虚馬ダイアリー

「窓の外」のブログ

「クラッシュ」

toshi202006-02-15

原題:Crash
監督・脚本:ポール・ハギス
公式サイト:http://www.crash-movie.jp/


 人と人がわかりあうことは難しい。だから人々は怒り、憎み、苦しみ、そして衝突する。差別や偏見のない世の中、ってやつが、本当に訪れるのか。理想を言えば、それが一番いい。だが、それは哀しいが厳然としてある。神ならぬ我々が生きるこの社会では。そして、だから人間は、物語の、「奇跡」や「ドラマ」に涙する。



 「ミリオンダラー・ベイビー」の脚本を手がけたポール・ハギスの監督デビュー作である。



 この映画の白眉。それは、差別や無理解というものを描きながら、ポール・ハギスがそれを糾弾しないことだ。ただ、そこに厳然として「ある」ということを前提に話を進めていく。誤解、行き違い、人種差別、偏見。この映画は、それらによって引き起こされる人間同士のぶつかり合いと、そこから枝分かれしては交差する人々の目を通して、ドラマを紡いでいく。
 だが、この映画は「差別」や「偏見」をテーマにしているのではない*1。この映画はあくまで「人間」についてのドラマなのだ。


 この映画に出てくる主要人物はそれぞれ、人種や、社会的、家庭的立場でそれぞれに葛藤を抱えている。


 一見して差別主義の白人警官が抱える家庭事情と意外な男気、人のいい黒人テレビプロデューサーが抱えるある怒り、差別的な同僚を嫌っていたリベラルな若き白人警官を待つ皮肉な事件、銃すらまともに売ってもらえない雑貨屋のイラク系親父が抱えるルサンチマンとそれが引き起こす事件、それに巻き込まれた誤解されやすいヒスパニック系の鍵屋が見る奇跡、母親を愛する黒人刑事が出会う二重の哀しみ、黒人のコソ泥が自分の中に見つけた暖かな「なにか」。


 それらのドラマをつなぐのは、人間の中のマイナスの因子である。だが、人は時にそれによって連鎖し、時に奇跡と思える事象を見、時に悲劇に出会う。そして、だれかとつながりたいと願う。
 彼らがその1日で出会う出来事は、平等なものではない。時に矛盾していたりもする。しかし、この映画が真摯に描くのは、愚かだがそれぞれの人生を必死に生きる「人間」の、真実の姿だ。だからこそ、この映画は、暖かく、救われる。


 彼らにも新しい明日はやってくる。それですべてが解決するわけでもない。ただ、この映画にあるしなやかな強さを、見た人がそれぞれに受け止めてそれを信じられたなら、素晴らしいと思う。必見。(★★★★)

*1:それがテーマなら、もっと救われない内容になったはずなのだ。