虚馬ダイアリー

「窓の外」のブログ

「エマ」7巻を読む。

toshi202006-05-24



「手袋は? 渡せた?」


「はい。」


「そう。それは良かったわ。」


 すべてはここから始まった。


 他の追随を許さない、最強のメイド漫画。終わってみれば、堂々たるメロドラマ。前巻読み終えた時点では次で完結するなぞ、想像だにしないほどの力強さで、だが、こうして見事に幕を引かれてしまうと、こちらとしても感嘆のため息をつくほかない。


 静謐のうちに始まったこの物語がやがて、パッションのうねりとなって人々を巻き込んでいくという、出口はわかってるのに予断を許さない、まさしくメロドラマとしてはこれ以上ない仕上がり。作者の計算を超えて人々のうねりを的確に捉えていく演出力は、森薫の力量がハンパないことの証明であろう。傑作と言ってさしつかえないと思う。


<キャラ別雑感>


エマ・・・当たり前であるが、このひとの物語である。もともと賢明な女性である。そして、賢明でありつづけた人だ。
 メイドとはどうあるべきか。それは己と主人の距離をわきまえることである。
 自分の立場というものを、これほどに知っているこのひとである。メイドとはかくあるべき。という、作者の中のひとつ完成型といえる女性であろう。(メルダース家のメイドたちが総じて個性的なのが、対照的だとおもう。)
 ゆえに。身分違いの、この恋が実ってはいけないと知っている。だからロンドンを去った。だが、理性と感情はちがう。理性の強いひとだからこそ、一旦感情に火がつけば、それはあっというまに己を焦がす。焦がれ、求められ、されど引き裂かれ。彼女のこころの流転はやがて、彼女の身分への、反転攻勢の決意へと導かれる。ここが素晴らしい。つーか、彼女が一応のハッピーエンドを迎えるには避けて通れない決断であろう。ここを貫いたからこそ、この結末に納得がいく。
 彼女の「人生」というレベルで言えば、「私たちの闘いはこれからよ」「私たちはようやくのぼりはじめたばかりだからな。この果てしなく長い貴婦人坂をよ・・・」というところなのですが、ここで打ち切る物語を終えることが「メイド漫画」としての矜恃なのでしょう。


 さようなら、眼鏡メイド・エマさん。お幸せに。死ぬな!<やかましい。




ウィリアム・・・嵐を呼ぶぼっちゃま、健在。どちらかというとわきまえないタイプの男で、それは最後まで変わらない。エレノアを捨て、父と反目し、ついにはキャンベル家の親父にケンカまで売る(くわばらくわばら)。ただ一応の手続きを踏む賢明さは持ち合わせていて、そこは父親の教育のたまものではないか、という感じがする。(つーかそれがなかったら、この恋は悲劇しか待っていなかった。)この「変な方向への思い切りのよさ」が物語を牽引していたことも違いなく、だが、この男をどうにかエマに釣り合う男として描くべきか、というところで、大分難しいバランスできていたと思う。(もと婚約者のエレノアたんへのフォローが弱いのは大きなマイナスだが)。情熱とエゴイズムは紙一重、というところであろうか。


●ジョーンズ家
・リチャード・・・このメロドラマにおいてもっとも社会的打撃を受けたのはこの人であろうか。(そのために裏でいろいろ画策してもいたのだが)。しかし、この人のオーレリア(ミセス・トロロープ)との馴れ初めを描いていたからこそ、ここ事に至った後の寛容さは驚くほど容易に受け入れられる。「家のために実子を勘当した無情な人間と思われるよりは、子に甘い親という見方のほうがいくらかましだ」という台詞は、愛情をかけるにも理性のワンクッションをかける思考が見えて面白い。さすが、一代で財を気づくだけの男である。ここまでの賢明さがウィリアムにあったら、どうだったろうか。


・オーレリア(ミセス・トロロープ)・・・この漫画、最強の萌えキャラだと思ったりする。子だくさんなのに、ウィリアムがエマを抱きすくめているところを目撃してオロオロする場面は、ちょっと悶えた。年齢を感じさせない可愛さだ。そりゃ、リチャードもあきらめきれないわ。この物語の裏ヒロインだと思う。
 なにげに、トラブルメーカーの素質もあり、この人がいなければ、エマとウィリアムの劇的な再会もなかったと思うと感慨深い。あと、「そうね、あなたは私とは違うわね」という場面が、彼女の「弱さ」と比して、エマの「反転攻勢」の意志の「強さ」をくっきりと浮かび上がらせる効果になっているのは、作者の巧さだろう。


 あと一言。私は髪、伸ばさない方がいいと思うの<聞いてません。ショートのあなたが好きでした。


・アーサー・・・基本的に脳天気な兄に比べて驚くほど、知的で思慮深く、それゆえに屈折している次男。事態をほぼ把握していながら、中立的な態度を崩さない。社交界に一切の興味がなく、家を出て世に出るための人生設計もきちっと立てており、リチャードの理知を受け継いだ子、という印象は覆らないな。つーか、6巻で、父にネコをかぶった兄に対して、むしろ色々無茶をやるのがウィリアムだと喝破しており、この流れも想定内なのだろうなあ、と。


・グレイス・・・エレノアの親友であった彼女だが、こうして読み返すと事態の推移を後から知る、みたいなことが多く、あまりエレノアの力にはなれてない気が。密やかに付き合っている(つもり)の男性の存在を父親以外全員に知られている、というスキがあるところなど、その「うかつ」っぷりが彼女の弱点であり、良さでもあるのだろう。その「男性」については「外伝」で・・・というところだろうか。


ヴィヴィアン・・・跳ねっ返りの次女。訪ねてきたエマにいきなり喰ってかかるなどの気の強いところをみせたが、ウィリアムが一旦「暴走」しだすと抑止効果はなくなって、必然的に出番が減った。エレノア大好きっ子だったのに、兄が彼女へあの仕打ちな上、しかも憧れの社交界デビューも微妙になったりと、かなり不憫なので、「外伝」で彼女にもフォローが欲しいところ。


コリン・・・ほとんどしゃべらない末の弟。ジョーンズ家のマスコット的存在であったが、今度のことで彼なりにいろいろ感じたり考えたりしている描写があり、この辺は作者の登場人物への細やかな愛情が感じられた。


●キャンベル家


エレノア・・・ウィリアムに翻弄されまくった挙げ句、捨てられる形となり、さらには父に容赦なく侮蔑されて、沙汰を出されるなど、この物語では最大の精神的被害者とも言っていい。ぶっ壊れちゃう様子などは描かれていないものの、それは作者なりの優しさなのか、彼女の芯の強さなのかは、読んでいる側の選ぶことなのだろうか。彼女の不幸は周りに理解者が誰もいないことではないか、と言う気がする。第7巻の「夜のエレノア」を見てると、彼女のいる「孤独」は、根が深いように感じられる。
 彼女だけは、どうか、どうか幸せになってほしいと願わずにはいられないが、それはもう少し先の話なのでしょう。


モニカ(レディ・ミルドレイク)・・・待つエレノアとは対称的な攻める姉、最後の大爆発。妹を溺愛しているものの、読み返してみれば、この人が暴走しなければウィリアムが(勢いで)エレノアにプロポーズすることもなかったわけで、この人の行動は事態を混乱に陥れている。しかも本人に自覚がないのでタチが悪い。あの父親にもズバズバいう気持ちよさはあれど、その行動原理は、ダンナとの会話を見てもわかるように結局のところ自己愛に近いところにある。さすがキャンベル子爵の血が濃いひと、という気がする。



キャンベル子爵・・・己のプライドの為には非合法手段も問わないエレノアの父。とはいえ、さすがに殺し屋などを差し向けるわけではなく、己の矜恃を保持し、ことが露見しても自らに火の粉がかからない方法を選ぶあたりは、徹底した悪に徹することできぬ弱さをも露呈した感もある。エマ略取の段にしても、どちらかというと腹黒さではリチャードには及ばぬあたり、根っこのところが単純のようにも思う。要は、自らの思うようにいかない異分子、というものに対する怯懦ゆえの行動なのだろう。根っこのところが弱いのだ。しかし、だからこそ、彼の冷酷は、情がない。エレノアに対しての反応はあまりと言えばあまりであるし、彼を父に持つ彼女の不幸だろう、と思う。


●メルダース家


ドロテア・・・エマがロンドンから出奔したのち、メイドとして入った家の有閑夫人。彼女とミセス・トロロープの関係から、この物語で重要な役割を担い、最後にはエマの「反転攻勢」の鍵を握る。エマの最大の幸運は仕える主人に恵まれることで、彼女もまた前の「主人」ケリーと同様に、エマの「導き手」を担うだけの賢明さを持ち合わせている。彼女が言う「重要なのは経験と応用」という真理は、どんな仕事にも言えることで、その辺をさらっと言えるあたりはさすがである。


(書き途中)