虚馬ダイアリー

「窓の外」のブログ

「大誘拐 RAINBOW KIDS」(1991年製作)★★★★★

toshi202005-06-05



 かつて、ビデオがすり切れるほど見た作品。これが私の岡本喜八原体験。


 出所した健次は、彼が迎えに行った舎弟の正義と平太に、かねがねよりの犯罪計画をうち明けた。「誘拐」計画である。誘拐の二文字に不快感を示し、降りようとする二人を引き留めて、詳細を説明する。健次が誘拐しようとした相手。それはよくある子供を人質にしたものではなく、紀州の山林王である柳川とし子という大金持ちの婆さんで、彼女を誘拐し、金を手にしようというのである。婆さん相手に男3人ならどうとでも御せる。子供よりも扱いは容易。しかも相手は大富豪である。目標金額は「5千万」。計画は始動する。
 だが、彼女を誘拐するまでが容易ではない。計画は遅々として進まず、彼らは七転八倒を繰り返しながら、ついに刀自誘拐に成功する。だが、このほんのささいな「誘拐」計画が、かつてない未曾有の大事件に発展することになろうとは、3人組は予想だにしていなかった…。



 天藤真原作の傑作犯罪小説の映画化。こうして岡本映画をそれなりに見続けてくると、この映画が喜八演出の手練手管はかなり影をひそめていることがわかる。だが、この映画の企画自体が原作の面白さありきなんで、それをあえてやっているかどうかはわからないけれど、結果的には絶妙のバランスで成り立っている。


 従来の作品ほど刺激的なカッティングはしていないのだが、「江分利満氏」などで見せる立て板に水の「語り口」と、「日本のいちばん長い日」などで見せる「群像劇」を仕切る構成力が健在なので、「原作」の面白さをきちんと点描することに成功している。しかも点描でありながら、一本の流れとしてまとめる手際の良さで、飽きる暇もない。人物紹介もけっこうさりげなく粋にやったりする。戸並健次が刀自(北林谷栄)を誘拐するきっかけとなったある「出来事」や、3人組と対決することになる井狩警部(緒形拳)と刀自の関係を説明するところなんざ、粋の一言である。
 そういう意味では、物語のために自らの演出を「抑えた」のかもしれない。よく指摘される童子たちの演技の拙さなど、喜八監督が分からぬはずはない。映画を通してみれば、彼らの拙さは計算尽くであることが理解できるはずなのだ。


 なにより、この映画で重要なのは、たった3人の小悪党どもの犯罪が、雪だるま式に大事件へと膨れあがっていく様を緻密に描いた原作の面白さと、それを見事換骨奪胎しつつ、2時間の映画に仕立て上げた脚色の見事さにある。キャスティングも実に素晴らしく、無駄がない。
 

 だが、久しぶりに再見していて、別の感慨を得もする。
 この映画、すでに「現代」では不可能な犯罪になってしまったのだなあ、などとも思った。そもそも原作自体が結構古く、古き良き「村社会」という性善説めいた信頼関係に寄っかかった物語構造なので、当時でも感じられた「ファンタジー」の色合いが、今見ると一段と濃く感じられる。
 しかし、だからこそ、俺はいつまでもこの映画が好きなのかも知れない。刀自が井狩警部と語り合うラストは、しみじみとして泣けてしまう。それは、たぶん俺自身の郷愁によるものなのだろうが。


 DVD化された暁には、やはり何度も見返してしまうのだろうなあ。俺にとってもこの映画は、とても重要な映画なのだ。