督」トニー・スコットであるならば、なおさらだ。


公式ページ:http://www.domino-movie.jp/

*1:2005年6月、不慮の死を遂げている。薬物過剰摂取が原因といわれている。