虚馬ダイアリー

「窓の外」のブログ

「傷だらけの男たち」

toshi202007-07-12

原題:傷城
監督:アンドリュー・ラウアラン・マック
脚本:フェリックス・チョンアラン・マック



 演出力、画力(えぢから)、ストーリー。そこに描く目的。映画に対する情熱。映画というのは幾重もの要素が見事なコントラストを描いたときに奇蹟を生む。逆に言えば、どんなに一流のスタッフとキャストが魂を込めたとしても、そこにひとつまみの奇蹟が降りなければ、傑作は生まれ得ない。だから映画は面白いし、難しい。
 「インファナル・アフェア」シリーズのスタッフが再び結集し、新たな映画を作る。そのことがエキサイティングなものに見える。しかし、新たな挑戦をする場合、あまりスタッフが固まり続けると、奇蹟は起こす可能性は減じてくる、ことが多い。
 とはいえ、このスタッフは香港が世界に誇る超一流チームであり、彼らの志はたやすくマンネリに陥ることを許さない。今回踏み込んだのは、正攻法を捨てること。


 「インファナル・アフェア」シリーズのような鮮やかなコントラストの物語ではなく、より人物造形に踏み込んだ物語を。その結果がミステリー*1。カンのいい観客なら犯人は分かっている。だが、何故。何故彼はそんなことを。物語の中心を、フーダニット(誰が)ではなく、ホワイダニット(なぜ)を主にしている。


 3年前のトラウマを抱えた自称私立探偵が、かつての上司で友人の刑事にひそかに疑惑を抱き、事件の深層と、彼の人生に隠された真実を追う。探偵は捜査していく過程で、トラウマを克服していくが、彼は傷を有していたがゆえに、男の傷に共感を抱いていき、男たちは、互いの傷によってお互いの痛みを理解しあう。
 緻密に作られた脚本。演出力でぐいぐい引っ張り、みじんも揺るぎない映画のように見える。しかし、事件の全貌が表れてみると・・・拍子抜けするぐらい、シンプルな真相。これなら、「普通に映画にした方が面白かったんじゃね?」と思ってしまった。
 でもそうなると、悪を善が追いつめる「終極無間」の相似形となってしまう。それだけは避けたかったのだと思うけれど、それでも作ってみれば、きちんと別の魅力を付与できたのでは・・・と思った。


 複雑なように見えたものがシンプルなものだった、というのはよくあるけど、ここまでわかりやすいと物語をいたずらにややこしくしただけのように見えてしまうのが、非常にもったいない。構造をシンプルにしてこそ、「悪」なトニー・レオンの魅力も、悲劇に翻弄された男の哀しみも、もっとストレートに押し出せたのではないか、と思う。
 そう考えると、俺はみれたかも知れない、別の「奇蹟」を思い、思わず歯がみしてしまうのだ。つくづくもったいない作品だと思う。(★★★)

*1:倒叙・・かっつーとちょっと微妙な気がする。序盤で犯人の事情まできっかり描かないと倒叙とは呼べないのでは。